第21話 修行中


 昔のかがみんの話を聞いちゃおうとワクワク顔の夏芽を部屋から叩き出そうとしたら、「お皿なんだけど」と言われた。


「今日やっと素焼きしたの。出来上がりまでまだ時間かかる。ごめんね」

「……素焼き?」


 陶芸には粘土を形作ってから幾つもの工程があるらしい。生乾きを削り整え、じっくり乾燥させ、素焼きして、うわぐすりを掛け、本焼き。


「一窯分の作品がなかなか揃わなくて」

「まあ、喫茶店やりながらだしな」

「うん。納得できる物でないともったいないから潰しちゃったのも結構ある」

「潰す?」

「素焼き前なら粘土に戻せるもん」


 だから待っててね、と夏芽は自分の部屋に戻っていった。ちょうど訊きたかった小皿の消息が知れたのはよかったが、なんとなく悔しくなった。夏芽は世に出す作品を自ら吟味することができるのだった。

 納得してもしなくても、しゃべってOKが出ればそこで手から離れていく俺の声。関わる作品を選ぶこともできずに指示のまま原稿のままにしゃべる俺は機械と何が違うんだろう。そのうち読み上げAIに取って代わられて俺たちは不要になるんじゃないかと、たまに思う。


「あ、そうだ。返信」


 既読スルーだと思われても橘さんに後々ごねられる。


〈ご店主は落語好きのいい人

 大家さんぽい感じの〉


 それだけ送って弁当を温めながら野菜ジュースを飲んでいたら、ポコンと返ってきた。着物の男が座布団に正座しケタケタ爆笑しているスタンプだった。噺家スタンプなんてあるんだ。感心したが、考えてみれば本人が笑うより客を笑わせるのが商売なのでは。

 俺、夏芽、橘さん。それぞれの仕事は見事にバラバラで向き合うものも全然違う。マイク、土、生の客。共通点はたぶん、浮き草稼業というところだけだった。




 俺が所属するオフィス・エイムは大手ではないが、そこそこの歴史と規模を持つ事務所だった。だから俺みたいのを拾って飼っておく余裕があるわけだ。

 制作会社とのつながりと信頼により、企画段階から噛む作品やキャスティングを委託される作品もある。メインだけはオーディションで決定しても、ゲストやモブは自事務所エイムのタレントを起用することができるのだった。座間さんが俺をねじ込もうとしているのはそういう仕事ユニット


「だってアニメに慣れていただかなくちゃいけませんからね」

「はあ。その通りです」


 俺はナレーション以外だと原音のある仕事が多かった。日本で制作された新作アニメの場合、もちろん声などついていないし絵ができていないこともしょっちゅう。完成品を吹き替えるのとはわけが違う。

 今日連れてこられたのは異世界ものの深夜アニメだ。魔族に襲われる村の村長さん役。なんとなく勝手がわからぬまま音響監督の指示をメモる。


「カット24と25テレコです。カット30から42まで原画なので村長さん青い線で。赤がガイ主役、緑がシェルヒロイン

「はい」


 さっそく出たな。これは線だったり口だったりするが、画面上で各色の線が表示されているタイミングでしゃべるもの。口部分だけが色線で強調されつつパクパク動いたりもするらしい。

 できんのかな、と不安を抱えて俺はマイクの前に立った。




「うん、大丈夫ですね。しばらく幾つかアニメ回しますから頑張ってみて下さい」

「ありがとうございます」


 結果、なんとかなった。

 普通に出来上がった絵が無音で流れているのも面白いが、そこから急にラフな白絵になるのも初めて見て吹き出しそうになった。タイミングでしゃべるのは同じことだとわかったし、すぐ慣れるだろう。

 まだスタジオに残るという座間さんと別れ一人で外に出た。もう十月も終わり、東京の日中はちょうど爽やかなぐらいだ。今日から劇団ジョーカーの稽古に復帰なので夜まで時間が空くが、一度家に帰るほどの暇はなかった。



 稽古場の最寄駅まで移動して、近くの大きめな公園を目指した。そこで本でも読むか、ぼんやりしようと思ったのだ。脳みそをゆるめて、楽になりたい。

 だが行ってみるとそこに俺の代役内田くんと主演の堀さんがいた。自主練だ、これ。堀さんとそんな状態に持ち込むとは内田くんめちゃくちゃ頑張ったんだなと感心したが、見てみれば彼の努力は恋愛だけじゃなかった。

 内田くんは俺の役だけじゃなく他のすべてのセリフをそらんじていた。そして堀さんと絡みのある役の位置にサッと入って相手をする。

 なんだこれ。もしかしてこの舞台でいちばん成長したのは内田くんなんじゃないか。公園の入り口で茫然としていると二人に気づかれた。


「各務さん!」

「きゃ、おはようございます!」


 申し訳ない気はしたが、見つかっては仕方ない。二人の間を少しだけ邪魔しよう。


「のぞいてごめん。時間調整しに来たんだ」

「いえ、こんなとこ見つかっちゃって」

「内田くんすごいな。今、全役やってただろ」

「あ、はい。完コピまではいかないですけど、少しでも練習相手になれればと思って」

「女役もちゃんとしてたと思う」

「ほんとですか? やった!」


 俺がほめたら隣の堀さんもパアッと笑った。それを見もせずに内田くんは言う。


「ジョーカ先生が言ったじゃないですか、各務さん女もれるって。だから形だけでもいいから俺もやってみなきゃなって」

「そうか……」


 堀さんのためだけじゃないんだ。自分のために、やれることを精一杯工夫して試してこうなった。今回は役がもらえなかったけど、内田くんなりに芸に向き合うことができたのだと思う。俺がぐじぐじと下を向いている間に。


「堀さんも、熱心だね」

「とにかく役をちゃんとやらないと、ほら見ろってなっちゃうんで」


 しれっと言うことにはなかなか棘があって俺は笑いそうになった。


「ずいぶんひどいこと言われてるんだろ。大丈夫?」

「うーん、どうですかね。何言ってるか私は聞いてないんで、平気です」


 ケロリと言い切られて鼻白んだ。

 自分のやるべきことだけを見てそこに向かうことができるこの二人は今、劇団員の誰よりも強いのではと思った。


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