第7話 「戦向」

 奏多達がこの国に来てそろそろ半年が経過しようとしている。

 レベルもそろそろ七十に届こうという所で変化が起こった。

 レベリングにスキルの習熟、最低限の連携訓練。 それの繰り返しだったが、この段階になるとレベルがほぼ上がらなくなったのでそろそろ違う方法でレベルを上げなければならない。


 ――つまりは実戦だ。


 要するに魔族を殺してレベルを上げろという事だった。

 訓練は実戦の為に行っているので、遅かれ早かれこうなる事は覚悟していたのだ。

 だが、告げられたタイミングはあまりにも唐突で、気が付けば奏多達は魔族と血みどろの戦争が繰り広げられる砂漠へと向かうように指示を出された。


 騎士の先導に従って奏多達は国を縦断し砂漠を目指す。

 大型の人力車に揺られながら、目的地が徐々に近づいて行く。

 そう、馬車ではなく人力車なのだ。 この世界に馬のような生き物は存在するが、ステータスの関係で余りスピードが出ず、スキルを持った人間に引かせた方が速い。


 急がない場合は馬車だが、急ぎの場合や重要人物の輸送を行う時は人力車になる。


 「なぁ、魔族ってどんなんだろうな? ま、俺にかかれば楽勝だろうけどな?」


 津軽がそう言ってニヤニヤと笑って見せる。

 戦ってもいないのに随分な自信だと感じる者もいるかもしれないが、彼の言葉には明確な根拠があった。

 ステータスだ。 彼等はこの世界のステータスの平均値を知らされているので、スペックでなら並の魔族を大きく上回っている。 付け加えるなら騎士達も今の勇者様達なら並の魔族なら楽勝ですと散々おだてていたので乗せられやすい津軽と深谷はすっかりその気になっていた。


 奏多は彼等には何を言っても無駄なので好きにさせていたが、いい機会だと思ってあまり話す機会に恵まれなかった相手に声をかける事にした。

 

 「千堂さん」


 奏多に声をかけられて黙っていた千堂は無言で俯いていた顔を上げる。


 「……何?」

 「これから実戦ですけど、怖くはありませんか?」

 「分からない」

 「分からない?」


 予想外の返答に思わずそのまま返してしまった。

 千堂は特に気分を害した様子もなく、淡々と言葉を続ける。

 

 「その魔族を実際に見ていないから分からない。 話しには聞いてはいるけど、聞くのと実際に見るのとでは違う。 もしかしたら何も感じないかもしれない。 もしかしたら怖くて足が竦むかもしれない。 だから、分からない」

 「不思議な事を言うね。 千堂君は訓練の時も早い段階で動けていた。 それなら今回も大丈夫とは思わないのかな?」


 いい機会とでも思ったのか巌本も話に入って来た。

 巌本の質問に千堂は首を振って否定する。

  

 「思わない。 罪人を殺した事を言っているのなら私は弓を引いて放つまで殺せるか分からなかった。 ――弓を引いて、殺して、何も感じなかった。 だから私は殺せた。 それだけの話」

  

 正直、千堂の言っている事を奏多は理解できなかった。

 古藤はあまり触れたくない話題なのか黙ったままで、津軽と深谷は不思議そうに首を傾げる。

 巌本はふーむと考え込み、彼女の言葉を自分なりに噛み砕いていた。


 「……つまりは実際にやって見ないと分からないという事かね?」

 「そう。 実際にやらない以上は「できるかもしれない」か「できないかもしれない」のどちらかではっきりしない。 戦場に立って弓を引いて魔族を射殺した後、私はできるとはっきり答えられる」


 そしてできなければできないとはっきりすると千堂は付け足した。

 

 「なるほど。 君は随分と変わった考えを持っているね。 それだけ肝が据わっているのに自信がないのかな?」

 「根拠のない自信は虚勢と変わらない。 結果を示して初めて自負になると私は考えている」

 「はは、そこそこの付き合いで君はもっと冷酷な人間かと思ったが私の勘違いだったらしい」

 

 笑って見せる巌本に応えるように千堂も少しだけ表情を緩める。


 「冷酷かは何とも言えないけど「つまらない女」とは言われた事はある」

 「ほほう、誰に?」

 「前の彼氏」

 「ここは笑う所かな?」


 千堂はお好きにどうぞと肩を竦る。 それを聞いて巌本が笑う。

 奏多はそれなりの日数を千堂と過ごして来たが、しっかりと話す機会を設けなかったのでもっと違う印象を抱いていた。 実際に話してみればそれがただの先入観だったと気が付く。

 

 「前の彼氏って事は千堂サンって結構、経験豊富なんですか?」

 

 津軽かからかい交じりにそう尋ねるが、千堂は肩を竦めて見せる。


 「さぁ? 彼氏は結構いたけど長続きはしなかった。 そういう君はどうなの? お店には結構、行ってるみたいだけど?」

 「ステータスのお陰でスタミナも前よりついてるんで、大抵の女は泣かせられますね」

 

 得意げな津軽に千堂は鼻で笑う。


 「それって気を使われてない? お金払ってるって事はサービスの一環かもしれないって言い切れない?」

 「言うじゃないっすか。 だったら今夜――」

 「私、ガキは相手にしないの。 もうちょっと大人になってから出直して」

 「んなっ!?」


 津軽が言い返せずに黙った所で千堂は奏多に視線を移す。


 「神野さんは誰かいい人は居たの?」

 「あ、えっと……」


 唐突にされた質問に奏多は戸惑いを浮かべる。


 「私ばかり聞かれて不公平とは思わない?」

 「そ、そうだな! 俺も奏多ちゃんの恋愛歴聞きたいなぁ!」


 尻馬に乗ってきた津軽の事はうざいと思っていたが、答えない訳にはいかなかったので考える。

 真っ先に浮かんだのは優矢の顔だが――うーんと首を捻った。

 現状、一番会いたい相手ではある。 だからと言って恋愛対象として見れるのかと尋ねられるとはっきりと答え辛い。 恥ずかしいから? それとも認められないから?


 完璧を求めるのならあの陰気な幼馴染は微妙だ。

 浮気はしそうにないけど、自分がついていないとどんどんダメな方向に転がって行く危うさがあるから傍に置いている? 考えれば考えるほどに分からなくなる。


 奏多の葛藤を見て何かを悟ったのか千堂は小さく笑う。


 「その様子だと彼氏じゃないけど、誰か日本に会いたい人はいる感じ?」

 「えぇ、まぁ、そんな感じですね」

 

 千堂はちらりと外を見る。 相変わらず、見慣れない景色が流れていた。


 「到着まで時間はたっぷりあるし、その人の事を聞かせて貰える?」


 無意識に助けを求めようとしたけど誰も彼女を助ける者は居なかったので渋々、陰気な幼馴染の話をする事にした。

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