第40話 魔術の地雷

 次の対戦まで7日空いたとある日のこと、レントとアビスは話していた。


「ところで、お前さん俺後からあんまり使わねぇな」

「流石に人目のあるところで使えないよ」


 アビスの力は『深淵影魔術』として行使され、今までに無い強力なものがほとんどだ。

 かつて『星魔大戦』の時に使われていたようだがそんな代物なのだ、おいそれと使っていいものでは無いだろう。


「もっと便利なものもあるんだぜ?」

「それでもなぁ……」


 アビスが言うには深淵に達した影魔術はあらゆる影という影をものに出来るようで、その気になればこの学園都市全域にわたって効力を発揮できるという。

 例えば端から端まで影を使っての転移や目視不可能な場所にでも感知して攻撃を加えたりもできる。

 どんな魔術にもその手の強さは無いのだ。


「バレない?」

「そりゃぁ、一瞬でバレるさ。そして国はお前を囲おうとするだろうよ」

「それが嫌なんだよ……。ただでさえ学校という拘束されている状況だから逃げるにも逃げれないしね」

「……隠蔽出来ればいいのか?」


 まぁ、レント自身がやったと思われなければそこまで気にする必要は無いだろう。


「なら良い奴があるぜ」


 アビスがそう言うとひとつの可能性を示してきた。

 それは今まで誰もが考えはしたが実行まで達成できなかったものである。


「これは……、設置型魔術?」

「あぁ。あくまでも設置するところを見られなければの話にはなるがな」

「なるほど……。」


 今までの設置型と言えば設置はできても自然に魔力が分散されていき、使いたい時に使えないなんて事があったようでどうしても期限が決められていたのだ。

 アビスの示したそれは影魔術の影に作用することを利用したものだった。


「要は影が消えない限りその効力は残り続けることになる」

「それならある程度設置場所さえ考えれば永遠に残し続けることも可能なわけだね」

「あぁ」

「でも結局その威力の影魔術となると使用者が絞られてしまわない?」

「そこは確かに懸念点だな。だからこうするんだ」


 アビスはレントを介して魔術を展開していく。

 今いる場所はレントの自室だ。

 外も薄暗くなっているのでライトを消せばいくらでも影は生まれるだろう。

 そしてアビスは影の中になにやら魔術を設置するとレントに乗ってみろと指示する。


「大丈夫? これ」

「大丈夫だ。死にはしない」


 不安はあるが人柱になるしかないだろう。

 そう思いながらレントは展開された影へと足を踏み込む。


 ────バタンッ


 踏み込んだ、そこまでは記憶があったはずだ。

 しかし、そこから先の記憶が無い。

 よく見るとレントは床に突っ伏しており、横にはアビスがドヤ顔をしてこちらを覗いていた。


「何が起きたかわかるか?」

「確か……影魔術を設置した影を踏んで……そこからは何があった?」

「気絶したんだ。時間にして5分弱って言ったところか。俺はせいぜいお前を介してだからこれが限界だが、お前ならこの何倍も長い時間を気絶させられる」

「……確かにこれなら何が起きたか分からないから特定は難しそうだが……」


 あれこれ考えているレントからアビスは目を離して先程の魔術を同じように展開していく。


『影魔術・絶烙印ぜつらくいん

「!?」

「これはさっきのものと同じだ。こいつを踏めば気絶する」


 その魔術は設置するための魔術ではなく、触れた相手に烙印を刻みこむ魔術のはずだ。

 アビスと同一化を果たしてからというもの、ありとあらゆる深淵影魔術が頭に浮かんでくる。頭痛すら感じるほどだ。

 その中にあったそれは、印を刻み相手の魔術行使を出来なくさせる魔術だ。

 確かに拘束技なのは間違いないしそう思えば気絶も……


「いや、それは関係ないぞ」

「え?」

「基本的に魔術を地面に設置した場合は大抵の場合は拘束効果か気絶効果を発生させる」

「基本的に?」

「例外もあるってことだ。そいつはまたおいおい知ればいいさ。今はこれを覚えておけ、役立つこともあるはずだ。特に龍神族との戦いの時にはな」


 そこから話を聞いてくにどうやらそれぞれの属性の違いはあれど、設置した魔術はそれぞれの属性メカニズムが反映された拘束が基本になるようだ。

 雷なら麻痺、水なら溺水、火なら全身燃焼、風なら小規模な竜巻を発生させて拘束、または気絶をさせるのだという。


「お前さんの影魔術は催眠だ」

「あぶなっ」

「なに、気絶させるための効力しかないから危険は無い。どっちかと言うと睡眠に近いかもな」


 つまるところいきなり寝てしまう罠という事か。

 確かに言っていた中では1番目立たない設置型だと思う。


「燃えたり竜巻を出したりしないからバレないってことか」

「端的に言えばそうだ。だから言っただろ? 設置するところを見られなければってな」

「なるほど……」


 確かにこれは有用そうだ。

 特にこの前、ガゼルを追って建物に侵入した時なんかは歩いてきたところに置いておけばそれなりの使い方は出来そうだ。


「ありがとう。ちょっと使い方を考えてみるよ」

「おう、本来影魔術は地味なことで有名なんだ。探せば探すだけ地味なものが出てくるはずだ」



