第4話 望みと憧れと非難と 【1】

「それでは、試験始め!」


 教員の指示の元、一斉に紙をめくる音をたてる。


「!?」


 しかし、めくるだけで誰一人として筆を走らせる音はしない。

 それもそのはずだ。

 レント達は魔術の学校なのだから魔術のテストだと思っていた。今でも思っている。


 しかし蓋を開けてみたら何もかもが想定と外れていた。


(…これは、なんなんだ?)


 レントも不思議に思う。

 それもそのはず、テストだと思ってめくったものは診断テストみたいなものなのだ。

 やれ性格がどーのだの、やれ場面指定でどう行動するかだの。

 魔術とは全く関係の無い代物であった。


 それでも時間が経てば筆の音がちらほらとたち始める。


(これは受験しに来た人の何を見てるんだろう)


 レントも一応真面目に書き記していく。


 ────チッチッチッチッ

 ────カリカリカリカリッ


 時計と鉛筆の音だけが教室を響かせ、時間が遅くなっているような体感を得た。


 書き音が少なくなった時、


「はい、終了してください。記入した紙は机の上に裏返して置いて退室してください」


 皆その指示に従い続々と部屋を出ていき、学校が用意した控え室となる部屋へと向かった。


「なぁ、あれなんなんだ?」

「さぁ…。魔術的なものにヤマ張ってたんだけどなぁ」


 ザワザワと話しながら部屋へと向かう受験者が多く、レントもその1人だった。


「なぁ、オリティア。あれ、なんだろうな」

「うーん。性格診断テスト?かな?」

「だよなぁ」


 いくら頭を悩ませても個人の性格を把握するテストだという結論にしかならない。


「何かあれで分かるのかな。むしろそのまま性格を知りたいだけだったりしないかな?」

「全然あるわね」


 話しつつ歩を進めると部屋の前へとたどり着く。


「じゃあ、結果発表まで待機だな。また後で会おうか」

「えぇ。また後で」


 意味不明の状況で部屋へと入っていく受験者達。

 レントもそれにならって入ると、

 そこは部屋というよりは庭だった。


「なんだここ!?扉は?…ない!」


 部屋に入ったと思ったら庭に出ていた。

 レントは焦りに焦りどうしてこうなったのか思考をめぐらしてる中、大きな声が聞こえた。


したものおめでとう!ここにいるものは皆先程のテストで合格した者だ!」


 遠くの方で男の声がする。

 辺りを見渡すが自分以外の人間は見えない。


「校長先生。声しかあの子たちわかってませんよ。きちんとしませんと」

「おっと、そうだったな」


 少しすると上空に映像が映し出された。


「さて、話を戻そう。お前たち、あのテストはなんだったのか意味がわからなかっただろ?はははははっ!俺もだ!」


 筋骨隆々の体とローブというなんともミスマッチな見た目の男はここの校長先生のようで、この男もあのテストの意味がわかってないようだ。


「はいはい。私が説明致します。校長先生?その無駄に大きい体を退けてくれんか?」


 後ろからいかにも魔法使い、というような見た目のおじいさんが出てきて説明を始めた。


「ゴホン。あれは君たちの性格を診断するものです。いくら『星痕』を宿していたとしても危険になりえる人物は入学する資格はありませんので」


(本当にそれだけだったのか…)


「とはいえ文字だけでは分かるものも少ないので、ある魔術を付与した紙を使わせてもらいました」

「おう!あれは触れた者の内面を記す魔術が施されている!書いた内容と記された内容を照らし合わせ、無事合格となった者のみこの庭へと転移させるものだ」


 どこかから叫び声が聞こえてくる。


(どうやら、僕以外にもいたようだ。そりゃそうだ、見る限りここはめちゃくちゃ広そうだ)


「さて、前置きはこの辺りにしておこう。これより第二試験を始める!では、始…」

「内容も何もかも伝えてないのに分かる奴はいませんよ。はぁ…、では引き続き説明をさせていただきます」



「ここ、《星霊獣せいれいじゅうの庭》では魔物が存在しています。学校が隷従させている故に普段は大人しくさせて居るが、この時をもってその縛りを解きます。君たちにはこれらの捕獲を試験とします。」


