第13話 「咆哮」

 ――奏多と優矢の視線が絡み合う。

 奏多は思わず笑みを浮かべ、優矢は空洞のような虚ろな目が視界に入る。

 そして穴のような黒い瞳だったが、奏多の姿を認めると開いていた瞳孔が収縮。


 奏多には瞳の奥に火が灯ったように見えた。

 優矢は奏多の想いとは裏腹にその表情を憤怒に歪めるといつの間にか持っていた禍々しい剣をきつく握りしめている所為か切っ先が震えている。 奏多はその反応に若干の疑問を覚えたのだが、優矢なら自分との再会を喜んでくれると根拠なく信じていたので気にも留めない。 


 恐らく優矢の口からも再会を喜ぶ声が――


 「やっぱりテメエの所為かよこのクソ女ぁぁぁぁぁ!!!」


 ――上がらず、出てきた言葉は奏多が一度も聞いた事のない程の怒りが乗った咆哮だった。


 奏多を見る目には怒りを通り越して殺意が宿っており、目の前の存在を明確な敵として認識している者のそれだった。 優矢の行動は完全に奏多の想像の範疇を飛び越えており、反応できずに硬直する事しかできない。 黒い炎を纏った刃が振り下ろされようとして――止まった。


 優矢は自分で自分の行動に理解が追いついていなかったのか、反射的に握った剣に視線を遣る。

 一瞬の間を置いて彼の瞳に何かを悟ったような理解が広がり、最後に奏多へ侮蔑の籠った視線を送ると眠るように目を閉じた。

 

 「ゆ、優矢? どうし――」


 明らかに様子がおかしかったので優矢の肩を揺すろうと触れかけるが、それよりも早く優矢の目が開く方が先だった。 そしてその目を見て奏多は思わず震える。

 何も映していない空っぽの瞳。 顔の造形自体は変わらないのに瞳だけでここまで違う印象を与えられるのか。 優矢の空っぽの瞳は奏多を捉えると無言で持っていた剣を振るう。


 おもむろに振るったような動作だったが、恐ろしく速い一撃で一瞬の後に奏多の首は胴と泣き別れる事となるはずだったが、割り込むように光の障壁が展開され刃が止まる。

 同時に奏多の襟首が掴まれて後ろへと引き戻された。


 「おい、大丈かよ」


 引っ張ったのは津軽だ。 後ろを見ると巌本が盾を翳していた。

 障壁を展開したのは彼だろう。 バキリとガラスが砕けるような音が響く。

 優矢の剣が障壁を砕いたようだ。


 「あれを一撃で砕くのか。 霜原君! 我々は君と戦いたい訳ではない。 もっと詳しい話を――」


 優矢の握っていた剣が手の平へと沈み込むように消え、代わりに弓がその手に現れる。

 さっきまで握っていた禍々しい武器とは違うまるで漂白されたかのような純白の弓。

 余りにも白すぎて清らかさよりも無機質な印象すら与える奇妙な武器だった。


 奏多は鑑定スキルを用いて優矢のステータスを確認する。

 表示されたのは――

 

 「なにこれ……」

 「おいおい、冗談だろ?」


 同じタイミングで津軽も声を震わせた。 どうやら彼も鑑定を行ったようだ。

 名前は霜原 優矢。 スキル欄は鑑定と言語共通化以外は空っぽ。 レベルは五千を少し超えている。

 ステータスは津軽から聞いた話だと奏多達とそう変わらないはずだが、文字化けして読み取れなくなっている。 だが、表示を見ると明らかに桁が増えていた。


 モザイクのような文字は絶えず変動し、増加しているのは明らかだ。

 そしてレベルも同様に上がっており、見ている間にステータスと同様に文字化けを始めた。

 次に武器を鑑定すると名称は『免罪武装・地上楽園』と表示されそれ以上の情報は読み取れない。

 

 「これ明らかにやべぇ奴だろ。 巌本サン、一旦逃げよう!」

 「で、でも優矢が――」

 「いいから走れって! どう見ても正気じゃねぇだろうが!」

 

 津軽に怒鳴られて奏多は弾かれたように立ち上がって走る。

 それでも後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、小さな風切音。

 魔力で構成された矢が優矢の額に命中して大きく仰け反る。 間違いなく千堂の仕業だ。


 思わず叫びそうになったが、優矢は何事もなかったかのように弓を構える。

 引かれた弓から真っ白な光が集まって矢を形成し、おもむろに上に向けると放つ。

 一瞬遅れて大地が縦に揺れた。 



 深谷という少年は突然、街に向かった奏多の事が気にはなっていたが極大の魔法を操り街を殲滅した事に大きく満足していた。

 魔力の消耗は激しいが、魔族の本拠がこの程度なら自分達は充分に勝てる。

 このペースで行けば一年もかからずに魔族国を制圧できるだろう。 そうなれば自分は英雄だ。


 通っている風俗店の娘達も自分を見直し、ちやほやしてくれるに違いない。

 いや、それ以上に人族の全てが自分を英雄と祭り上げるだろう。

 巌本は帰ると言っていたが、こんなに美味しい未来が待っているのに帰る訳がない。


 自分はずっと英雄としてこの国で悠々自適な生活を送るのだ。



 古藤は魔法を用いて戦況の確認を行っていた。 

 奏多が動き出したので、些細な変化を見逃すまいと戦場を俯瞰している。

 彼女は直接戦闘に参加はしていないので魔族に対して思う所はないが、戦闘という辛い役目を他に押し付けている罪悪感はあった。 それでも彼女は家に帰りたい。


 夫と娘に――家族に会いたい。 その一心で彼女は自身に課せられた役目を全力で全うしようとする。

 彼女の魔法によって廃墟となった街が映し出されており、先程の攻撃で街の住民はほぼ死に絶えたので反応は少ない。 街の中心付近に一人、そしてその人物に奏多が向かっていき、津軽、巌本、少し離れて千堂が追いかけていた。


 事情を知らない古藤は疑問を抱きながらも些細な変化も見逃すまいと注視していると奏多が謎の人物に接触し、僅かな時間が経過――そして凄まじい魔力が発生。

 奏多達の比ではないその魔力は古藤に危機感を抱かせるには充分だった。

 それを誰かに伝えようとして――白い光に呑まれた。

 

 深谷と古藤の二人は自分に何が起こったのか最後まで知る事はできなかっただろう。

 それはほんの僅かな瞬間に起こった事なのだから。



 「な、なんと……」

 「いや、嘘だろ?」


 巌本が声を震わせ津軽が呆然と呟く。 奏多も声こそ上げなかったが、同じ気持ちだった。

 何故なら優矢の放った矢は人族の陣に命中し、巨大な爆発を起こしたからだ。

 大地を揺るがす巨大な爆発は十数万は居た人族の軍の大半を一撃で消し飛ばした。


 「巌本サン。 ど、どうしよう、どうすれば……」

 「一先ず本陣に戻るのは不味い。 身を隠せる場所を探そう」


 津軽に手を引かれ、みるみるうちに遠くなる優矢の姿を見ながら彼女達はその場を後にした。

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