第38話 覚醒の刻
『星痕解放!!
レントの慟哭とも言える叫びと共に、その目に紋様が現れる。
原子模様のようなその紋様は青白く光り輝き辺りを照らしている。
その力の奔流はいつものレントならいざ知らず、今の激情に流されているレントには到底制御できるものではなかった。
周囲を照らす光は物という物全てを壊し、その被害は会場全域に渡っていた。
唯一の救いは人物に対してはその効力を受けないということだけであり、それでも瓦礫で人が怪我をすることを考えると安心とも言えない状況だ。
「う……ぐ……」
その力をなんとか制御しようにもオリティアの変貌を前にレントはいてもたってもいられなかった。
その結果、大会会場は瓦礫の山と化し逃げ遅れた人々達の叫声で溢れかえるばかりだ。
「お、おい! レントしっかりしろ!」
ミラはなんとか瓦礫を躱してレントへの説得を試み続けている。
リンシアもその後に続いてひたすら避けているようだ。
「ひゃぁははははは! おいおい自爆かぁ?」
傍から見れば暴走して自爆しているようにしか見えないその光景に人々は、絶望、ないしは恐怖そのものであっただろう。
なにしろいきなり襲われたと思ったら、味方だと思っていた人物が辺りを壊し始めたのだ。
そう思われても致し方なかった。
────遠い遠いレントの精神の深層で、アビスはため息を漏らしていた。
かの時に手を出してからというもの成長を続けており、いつか悲願を達成するものだと思っていたらこのザマだ。
「……こんなもんだったか? レント」
アビスはそこまで面倒は見きれないと思うと同時に、この現象にひとつの既視感を思い出していた。
(これは……前代の時にも起きたっけか。これ以降、奴は変わったように強くなってたな)
それならば、とアビスはやれやれと呆れながら手を差し伸べてやる。
「おい、レント。お前、キチンと前を見れてんのか? 俺との約束は? お前の友人は? お前がしたい事ってこんな事だったのかよ」
アビスが声をかけるのは深層にいるひとつの影──レントの心だった。
今のレントは激昂しており、外側からいくら宥めても意味をなさない。聞く耳を持たないのだ。
なれど、心は違う。
オリティアを失った虚無感と、力がありながら助けられなかった己に脱帽しているのだ。
暴走しているのはその心の弱さが原因の一つであるのは間違いなかった。
「いつまでそうやってうだうだしてんだ。オリティア? だっけか? あの女はまだ助かるんだよ。こんな所でお前諸共自滅なんて願い下げだぞ、おい。聞いてんのか?」
(オリティアが……オリティアが……)
「だ! か! ら! まだ助かるかもしれないって言ってるだろ! 」
いくらアビスがそう言っても一向に伝わらない。
内面でこれなら外のヤツらがどうにかする手段なんて無いも同然だ。
「……はぁ、これだけは言いたくなかったがよ、レント。
──お前のその力でお前の友人が死ぬぞ」
「あの女だってまだ助かるんだ。それを自分の手で閉ざしてどうするんだ」
レントの心がピクっと動く。
(僕にはその方法がわかんない……何も出来ない)
「っだぁ! いちいちいちいちめんどくさいやつだな! そんなん俺が教えてやる! お前はアイツらを見捨てて死んでもいいのか!」
その言葉はレントの最後のピースにカチリとハマった。
オリティアは助かる。その方法も教えて貰える。
そして、それをする力が
「僕にはある……!」
「はぁ、ようやっと復活かよ……。手間かけさせやがる。おら、さっさと暴走を止めやがれ」
「え? それ知らない」
「これを食え」
そう言ってアビスが手渡すのは真っ黒のリンゴのようなものだった。
見れば見るほど視線が吸い込まれるような漆黒に包まれたその果実を受け取ったレントは、その瞬間全てを理解した。
そして、その実を口に運ぶとむしゃむしゃとかぶりつく。
「……わっ!」
レントの深層意識は黒くはあるが、それはとてつもなく眩しく輝き出した。
「ふん、これでお前は俺だし俺はお前だ。めでたく一心同体ってとこだな。もっと渡すのは後になるかと思ったが……。とにかくだ、さっさと収めてこい」
その言葉を最後にアビスはまた眠りにつき、意識から遠ざかっていった。
周囲を光で包み崩壊を巻き起こすレントは、途端にその光を弱めて自分の体に収束を始めた。
「何が起こったんだ?」
「お兄様、見て」
リンシアが指さした先には先程まで暴走していたとはお世辞にも言い難い友の姿だった。
しかし、その目を見ると今までに無い圧力を感じる。
「ごめんな、2人とも。ちょっとどうにかしてたみたいだ」
「全くだよ」
「危険」
深いため息を漏らす2人を危険な目に合わせたのだ。その言葉はまさにその通りと言えよう。
(この謝罪はまたどこかでしないとね。さて、今はあっちかな)
レントは変貌したオリティアとガゼルへ向き直し、その目は鋭くガゼルを射抜く。
その視線に気づいたのかガゼルは残念そうにしていた。
「ちっ、自爆してくれれば楽なことは無かったのによぉ。なら、やっちまえ」
「あっ……ぐおぉぉぉ!!」
