第2話 「確認」
巌本が何もない虚空に視線を向ける。
傍から見れば奇妙な行動をしているようにも見えるが、事情を知っている奏多達からすれば不思議ではなかった。 奏多も念じて自身のステータスを表示させる。
ふざけた事にこの世界では生物に備わっている能力を可視化する事が可能なのだ。
「……胡散臭いが確かにこっちに来てから体は随分と軽い。 単なる数字の羅列と切って捨てるのは難しいか……」
「俺としてはこのスキルってのを試してみたいっすね」
津軽は能力を早く試したいのか声が弾んでいた。 スキルと聞いて奏多は眉を顰める。
能力の数値化はまだ理解できなくもないが、このスキルというのは首を傾げたくなるものだった。
それぞれ召喚された際に様々なスキルと呼ばれる特殊能力を与えられている。
奏多も自身のステータスを確認すると剣術や魔法適性、身体能力強化、感覚上昇などそれっぽい文字列がずらずらと並んでいた。
全員それぞれ違ったスキルを与えられているらしく、お互いに教え合うが内容に偏りがある。
巌本の場合は成長補正(防御)、物理、魔法軽減など防御に特化した内容となっていた。
――こんな時、優矢がいれば……。
こういった知識に精通している幼馴染がいれば的確な助言やセオリーを教えてくれるはずだ。
どうしていないのよと内心で文句を呟きつつも、奏多は何故か無性に優矢の顔が見たかった。
「と、特定の方向に特化させたビルドって事じゃないですか?」
自己紹介まで黙っていた深谷だったが、ステータスの話になればここぞとばかりに話を始めた。
この手の知識には詳しいと豪語し、ゲームではこういうパターンが多いとあれこれと知識を披露する。 巌本と千堂の社会人二人は露骨に眉を顰め、古藤は理解できていないのか不思議そうな顔をしていた。
「ふむ、ステータスやスキル構成に関する基本に関しては理解したが、それがここで通用するかは別として深谷君だったね? これから我々は何をやらされると思う?」
「ステータス画面にレベルが設定されている以上、こいつを増やせば能力が上昇します。 俺達はまだレベル一なので、まずはレベリングからだと思います」
「レベリングっつーとあれか? スライムか何かぶっ殺してレベル上げる感じか?」
「そうだと思います。 呼び出された目的は定番の魔王的な何かの討伐じゃないかと」
「ほーん。 だったらこの貰ったチートでぶっ殺せって事か」
深谷と津軽はゲーム的な話で盛り上がっていたが、奏多からすればあまり現実感がなかった。
正直、こいつ等は何の話をしているんだろうとすら思っている。
何故ならレベリングとやらは他の生物を殺傷する事を指しているからだ。
この二人の話が本当なら奏多達はこれから大きな生き物の命を奪わなければならない。
ゲーム知識に毒されすぎてその辺の認識が曖昧になっていないかと思ってしまう。
ちらりと他に視線を向けると巌本、古藤の二人は露骨に眉を顰めており、千堂は何を考えているのか無表情。 その反応に奏多はほっと胸を撫で下ろす。
他まであの二人に同調したらかなり困った事になると思っていたからだ。
「他の皆さんはどう思いますか?」
「あぁ、私としても彼等の話はあまり信じたくはないな。 正直、大きな生き物を殺す事には抵抗があってね。 だが、レベルという概念が存在している以上、戯言と切って捨てる事も難しい。 最悪に備えて覚悟はしておいた方がいいかもしれない」
「私には無理よ。 向こうには娘と旦那を残しているから出来るなら帰りたい」
「……別に。 判断は話を聞いてからでいいと思う」
巌本、古藤、千堂からは三者三様の返事が返ってきた。
共通しているのは判断材料が足りないのでどうするかをはっきりさせられない事だ。
国王は今日の所は休んで明日に話をするとの事だったので、全ては翌日になるだろう。
結局、話していても仕方がないとの事でその日はお開きとなった。
こうして奏多達の異世界初日は終わり、翌日から彼女達が召喚された理由が明らかとなるだろう。
明らかに戦闘目的のスキルを支給している時点で碌なものではないだろうが、その事実から意識的に目を逸らして奏多は半ば無理矢理に眠りについた。
――優矢……。
どうして自分の傍に彼が居ないのだろうか。 眠りに落ちる直前に彼女はそう考えた。
優矢もこっちに来てくれればいいのに――
夜が明け、朝食を済ませた奏多達は王の下へと案内された。
何でもこれから勇者の召喚理由――要は奏多達が呼び出された理由について説明が入る訳だ。
「昨日はよく眠れたか? まずはこちらの都合で呼び出してしまった事を詫びよう」
国王は奏多達に頭を下げる。 それがかなり意外な行動だったようで周囲から僅かなどよめきが起こる。 その後に召喚された経緯と事情をに関しての説明だったが、概ね津軽と深谷の話通りだった。
現在、この国――人族の国は砂漠を挟んで反対側に存在する魔族と呼ばれる異形の者達の侵攻を受けており、滅亡の危機に瀕しているのでそれを打開する為に勇者の力を借りたいとの事。
奏多達が召喚された場所には魔法陣が描かれた石板が存在し、それを用いる事で勇者として相応しい能力を有した者を招く事ができる。
簡単に言うとあの空間にあった石板は条件に合致した者を自動的に呼び出す仕組みのようだ。
「命懸けの危険な戦いになる。 その為、戦いに勝利した暁にはそれに見合った褒美――この場合は報酬と言うべきか――を支払う用意がある。 望みを何でも言うと良い。 可能な限り用意させる」
「褒美って金とか女っすか?」
「欲しいならこの国にいる美女をいくらでも宛がおう。 財産が欲しいなら金でも物品でも好きに求めると良い。 可能なものは用意させる」
つまりは可能な限り望みを聞くと言っているのだ。
「では、元の世界に帰る事は可能ですか?」
「ふむ、召喚陣には招く以外に送る事も可能だ。 用事が済めば手配しよう」
その言い方に僅かな引っかかりを覚えたが、使うにしても目的を果たすまでは戦えという事だ。
奏多は黙っていたが、内心ではあぁ、やっぱり自分も戦わされるのかと気持ちが重くなる。
「確かにスキルとやらは頂きましたが、我々は戦いの素人。 お役に立てるかは確約しかねる」
「そこは心配ない。 これから毎日、基礎的な戦闘技能の習得とレベルの上昇訓練を受けて貰う」
国王は後は担当の者に話を聞けと言われその日の謁見は終了となった。
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