 思えばド派手な魔術……言うなればこの前の巨人族vsマッチョな人族で起きたような巨大な魔力砲的なものが出せるようなものは記憶にない。

 どこを見ても搦め手だったり、直接触れてどうこうとかが多い気がする。


「ははっ、確かに地味だね」

「まぁ、隠密なんかには向いてるわな。俺は気に食わねぇが」


 アビスの性格的にもっとドッカンドッカンド派手に行きたいんだろうが、レントはそれで良かったのだと思った。







 アビスとの対話を終えて何個か候補は浮かんだが、結局のところ『深淵影魔術』の使い道についてはいい案が出なかった。

 いくらなんでも規模がデカすぎるのだ。

 最小範囲で絞ってもこの男性寮まるまる覆うくらいというのはもはや派手になってしまうのでは無いのかと思ってしまう。


「まぁ、これだけは便利だから普段使いするか」


『深淵影魔術・瞬対影シャドーメント


 影から影へ一瞬で移動する魔術だ。

 今はどこに行くか念じないととてもじゃないと使えないが、次第に詠唱も念じる必要もなく行使できるというので日頃から使っていくことにした。

 時間もいつの間にか夕刻を過ぎて夕食の時間に差し掛かっているので、レントはひとまずここまでにしておいて食堂へと向かうことにした。


 いきなり何も無いところから現れてもびっくりするかもしれないので、食堂から少し離れた所へと転移する。

 無事指定したところに転移できたことを確認できたレントは食堂へと向かって歩いていく。

 そうして角から出て曲がろうとした時、カラットと目が合った。

 彼女と言えば試験中の寝ている時に試験とは名ばかりの襲われた過去がある。

 あれでもここの教師だと言うのが納得がいかない。


「おや、レントにゃ。どうかしたにゃ?」


 見れば見るほど大人……とは言い難い人だ。

 身長だけ見てもレントの半分強程しかない。

 目測で1m超えた辺りだろうか? 生徒と見間違えてもおかしくないだろう。


「いえ、なんでもないです。それより先生も夕食に?」

「にゃはは……。いつもはもっと遅いんにゃけど、今日はなんか早く仕事が終わったのにゃ。一緒に行くにゃ」


 一緒に食べようと言うその厚意は受け取っておく。

 レントは1人よりは複数人で食べている方が好きなのだ。

 今までも1人ではなく相席をして食べていたのはそのせいだったりもする。


「いつもとは違う時間はどんな食堂にゃんかにゃぁ」


 半ばスキップじみた動きで扉へと駆け寄るとその見てくれからも更に子供らしさが伺える。

 そうして扉が開かれると、レントには見慣れた光景が広がっている。

 しかし、カラットはそうは感じられなかったようでその目をキラキラと輝かせていた。


「人が……人が多いにゃ!」

「この時間はこんなもんですよ?」

「いつもは3時間ほど後になるにゃ……。その時間だともういても1人しかいないにゃ」


 3時間後となると大体の生徒は部屋にて待機してるか、訓練場で体を動かしているだろう。早い人はもう寝てるかもしれない。

 そんな時間では誰一人居なくてもおかしくないだろう。彼女の顔を見てもその想像にかたくない。


「にゃぁ。人がいっぱい、いいにゃあ」


 やはり教職ともなると忙しいのだろう。そんな時間にしか食べられないとなると少し可哀想だ。


「いや、それは間違いにゃ。あたしの能力不足なだけにゃ」

「は、はは」


 それはもう何も言えなくなってしまう。

 彼女も彼女なりに頑張っているはずなので、レントから言うべきことはただ夕食を食べようということだけだった。


「そうにゃ、食べるにゃ」


 一目散に受け取りに向かうカラットを見送り、ふといつもレントの座っているところが空いているか確認するとそこにはオリティアがいた。

 あの事件からまだ日が浅いにもかかわらずだいぶ持ち直したみたいだ。

 その食べっぷりが全てを物語っている。


「お? 彼女にゃ?」


 いつの間にか帰ってきていたカラットにドキッとさせられる。


「そ、そ、そんなもんじゃないですよ。ただの女友達ですって。……そんな顔しても変わりませんよ?」

「ちぇー、つまんにゃいにゃあ」


 そう弁解をするがどうにも納得のいかないカラットはなにやらオリティアの近くまで行って相席させてもらっていた。

 何か吹き込まれないうちにレントも食器を受け取ってそちらに向かうことにした。


「オリティア、もう大丈夫?」

「えぇ、大丈夫。見ての通り」


 どうやら心配は杞憂だったようで、今までの彼女そのものだった。


「にゃにゃにゃ」


 カラットがニヤニヤしているが触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、これはまさにそれに値するだろう。


 こんな事もありつつ、今日もまた平和な一日が終わりを告げる。

 明日も、そのまた明日も平和にことが進めばいいとレントは思っていた。

 大会まで残り3日程、コンディションは整えておかないといけない。



 明日からは訓練のつもりとなっている。


(アビスにも一声かけないとね)


 ふと部屋に残してきたぬいぐるみ、もといアビスの事を少し考える。





(さすがに連れては来れないもんなぁ)

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