第20話 「水泡」

 翌日、一通りの作戦会議を行い、本番に備えて英気も養った。

 後は行くだけだ。 奏多達は朝早くから出発する。

 向かうのは砂漠。 優矢が人族の軍を追っていった方向だ。


 行きは他に合わせて動いていたのでゆっくりだったが、帰りは身軽なので移動時間はかなり短縮できるはずだった。 そのまま急いでもよかったが、向かう前にやる事がある。

 優矢の最初の攻撃が着弾した地点。 人族の軍が布陣していた場所だ。


 大半が跡形もなく消し飛んでいるので大した物は残っていなかったが、古藤と深谷の痕跡を見つけておきたいと考えたからだった。

 念の為にと少し時間をかけて調べたが、位置関係を考えると爆心地の中央付近に古藤と深谷が居たので生きているのは考え難いといった結論が出て、二人が死んだという確信を深める以上の意味はない。


 「……呆気ないものだな」


 巌本はぽつりと呟いた。

 本当に呆気ない最期だ。 巌本と津軽が街へと攻め込む際に軽く挨拶した。

 それが最期に交わした言葉。 なんて事のない会話で再会できると根拠なく信じていたので衝撃は大きい。


 改めてここが楽々進めるゲームのような世界ではなく殺伐とした行いが罷り通る異世界なのだ。

 しっかりと自覚しているつもりだったが、身近な人間の死に動揺している点からも覚悟が甘かったと言わざるを得ない。 そしてこれから更に失う事になるのだろう。


 他者の死もそうだが、自身の死も意識せざるを得ないこの狂った状況に出口はあるのだろうか?

 それとも死ぬ事でしか解放されないのだろうか? 先行きの暗さから目を逸らして巌本は「行こう」と努めて明るく言って歩き出した。


 ステータスの恩恵によって一気に砂漠を進む。

 この砂漠は方角さえ見失わなければ迷う事はないのでひたすらに北を目指せばいい。

 人族の軍は一目散に逃げ出しはしたが、砂漠では距離を稼ぐのは難しいので奏多達が全力で進めばそうかからずに追いつけるはずだった。


 「――なぁ、これってヤバくないか?」


 津軽が震える声でそう呟いた。

 位置的に砂漠の中央ぐらいだろう。 方角にも気を使っていたので迷っていないと確信できるのだが、それを肯定してくれる分かり易い目印が存在しているのでまず問題ないだろう。


 その目印とは地面に深々と刻みつけられたクレーター。

 明らかに優矢の仕業である事は間違いない。 それが目印のように点々と存在するのだ。

 クレーターの周囲には死体や物資が散乱しており、一撃毎に少なくない犠牲が出た事を物語っている。


 「あぁ、この様子だと帰国する前に全滅している可能性もあるな」


 それどころかもう人族の国に辿り着いている可能性すらあった。

 

 「急ぎましょう」


 奏多はそう言って駆け出す。 人族を助ける義理はないが、これ以上優矢をあんな状態にはしておけない。 そんな気持ちで奏多は先を急ぐ。

 他もそれに続く形で移動する足を早めて一気に進み、そろそろ人族の国が見えてくるかもしれないといった所でズンと地震のような振動が発生する。


 縦に揺れるこの衝撃には覚えがあった。 間違いなく優矢の仕業だろう。

 

 「――砂漠で追いつくのは無理だったみたい」


 千堂がスキルで先の様子を見ていたようでそう呟く。


 「千堂君。 人族の国はどうなっているんだ?」

 「駄目ですね。 城が半壊してます。 戦闘らしきものが行われていますが、この様子だと負けが見えてる」

 

 もう少し進むと奏多達にも人族の国が見えて来たが、出発した時とは全くの別物であちこちから煙が上がり、建物の大半が瓦礫の山と化していた。

 

 「……行こう。 国に入ったら彼の射程に入ると思って動くべきだ」

 

 巌本の言葉に全員が表情を引き締めて頷いた。

 


 

 人族の王は絶望に表情を歪ませていた。

 権威の象徴である王城は完全に破壊され、近衛の兵や護衛の騎士はその大半が命を落とした。

 ここまで来るともう勝敗を論じる事すら馬鹿らしい。


 馬鹿な異世界人を勇者と持ち上げて送り出し、魔族を殲滅させた後は適当に褒美をくれてやってこの世界から放逐する。 

 非常に分かり易く、確実で後腐れのない完璧な方法だった。

 王は勇者召喚ができるようになる日をずっと待っており、それさえ成れば魔族は確実に滅ぼせる。


 そう確信していた。 

 何故なら先々代の時代に情報を手土産に寝返ろうとした魔族によって魔族側の召喚陣が破壊されていた事を知っていたからだ。 つまりこちら側だけが勇者を召喚できる。

 

 勇者の力は圧倒的だ。 片方だけに存在するのなら確実に勝てると言い伝えられていた。

 だからこそ、召喚陣に力が満ちるのを待っていたのだ。

 そして念願の勇者召喚が叶った時、王の脳裏に勝利の二文字が浮かび上がる。


 実際、召喚された勇者は扱い易く、帰還を餌としてチラつかせれば素直に従った。

 罪人を殺させてのレベリング、余計な罪悪感を抱かせない為に魔族に対して徹底的な悪印象を与えたうえで、意思疎通を不可能にする装備を支給して躊躇いを消す。


 特に後者に関してはかなり力を入れて行った。

 魔族を殺す事への躊躇いさえ消せば後は魔族を処理して、勝手にレベルを上げて勝手に強くなり、魔族国を滅ぼすまでそれを続けるだろう。


 だから送り出した後は勝利したという報告を待つだけ。

 

 ――その筈だった。


 だが、送り出した者達からは魔族の国へ辿り着いた辺りで連絡が途絶えた。

 不審には思っていたがここまで特に苦戦せずに進んで来たので、些細な問題でしばらくすれば魔族国に橋頭保を築きましたと報告が来る。 だからこそ、予定通りに輜重隊を送り込んだのだが――


 ――雲行きが怪しくなったのはその後からだ。


 送り出した輜重隊からの連絡が途切れたと同時に国から少し離れたところで巨大な爆発が発生。

 近かった事もあって調査に人を派遣したのがとどめだ。

 その存在は砂漠の真ん中で標的が居なくなった事で活動を停止していたのだが、輜重隊の接近により移動を再開した。 その後、調査に来た者達を滅ぼし、そのまま人族の国へと至る。


 そうなれば後は早かった。 正体不明のその存在は手に持つ弓を適当に放つだけで大地は砕け、人はゴミのように辺りに散らばり、建物は容易く吹き飛ぶ。

 突然の敵襲に守りを固める為に王城に人を集めたのが裏目に出て、真っ先に狙われた。


 一撃で城壁が消し飛び、城が半壊し、二撃目でほぼ全壊。

 それでも跡形もなく吹き飛ばなかったのは人族の王城であるといった矜持だったのかもしれない。

 人族の王は崩落に巻き込まれ、下半身は瓦礫に潰されて虫の息。


 訳が分からなかった。 自分は勝者で史上初のこの世界の統一王となる。

 その未来に手が届くはずだったのに――


 「な……ぜ……?」


 王の疑問に答える者はなく、代わりに飛んで来た三発目の攻撃で全てが無へと消えて行った。

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