第8話 「砂漠」
親交を深めつつ、一行は国を出て砂漠へ。
人族の国から南に広がる砂漠――魔の砂漠や単純に砂漠と呼称されるのが一般的となる。
何故ならこの世界にはここ以外に砂漠がないからだ。
最初に聞いた時、奏多達も随分と驚いたのだがこの世界は真ん中に大きな大陸があるだけで後は完全に海しかないらしい。
流石に信じられなかったのか巌本が他に大陸があるのではないかと尋ねたが、少なくとも調べた限りではなかったとの事。 その為、地図も奏多達がいるこの大陸を簡単に記した物しかない。
「いやぁ、あっちいな」
強い日差しに津軽がそう口にする。
降り立った砂漠は強い日差しに一面の砂。 日光に反射してギラギラと輝く風景は最初の数分は新鮮さを与えてはくれたが、早々にじりじりと焼くような日差しにうんざりしてくる。
「お待ちしておりました! 私は勇者様達の案内をさせていただきます。 レロディと申します!」
到着して早々に奏多達を出迎えたのは全身鎧を身に纏った女騎士だった。
頑丈そうな鎧はとても暑そうで額には汗を滲ませている。
節操のない津軽と深谷は好色な視線を向け、巌本がそれを窘めた。
古藤は暑い暑いと呟きながらハンカチで額を拭っており、あまり関心を示していない。
千堂は相変わらずの我関せずだ。 奏多も同様で挨拶だけ済ませて黙る。
本音を言えばさっさとテントなりなんなりに案内して貰って休みたかった。
――が状況はそれを許してくれないようだ。
「到着して早々、申し訳ありませんが敵が迫って来ております。 どうかお力添えを」
レロディはそう言って頭を下げる。
「へ、いよいよって事かよ」
「任せてください。 僕の魔法で魔族を焼き尽くしてやりますよ!」
「……いよいよ、か」
自身満々の津軽と深谷に沈痛な面持ちの巌本。
青い顔をしている古藤に弓を取り出して具合を確かめる千堂。
奏多は深く息を吸って吐いた。 覚悟は決めて来たつもりだ。
後は実際の戦場でどこまで通用するのか。 それを確かめるだけだった。
「魔族は戦力を集めて正面から突破しようとしているみたい。 隠れているのは居ないと思うわ」
そういったのは古藤だ。 彼女は魔法で生み出した砂漠の一部を立体映像のように映し出す。
これは彼女の魔法で効果範囲内を映し出し、そこに存在する魔力反応から何がいるのかを細かく読み取る事ができる。 彼女は早い段階から戦闘は無理と考えていたので、貢献する為にこの手の技能を徹底的に伸ばしたのだ。
お陰で戦場の情報を細かく正確に把握する事ができる。
ただ、消耗が激しいのでいつまでもは使っては居られない。
「うむ、では訓練通り、私が前に出る。 津軽君と神野君は私の後ろに」
「はい」「うっす」
「千堂君と深谷君は後方から援護を。 特に深谷君は味方を巻き込まないように使用する魔法には注意するように」
「分かりました」
巌本の言葉に各々、頷きで返す。 これまで実戦を想定した訓練は散々行って来た。
「月並みな言葉かもしれないが、訓練通りにやれば大丈夫なはずだ。 何とか生き残ろう」
戦場は命の奪い合いを大規模に行う場所だ。
頭ではそう理解していたとしても実際に目にするのとでは大きな隔たりがある。
そう実感させられたのは到着してすぐだった。 空には羽の生えた異形が大地に魔法を絨毯爆撃のように放ち、大地には獣と人を混ぜたような生き物が武器や人から逸脱した人外の膂力で騎士達を屠る。
対する騎士達も負けじと叫びながら手に持つ武具を振るい、後方からは無数の矢や魔法が飛んでいた。
当然ながら負傷者どころか死者も大量に出ており、四肢を欠損した者、バラバラになって無残な屍を晒している者、傷の深さに泣き叫びながら後退する者、死んだ友の名を叫んで敵へと突撃する者。
様々な者達が敵の命を奪う為に自らの命を燃やしていた。
目の前に広がる圧倒的な現実感に全員が硬直するが真っ先に飛び出したのは巌本だ。
彼は年長者として自分が率先して動かねばと、その一心で前に出た。
騎士達の横をすり抜け乱戦の只中へ身を投じ、手に持つタワーシールドに付与されている能力を開放する。 盾が輝きを放つと不可視の巨大な障壁を展開。
空からの攻撃を完全に遮断する。 やや遅れて津軽が飛び出した。
表情は初めての戦場と死ぬかもしれない恐怖にやや引き攣っていたが、積み重ねた訓練が体を動かした。 槍を薙ぐように振るうと魔族の首があっさりと刎ね飛ぶ。
奏多もそれに続き、獣と人を混ぜたような魔族というよりは獣人と形容した方が適切な存在に剣を向ける。
「――! ――!?」
魔族が口を開くとガラスを引っかいたような耳障りなノイズが響く。
あまりに不快な音に思わず顔を顰める。 魔族は手に持った斧で奏多の頭を叩き割ろうと振り上げるが、それよりも剣術スキルによって最適化された奏多の動きの方が速い。
あっさりと懐に入り下から斜めに胴体を一閃。
手応えは小さいがあった。 そしてそれは罪人相手に散々、感じて来た物と同じだ。
ズルリと魔族の胴体が斜めにズレ、内容物を零しながらべしゃりと大地に広がる。
同時に巨大な火球が空で大爆発を起こし、空にいた魔族が次々と射貫かれて墜落していく。
深谷と千堂の攻撃だ。 津軽は最初の一人を殺した事で何かが吹っ切れたのか笑うような奇妙な叫びをあげながら敵を次々と屠る。
「津軽君! 前に出過ぎだ!」
巌本が追いかけながら制止するが津軽は止まらない。
奏多も行かない訳にはいかず、戦場の真ん中で津軽が暴れている姿を尻目に負傷者を狙う敵を斬って撤退の支援を行った。 津軽と同様に最初の一人を斬った時は凄まじい嫌悪感に襲われたが、二人、三人と斬っていく内にそれも麻痺し、段々と気にならなくなっていく。
奏多は無心に負傷して下がろうとしている騎士を援護して、追撃してくる魔族を斬る。
魔族はキイキイと耳障りなノイズのような音を撒き散らしているので、それを止める意味でも奏多は剣を振るい続けた。 切断、両断、ありとあらゆる斬り方で魔族の命を奪い続ける。
斬って斬って斬り続け――気が付けば魔族は居なくなっていた。
いつの間にか撤退していったようだ。
――終わった?
そんな疑問を抱き、振り返ると――そこは死体の山だった。
ただの死体ではなく、自分が生産した死体の、だ。
命を失ったガラス玉のような死者の瞳を見て――奏多はその場で嘔吐した。
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