ヘヴン・グローリー

kawa.kei

第1話 「事故」

 移動による振動を感じながら神野かみの 奏多かなたは特に何をするでもなく窓から外を眺めていた。 伸ばした黒髪、整った容姿、高校二年生とは思えない整ったプロポーション。

 異性に受けるであろう要素の大半を兼ね備えた少女だった。


 現在は休日を利用してモノレールで最近オープンした大型ショッピングモールへと移動している。

 視線は外に向いているが眺めているのは外の景色ではなく、それに映る背後にいる同年代の男子。

 霜原しもはら 優矢ゆうや。 彼女の幼馴染だ。


 今日は荷物持ち兼、男避けとして彼女に同行していた。

 彼女は美しい容姿をしているので、一人で行動していると結構な確率で男が寄って来るのだ。

 現にこの車両に乗り込んだ際、同年代の男に舐め回すような不快な視線を向けられたばかりだった。

 それを回避する為に彼女は外出する際は必ず優矢を連れて行くようにしている。


 彼は元々、家が近所だった事と家族ぐるみの交流があったので、物心つく前からの付き合いだ。

 その為、同年代で最も気を許している異性でもある。

 周囲からは付き合ってるんじゃないかとからかわれたりもしたが、その全てを奏多はやんわりと否定。


 確かに仲は悪くないが、優矢を異性として認識するのは難しかった。

 彼ははっきりと物も言えない優柔不断な男なので、自分が引っ張らないと碌な事にならない。

 そんな考えで彼に接しており、彼女の中では優矢は異性というよりは弟に近かった。


 当の本人はスマホを弄って奏多には見向きもしない。

 それを見て内心で溜息を吐く。 終始、あんな調子だから心配になる。

 放置しておけば家に引きこもってゲームばかり。 そんな不健康な毎日を送らせる事にも抵抗があり、彼の両親からも「ウチの子をお願い」と頼まれているので奏多は使命感に燃えていた。


 目標は目を見てしっかり自分と話せるようになってもらおう。

 それぐらいできるならデートの一つぐらい許しても――不意に大きな振動。

 突然の出来事に何がと周囲を確認しようとしたが、一瞬の浮遊感の後に落下、そして衝撃。

 

 それが彼女が意識を失う前に感じた全てだった。

 



 ――う、何? 一体何が……。


 意識を取り戻し、少しぼんやりしていた奏多だったが直前に起こった出来事を思い出して跳ね起きる。

 

 「――え?」


 思わず声を漏らす。 

 何故なら彼女が今いる場所はモノレールの車両内ではなくとてつもなく広い空間だったからだ。

 果ては見えなく周囲には星空のような空間が広がっている。

 

 最初に抱いた印象はプラネタリウムだ。 地面も床のように硬い感触がするので尚更だった。

 そして見知らぬ人が数名、奏多と同じように倒れていたが小さく呻きながら起き上がっている。

 状況を把握する為にも声をかけようとしたが、それより早く状況が動いた。


 『はい、皆さんこんにちは!』


 元気よくそう発言したのは唐突に現れた光る球体だ。

 あまりに現実離れした状況、光景に奏多を含め、その場にいた全員が何も言えずに沈黙する。

 球体は特に気にした素振りも見せずに勝手に話を始めた。


 『まずは悲しいお知らせです。 ここにいる皆さんは死にました!』

  

 ――死んだ?


 「は? ならここはあの世か何かか?」


 そう発言したのは若い男だ。 年齢から二十前後、恐らく大学生だろう。

 

 『いい質問だね。 死にはしたけど、君達の強い魂は世界を越えてこの地へと導かれたんだ』

 「……この地?」

 『そう、ここは君達の板世界とは全く違う常識、法則を持った異世界だ。 おめでとう! 君達は死を乗り越え異世界へ勇者として招かれたんだ!』


 球体の発言に奏多は混乱した。 異世界? 何だそれは?

 そういえば優矢がそんな物を題材にしたライトノベルなどを持っていたなと思い出した。

 残念ながら奏多にはどこが面白いのか理解できなかったので、一冊流し読みしただけだったが確かに状況的には酷似している。


 彼女の見た本では事故で死亡した結果、神のような存在によって転生させられるといった内容だった。

 

 「おいおい、だったらラノベやアニメみてーに何かチートくれるのか?」

 『勿論、この後に君達を召喚した者達から詳しく聞いたらいいよ。 当たり外れはあるみたいだけど、この世界水準で言うのなら結構な力を貰えるはずだよ』

 「あの――」


 奏多も質問をぶつけようとしたが、それは叶わなかった。

 足元に巨大な光る魔法陣が現れたからだ。


 『向こうの準備ができたみたいだ。 詳しくは向こうで聞くと良いよ。 じゃあ皆さん頑張ってねー』


 光によって視界が真っ白になり――収まった頃には奏多達は全く違う場所にいた。

 周囲には真っ白なローブを身に纏った者達に全身鎧の騎士のような者達、そして――

 

 「よくぞ参った異世界の勇者達よ」


 ――明らかに他よりも煌びやかな衣装に王冠。 見た目の時点で王、または王族と分かる身なりの存在がそこにいた。



 「はは、マジかよ。 マジで異世界かよ……」


 場所は変わって客室のような場所。

 アティメスタリア=シリンクス。 人族の王はそう名乗り、落ち着く時間が必要だと奏多たちに告げるとシステム・・・・の簡単な説明を済ませると食事を与えられた後、この部屋に通された。

 

 しばらくは誰も口を開かなかったが、不意にさっき球体と会話した大学生風の男が半笑いでそう呟いた所で他もようやく動き出した。

 

 「う、うむ。 説明を受けはしたがこれはどう受け止めるべきなのか……」

 

 次に口を開いたのは年齢は中年に差し掛かっているであろう男だ。

 彼はこの状況に困惑しつつも比較的、冷静ではあった。


 「まずはお互い自己紹介から始めないか? 我々はこの訳の分からない状況を協力して乗り越えなければならない」

 

 特に異論は出ず、同意するように頷く。

 話しが進む事にほっとしたのか男は自己紹介を始めた。

 

 「私は巖本いわもと たけし。 まぁ、サラリーマンだ」


 この場に居るのは奏多を含めて全部で六人。

 次に名乗ったのは大学生風の男だ。 津軽つがる 正晴まさはる、大学生。

 

 「わ、私は古藤ことう 泰子やすこ。 主婦よ」


 落ち込んでいた中年女性は肩を落として名乗る。


 「深谷ふかや 早人はやと。 中三」

 「千堂せんどう ひびき。 事務職」

 

 陰気な少年と口数の少なそうな女性がそれぞれ名乗る。

 最後に奏多が名乗り、挨拶は終了となった。


 「さて、自己紹介が済んだ所で次の問題はこれか……」


 巌本は小さく溜息を吐くと小さくステータスと呟いた。

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