第21話 天魔の神 アビス

 アビスと会い、影魔術についてより深みにたどり着いたその翌日のこと、レントはいつも通り登校していた。


 影魔術を知ることはかなった。

 しかしその力は、純二重魔術として発揮するには何かが足りないようだ。

 それを示すかのように、未だに展開できずにいた。


「なぁ、アガーテ」

「なにかしら?」


 隣の席のアガーテに声をかける。


「昨日聞いてから条件は満たしたんだ」

「あら、良かったじゃない。なにか不満でもあるのかしら?」

「なんか、何も変わらないんだよね」


 リンシアに言われたこと全てこなしたつもりのレントは、至極困り果てていた。

 しかし、この程度でたどり着けるものでは無いと分かり少し楽しくもあった。


「あらら?私の知識ではまだ足りないのかしらね」

「うーん、昼休みにでもリンシアに聞きに行くか」


 リンシアは第2学生だ。ひとつ上の学年ということもありなかなか会う機会もない。


「そうしましょう。私も見てみたいですし」


 2人は予定を確認すると、昼までの間授業に集中した。




 ──昼食後。


「なぁ、リンシア」

「レント」


 相変わらず口数の少ないもので、意思の疎通がなかなか難しい。

 それでもガルドに比べればまだマシだ。

 そういえば最近ガルドとも話してないがどうしてるんだろうか?

 同じクラスだから会ってはいるものの話す機会もそうない。


「純二重魔術について聞き……」

「ここではまずい。授業後に私の部屋にきて」

「……わかった」


 リンシアは辺りを見回して誰も聞いてなさそうなのを確認するとほっと胸を撫でおろした。


「それはあんまり口外できないもの」

「あぁ、そういうことね。じゃあ昼食にでもしようか」


 アガーテも頷き、リンシアと食べることにした。


「あれから頑張ってるんだけどなぁ」

「知ってる。よく耳に入るから」


 どうやらレントがいつも鍛錬してることは、他の生徒も知っているようだ。

 それもそのはず、その度に地面を抉ったり大きな音を立てたりと無視のできないものが多かったのだ。


「なかなか難しいものだなぁ」

「そう」


 なかなか話の弾まない昼食もなかなかない。

 アガーテは諦めたように黙々と食べている。


「ところで、その人は?」

「あぁ、紹介してなかったね」

「私はアガーテですわ」


 ここで初めて声に出すがそういえば、知り合いではなかった。

 レントは自分の気の回らなさに嫌気がさしていた。


「銃、使うんだ」

「えぇ。これがあれば私は百人力なのですわ」

「へぇ」


 やはりと言えばやはり、こちらも話はあまり弾まない。

 女性同士でも、気の合う合わないはやはりあるのだろう。


「じゃあ、授業後」

「あ、あぁ」

「また後で会いましょう」


 初めにリンシアが食べ終わり席を離れると、彼女が見えなくなってアガーテが声を上げる。


「なかなか特徴的な女性ですのね」

「まぁ、いつもあんな感じかな?」


 レントもいうほど長い時間過ごしてるわけじゃない。

 ほんの数日前までは知りもしなかったのだ。


「そういえばいつも図書館にいるんだろうか? 今まで見た事ないんだけどなぁ」

「どうでしょうね。図書館にいても気づかなさそうですわ」


 確かに、ミラに連れてってもらった場所はレントがいつもいる場所とは正反対ではある。

 気づけなくても無理はなかった。


「あ、時間がやばいな。さっさと食べちゃおう」

「えぇ」



 2人は急いで食べ終わると、午後の授業もそつなくこなしてその日の終わりが告げられる。


「さて、リンシアのところに行こう」

「場所はわかってますの?」


 そういえばリンシアの部屋が分からない。

 自分たちの部屋は男性用と女性用で建物ごと別れているのだ。

 お互いがお互いの建物に入ることは基本的にできないはずなので、レントはどうしたものかと悩む事になる。


「まぁ、とりあえず行ってみるか」


 そうして、レント達は女性寮へと歩き始める。



 その道中にコレットと話を交わした。


「やぁやぁ! レントくんじゃないッスか! 2人でデート?」

「そんな訳ないでしょ」

「えぇ、違いますわ」


 そんな否定しなくても、とコレットがごねるが2人は気にしない。

 この人はこういう人なのだ。今更どうこういうつもりは無い。


「じゃあどこに行くッスか?」

「女性寮だよ」

「女性寮ですわ」

「へぇ、レントが女子と女性寮に……」

「だからそういうのじゃないって……」


 あらぬ疑いをかけられるが、コレットが助けてくれるかもしれないと思ったレントはコレットに聞いてみる。


「そういえば、コレットさんって第2学生でしたよね」

「そうッス……けど、コレットでいいッスよ」

「仕方ない……コレットはリンシアの部屋わかる?」


 これで上級生にも関わらず呼び捨てになる相手が増えてしまった。

 ここの先輩方は皆ここまでフリーなんだろうか?