自らの意思すら存在せず、その身体を『地魔』に堕としたオリティアはレントに向かって腕を振り下ろす。
その巨体から繰り出される拳は空を裂き、地を穿いて叩きつけられた。
「あ? がっ?」
しかし、その場にレントはいなかった。
拳が振り下ろされる時、瞬時に避けていたのだ。
『
いつものレントが得意とする魔術だ。
これを見るとミラ達は安心してその場を離れていった。
この魔術展開中は単純な物理攻撃は無効化され、支配領域内なら瞬間移動すらも可能とする。
「オリティア……君を助ける方法、聞いたからさ少し待っててね」
聞こえるはずもない言葉をオリティアに投げかけるとその準備にかかる。
「くっ、させねぇ!」
ガゼルが両の手に火の玉を作り出し連射してきた。
流石に魔術攻撃は無視する訳にはいかない。
「先にそっちか……。いくよ、アビス」
(ふん、やっとか)
『深淵影魔術・
ガゼルの足元に黒い円が現れる。
さすがにまずいと思ったか、カゼルはその場から離れようと地面から離れるために空に舞う。
「そんなんで回避できるほど今の僕は甘くないよ」
影魔術の領域の欠点である地面との接触。
そのデメリットはアビスとの同一化を果たした『深淵影魔術』の習得の際に綺麗さっぱり消え去っていた。
発生した円は常にガゼルの足元を追従しだし、いくら動こうとも足から離れることは無かった。
「空中に影があるのはなかなか不思議な光景だな……」
レントも初めて使ったがこの違和感には慣れそうになかった。
そうしてその円はガゼルを覆い、ついには身動きを出来なく縛り上げられていた。
魔力の制御も利かなくなるようで落ちて地面に叩きつけられていた。
「さて、よく待っていてくれたね。なんて言うのは白々しいかな」
「当たり前」
リンシアが手出しできないように拘束してくれていた。
その巨体全てを覆うほどの氷に身を包まれたオリティアは足掻こうにも足掻けずにいた。
「アビスから聞いたんだ。この薬、はるか昔の『星魔大戦』で使われて猛威を奮って以降禁薬指定されてたらしいね。それが今更なんでまた出てきたかは分からないけど、前例があって助かったよ。君を元に戻せる」
そのセリフを最後にレントの目は輝きを増していた。
先程の破壊の光ではなく、暖かくそれでいて優しい気に満ちていた。
『星痕魔術・
対象はオリティア、その光は一直線に彼女に向かうとその脳天を貫通した。
心配することは無い、外傷になることは無い魔術だ。
過去の人族がこの薬に対抗するために生まれた魔術、それはみるみるうちに効果を表していく。
黒い髪は以前の白髪にもどり、その巨大な体躯も今までのオリティアと同じになるまで縮んでいく。
アビスの言う通り元に戻ったのだ。
「……よかった」
レントは完全に元に戻ったのを確認すると解放した星痕を閉ざした。
再び目を開けるとその目はいつものレントの目に戻り、その目には今まで何回も見ていたオリティアの姿があった。
「レント……」
「ふぅ、これであとはあいつだけかな」
その場にいる全員が影にがんじがらめにされているガゼルを目に映す。
このまま解放するのは良くないだろうが、どうするべきか悩んでいると助け舟を出された。
「そいつの身柄は俺が預かろう」
「グレイ……お前はどっちの味方なんだ」
そのレントの言葉を受けてグレイは数秒悩んだ後一言だけ口を開ける。
「俺は「裏ギルド」だ」
「そう……か」
そしてレントはすぐさま臨戦態勢となる為に魔術を展開しようとした。
「おっと、言葉が足らなかったな。"今までの"「裏ギルド」の味方だ。今のあいつらはどうにもいけ好かなくてな、これを機に治してやろうかと画策してたんだが……なんとかしてくれたな、レント。俺は上の指示に従うしかできなかったんでな、勝手にお前に期待させてもらった」
「……はぁ」
どうにも話が見えない。
ガゼルとグレイは「裏ギルド」だ。
それらが依頼として出したものは実行しなくてはならない。
「なに、俺達も一枚岩じゃねぇってことだ」
それだけを残すとグレイはガゼルを抱えて影と共に消え去っていった。
「あっ、拘束が」
「まぁ、何とかなるんじゃない?」
そう思うしか無い訳だが、どうにも腑に落ちない。
グレイは結局何をしたかったのか。
「裏ギルド」が企ててることは何だったのか。
何故レント自身が狙われるのか。
未だに疑問は絶えないが、今考えていても仕方ない事だろう。
ひとまずそれを置いておくとオリティアへと体を向き直した。
『地魔』へと変貌していて先程元に戻ったばかりの彼女へと。
そこで大事なことを思い出す。
(あれ? あの時服ってどうなったっけ)
しかし、時すでに遅し。
生まれたままの姿となったオリティアがその身を隠しながらわなわなと震えていた。
背後にはオリティアが着ていたものと思われる服が破れて飛んでいるのが見えた。
「け、結構なお手前で」
バチィィィィィィィィン
透き通った綺麗な青空の下で、景気よく大きな音を響かせることになった。
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