第21話 「開戦」

 巌本を先頭に左右に奏多と津軽。 千堂は離れた位置で身を隠しながら移動している。

 気持ちは急いていたが、最低限の自制は効いていた。

 人族の王は嘘を並べて奏多達を騙しており、日本への帰還は叶わない。


 それはとても辛い事だろう。 それでも優矢がいれば、優矢となら上手くやっていける。

 奏多は自分と優矢が離れるなんてあり得ない。 気が付けばそんな思考に至っていた。

 そこには優矢は自分がいないと何もできないと断じていた少女の姿はなく、ただただ幼馴染の少年に執着しているだけの何かになっているが、奏多はそれに気がついていない。


 それ以前にもう彼女は優矢を自分の手元に取り戻すといった思考しか存在していないのだ。

 神野 奏多は霜原 優矢を愛していると言えるだろう。

 だが、それは非常に身勝手な一方通行で、相手の気持ちの全てを無視した感情だった。


 走っていると開けた広場のような場所に出る。

 

 「――これは……」


 思わず巌本が呻くように呟く。

 そこは広場ではなく、攻撃によって更地になった街の一角だった。

 あまりにも開けているので本来なら見えないはずの王城の近くまで見える。


 巌本が声を震わせた最大の理由はその王城が跡形もなくなっていたからだ。

 破壊されているなんて生易しい物ではなく、比喩抜きで跡形もなくなっていた。

 城を囲んでいた水堀が見えたので位置関係が分かっただけだ。

 

 津軽はもう何も言えず、恐怖に定まらない呼吸を押さえつけるように整えて槍を構える。

 その視線の先には一人の少年。 優矢が弓をもってぼんやりと佇んでいた。

 優矢は奏多達の存在を認識するとおもむろに持っていた弓を構え、何の躊躇もなく発射。


 巌本が自らを鼓舞する為に吼えて前に出る。

 そして持っている盾を構え、内包された力を開放。 光の障壁が発生する。

 優矢の放った一撃は障壁に当たり――爆発せずに空へと飛んで行き、ややあって爆発した。


 「う、上手く行ったか」


 巌本は顔面を脂汗に塗れさせてそう呟く。

 彼の盾は様々な特性を備えた障壁を発生させる事ができる。

 大きく分類して防御、無効化、反射だ。


 防御はそのまま堅牢な障壁によりあらゆる攻撃を防ぐ盾で、無効化は障壁に接触した魔力現象を無効化する。 これは対象の威力が巌本の技量を下回っている事が成立する条件なので、格下にしか効果がない。 最後の反射だが、物理、魔法問わずに接触したものを跳ね返す事ができる。


 ただ、どんな物にも言える事だが、飛距離が伸びれば伸びるほどに威力が減衰するので反射しても相手に届かない場合が多いので余り使えないと巌本は判断しており使用頻度は低かった。

 だが、今回の優矢の放った一撃を見て、防ぐにはこれしかないと思い全てを賭けたのだ。


 正面から受ける事はせず、角度を付けて逸らす事で着弾させずに空で炸裂させる。

 ここに来るまでに千堂に協力して貰って散々練習したが不安は拭えなかったので上手く行った事にほっと胸を撫で下ろす。

 

 ――だが、これはスタートラインに立っただけだ。

 

 本番はこれからとなる。

 

 「来い! 霜原君!」

 

 巌本はそう叫ぶと盾を中心に障壁の色が赤く輝く。

 これは彼に備わったスキルの一つで、敵の攻撃を自身に集めるといった物だ。

 吸い込む効果がある訳ではなく、敵の意識を自分に向けさせるだけなの今の優矢にどこまで効果があるか不明――優矢は無言で二射目を放つ。


 同様に逸らして防ぐ。 どうやら効果はあったようだ。

 これで自分が生きている限り、他が狙われる心配はない。

 

 「なるべく殺さねぇようにはするが、手足の一本は覚悟しろよ!」

 

 津軽がそう言って槍を握って肉薄、間合いに入ったと同時に槍術スキルを用いる。

 槍が輝きを放ち、目的までの最短ルートをその肉体に辿らせた。 

 霞むような速さでの刺突が三連。 二撃が免罪武装へ一撃が優矢の腕へ飛ぶ。

 

 ――が、優矢は何処から取り出したのかいつの間にか武器を持っていない手に付けていた籠手で槍の穂先を掴む。 

 咄嗟に引こうとするがピクリとも動かない。 だが片手なら弓は引けない。

 そんな津軽の思考をあざ笑うかのように優矢は弓を津軽に向けると弦が触れても居ないのに引かれていく。 


 「おいおい、嘘だろ……」


 津軽を消し飛ばそうと発射されそうになっていたが、何かに引き寄せられるように別方向へと向けて放つ。 巌本のスキルによる引き付けの効果だ。

 放たれた一矢は逸らされて空で爆発。 その間に奏多が接近して斬りかかる。


 「奏多ちゃん! 武器破壊は多分無理だ! 腕をやれ!」


 津軽の鋭い警告に従うように奏多は優矢の腕を狙う。

 片手は津軽の槍を握っているので塞がっており、残りの腕に握っていた弓はたった今放ったばかりだ。

 入る。 そんな確信は腹に感じた衝撃に掻き消された。


 優矢の蹴りが奏多の腹に入り、その体を吹き飛ばす。

 同時に津軽の槍の穂先を放し、払いのけるように腕を振るう。

 凄まじい速さではあったがどうにか反応して槍で受けるが、そのまま吹き飛ばされた。


 「あ、かはっ」

 「神野君!」


 巌本が思わず叫ぶと、奏多は大丈夫だと痛む腹を抑えながら立ち上がる。 防具には放射状の亀裂が走っており、ステータスを確認すると耐久が七割も減っていた。 凄まじい威力だったが、それでも七割で済んだと思うべきだろう。 優矢に鑑定をかけるが、相変わらず文字化けをしていて詳細は不明だ。


 それでも読み取れるものはある。

 武器の威力は凄まじいが使い手である優矢のステータスはそこまで高くない。

 実際、巌本達が遭遇した際の数値を考えると、勇者とは比べ物にならない程に成長倍率が低いのだろう。


 恐らくそれがなければ奏多は今の一撃で間違いなく即死していたはずだからだ。

 それがどうやって五千近くまでレベルを伸ばしたのか。

 経緯は不明だが間違いなく免罪武装に頼らざるを得ない状況に放り込まれ、必死に戦って来たのだろう。 魔王の口振りから、たったの一人で。


 優矢がこんな有様になるまで歩んで来た道程を思うと巌本は痛ましいと思ってしまう。

 こんな状況に放り込まれた自分達は不幸なのだろうと思ったが、優矢を見れば比較的恵まれていたのだろうと思ってしまう。


 もしも彼に苦楽を共にする仲間がいたのなら、こんな事にはならなかったかもしれない。

 自分達と同じ場所に召喚されて居れば何かが変わったかもしれない。

 そうなれば未来は大きく変わっていただろう。

 

 それは意味のない過程であったが巌本はそう思わずにはいられなかった。

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