 レントが少し考えていると思わぬ答えが返ってきた。


「分からないッス」

「……えぇ!?分からない?」

「いやぁ、そもそもリンシア……さん?って人を知らないッス」

「……?」


 アガーテとレントは2人して首を傾げていた。

 同じクラスでは無いということだろうか?

 確かにクラスが違えばわからない人もいるだろう。レントだってそうだ。

 隣のクラスですら全員知ってるわけじゃない。


「いやぁ、私って実は第2学生なら全員顔見知りなくらいなんスよ?」

「じゃあ、なんで知らないんだ……」

「そうですわね。みんな知ってるなら……」


 余計に分からない。

 分からないことが分からない……?ややこしくなってきたな。


「その人本当に第2学生であってるッスか?」

「ミラがそう言ってたから間違いないと思うけど……」

「1度女性寮に行ってみるしかないようですわね」


 それが1番手っ取り早いと、レントとアガーテはコレットと別れると一目散に女性寮へと向かった。


「着いたね」

「着きましたわね」


 コレットの話だと第2学生じゃないらしいが……。

 真相はどうなんだろう。

 そして、レントは入れるんだろうか?


「なぁ、これ僕も行くのか?」

「貴方が行かなくてどうするんですの。貴方の用事ですわよ」

「そうだよなぁ」


 レントが行かなくても何も始まらないのは確かなので、決心をして女性寮の扉を開く。

 扉を開けるとそこは男性寮と何も変わらない光景が広がっていた。


「内装も同じなのか」

「そうですの? そちらを知らないので分からないですが……」

「とりあえず寮母さんのところに行こう」


 向こうと同じ作りなら案内なくたどりつけそうだ。

 歩いている途中も「なんで男子が?」「あの人はアガーテさんよね」「逢い引きかな?」という言葉と共に注目を浴びている。

 少なくとも、男子がいること自体に特に問題は無さそうだ。




 ────いや、これを問題と言えば問題なんだろう。

 そう思うレントの前には、やたらと身長の大きい女性が立ちはだかっていた。

 常人ならざるサイズだ。2m30cmはあるんじゃないか?


「ここは女性寮だよ。何か用かい?」

「あ、いや」

「なんだいハッキリしないね!そっちのお嬢さんが理由かい?」

「いや、リンシアに呼ばれたんだ」


 そういった途端、その女性はしかめっ面を辞めて部屋へと入っていった。

 その部屋には寮母室と書かれており、窓口から先程の女性が顔を覗かせた。


「いやね、女性寮に男子は入れないんだよ。あぁ、そこから先ね」


 その指が指し示した所は住居区と分けるための扉だ。

 ここまでなら入れるという事だろう。


「で、リンシアだね。ちょっと待ちな」

「ところで、さっきコレットさんと会いましたけれど分からないと仰られたのですけど……」

「あぁ、リンシアは特殊だからね。もうちょっと待ちな」


 そうして待つこと5分、寮母さんに呼ばれて窓口へと再び向かった。


「リンシアを呼んだよ。いいかい? 中で不穏な動きをしてみな、私がすっ飛んでいくよ?」

「気をつけます……」


 こんなガタイのいい人に追いかけられたくもない、とレントは身震いをした。

 そうしているとリンシアが出てきたようで


「待たせた」

「いえ、そんなですよ」

「じゃあ行く」


 そう言うと向かったのは住居区では無く、女性寮の地下室だった。


「練習が必要」

「なるほどね」


 あまり見られたくないが、練習はしないといけない。

 確かに地下室は理にかなっていた。


 階段をおりていくとどんどん暗くなり、大きな扉の前に出る。

 リンシアはその扉を開けるとレント達を中へ誘導した。


「さて、どうだった」

「この前言ってたことは全部したつもりだよ。魔術は知れた」

「そう。じゃあ使える」


 リンシアはそういうが今までできた試しがない。

 そう思いつつも今はできるかもしれない、そう思ったレントは影魔術の純二重魔術を使うために壁へ手を向けた。


「……くっ」


 何回も、何回も使おうとはする。

 しかし、やはりと言うべきか今まで通り何も起きない。


「なんで出来ない? 条件は満たしたはず。ちょっと来て」

「?」


 リンシアがレントを呼ぶと、その手をレントの胸に当てた。


『看破』


 その魔術は所謂無系統と呼ばれるもので、属性魔術とは別でどんな人でも使うことの出来る魔術だ。

 そのうちの一つ、『看破』とは触れた相手のステータスを見ることが出来る。

 ただし、相手が許可しないと見れないのでやたらめったら見ることは出来ない。

 レントは許可するために魔力を返した。


「ん。問題ない。これなら使えるはず」

「じゃあなんで使えないんだ?」

「最近いつもと違和感ない?」


 ステータスを見て違和感があったのかリンシアは怪訝な顔をする。


「うーん? なんかあったかな?」


 リンシアと戦ってから何があったか思い出す。

 あの後と言えば純二重魔術の習得に明け暮れていたから……


「あ! アビスか!」

「アビス!?」


 声を上げたのはアガーテだった。

 いきなり声を荒らげてレント達はびっくりしてしまった。

 いつもは落ち着いた話し方をしている彼女が、声を荒らげることはそうないのだ。


「アビスと会ったんですの?」

「いや、まぁ、うん」

「アビス? 何それ」


 リンシアも分からないようだった。

 レントも会っただけで知ってる訳では無い。

 アガーテについてきてもらって正解だったかもしれない。


「アビスというのは、深淵の神の名ですわ。今の人たちに分かりやすく言うのなら」


 ────天魔の神


『ふははははははっ!!! ようやくたどり着いたかレントよ!』


 前に聞いた声が地下室に響く。

 この声はアビスだ。


「どこだ!」

『なに、今姿を見せる』


 そう言うとレントの胸の中から黒い物が出てきてそれが形を作る。


『いつぶりだな、レントよ。どうだ、覚悟は出来たか?』

「覚悟は出来てる。でもそれを使うつもりは無い」

『悲しいものだ。我はいつでも待っているというのに』


 レントはアビスの勧誘を断るとアガーテ達に分かるように説明する。


「こいつがアビスだ。前に影魔術を知ろうと影と一体なった時にその中から出てきた訳分からんやつだ」

「これが……」

「へぇ」


 アガーテはやや恐怖の交じった顔をし、リンシアは興味深そうにアビスを観察していた。


『そやつらも言ってみたらどうだ。影魔術の本領を使え、と』

「そ、そんな貴方の力で……なに、が、出来るんですの!」


 吃っているようで荒らげているようなよく分けらないテンションのアガーテはさておき、リンシアは割とノリノリだった。


「レント。やろ」

「えっ?」

『ふははっそうだぞ。レントよ、力は使うためにあるのだ』

「でも僕は周りから忌避される力なんて要らないんだ」

『何を言ってるんだ。強い力はいずれも忌避されるものだ』

「……同意はしたくないけどそうですわね。強き力は人々を元気づける一方で、嫌がられるものですわ」

「とは言っても……」

「レント。やろう」


 リンシアはどうなるのかに興味があるようだ。

 レントも薄々気づいている。

 父親がそうだったのだ、力は持つ分にはいいが持て余す力はいずれ人を寄せつけなくなることを。

 そして、純二重魔術は恐らくその力がないと使えないことも。


『さぁ、どうする。我はいつでも良いのだぞ?』

「仕方ないですわ、やりましょう」

「そう。やる」


 いつの間にか2人はあっちサイドのようだ。

 これでは分が悪いと思ったレントは遂に諦めた。


「きちんと制御すればいい話だよな。わかった、アビスやってくれ」

『うむ、委細承知した。……健闘を祈るぞ』


 最後にそれを言い残して、アビスはレントの元へと入っていく。



「うっ……ぐ……あっ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「レントさん!?」

「レント!」


 胸から闇が広がり、それはレントを覆うように広がり続ける。


「あがっ……がごっ」

「……」


 2人はどうすればいいのか困った挙句、ただ見ていることしか出来なかった。

 何もしなかったのでは無い。

 何も出来なかったのだ。


 いくら魔術を当てても弾かれて、いくら攻撃を浴びせてもすり抜けるばかりなのだ。

 そして、それはついに全身を覆ってしまった。


『ふぅ、やっとこの力を受け付けたか……。レントよ』

「あなたは……」

『ふむ、こうやって意識を奪い続けるのも一興ではあるが……そろそろ返してやるか』


 何を思ったか、アビスはレントの身を乗っ取ったかと思いきやそれをすぐに手放した。

 そうして黒い物が収縮を始めて胸へと戻っていく。







 そうして意識を取り戻したレントは、そのまま床に倒れてしまった。

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