 魔物討伐、他の人を襲う等を行うと減点されて捕獲に成功する度に加点されていくようだ。

 持ち点は50点。何もしなくても50点はあるということだ。


「もちろん他の人が減点をするだろうと予想して、そのままでいるのもまた戦略。お好きな方法を取りなさい」


 話しづらそうにしていた校長先生がこのタイミングを見逃さなかった。


「もういいな!…よし!それでは第二試験を始める!……始め!」


 レントはどうすべきか悩んでいた。


「うーん。討伐はダメ…。手加減足りるかなぁ?」


 レントの力では少し過大すぎるダメージが入ってしまいそうだが、そのままいても仕方が無いと思ったのか急いで庭を駆けていった。


「とりあえず右手にある森に入るか…いや、前に山があるな。洞窟はないか見てみよう」


 森といういつどこから襲われるか分からない場所よりは、狭くはなるが比較的襲われるルートが分かりやすい洞窟がないか見て回った。


「お?おあつらえ向きなのがあるな…。これ、坑道か?明らかに人の手が加わってる」


 坑内支保こうないしほによって崩れないようにされた洞窟。

 これならやりやすいとレントは坑道へと入っていった。


 ガサッ…ガサガサッ…タッタッタッ


「アイツ ツヨイ オレサマ タタカウ」



 ───────────────────


 それとなく進みだいぶ奥に来たレントは休憩をすることにした。


「うん、ここまでに魔物も4体捕獲できたし順調かな」


 腕に付けられた《現在捕獲数:4》と表示されたブレスレットを見ながら座って休む。


 この庭に来た時には着いていた腕輪についての説明はなかったが、ここに来るまでにどういうものなのかの確認はできた。


「魔物を攻撃し弱ったところに掲げると、この腕輪に魔物が吸収されて数字が増える。どういう仕組みなんだ?これ。外そうと思っても外せないし…」


 かれこれ何回かは外そうと試みていた。

 しかし外すどころかズラすことすら困難とは恐れ入った。


「なんらかの奴隷になったりしてないよな?これ」


 不安もあるが今のところ数字により現状把握ができるのと、捕獲したらどうやって移動するか悩んでたものだからこの機能には助かったので、それ以上外そうとするのをやめて大人しく使うことにした。


「とはいえ、他の人を見る前にここに来たからどんな人がいるのか分からなかったな…」


 行動に入って気づいた失敗の一つである。

 協力とはいかずともどんな人がいるのか位は知っておくべきだったのだ。


 カツンッ


「!?」


 物音が聞こえ、レントは戦闘をする構えになった。


「魔物か?受験者か?返せるなら返事をくれ」


 少しのあいだ沈黙が流れる。


「魔物…か?」


 そう思ったその時、物陰から鳥?のような服を着た男が出てきた。


「オレ オマエ タタカウ デモ オソウ ダメ」

「ん?なに?なんだ?」


 言葉はわかるのに言葉が通じてない。

 レントは首を傾げる仕草をすると男は察したのか言い直した。


「タタカウ オマエ タタカイタイ ヒトメミタ イワカン タシカメル」

「…あ、あぁ!そういう事か」


 やっと納得がいった。

 彼は受験者なのだ。

 襲うと減点されるし、それは彼も本意では無いようだ。

 とはいえ、戦いたい…か。


「僕は君と戦う理由がないよ。」

「オレ アル オマエノチカラ ヨクワカラナイ タシカメタイ」


 こう、話すのに少し脳内で整理しないといけないせいで、変な間が空いてしまうのはどうにかならんもんかとレントが思っていると、


「イイカ? オレ タタカイタイ 」

「うーん」


 減るもんでは無いが、魔物との戦いも飽きてきたところだしいい気分転換になるかもしれないとレントは了承した。


「アリガトウ バショ カエルカ?」

「いいよ、そのままで」


 そう言いながら構えを作った。

 彼も構えたようでじわじわと距離が詰まって行く。


黒玉こくぎょく


 指を上に指して黒玉を出現させる。

 そしてそれをだんだん大きくしていくと人1人なら入ってしまいそうな大きさになった。


「!? オレ マケナイ」


 そう言って鳥男は腕を前に出して、何やら聞き取れない発音の言葉を紡ぎ、その魔術を発動した。


(いやいや、そもそもそこまで上手く聞き取れないがそんなレベルじゃない。どこの言葉だそれ)


「カマイタチ」


 かざした手が風に包まれ始めた。

 そうして振りかぶりこちらに向かって腕を下ろした瞬間、何やら見えにくい物が飛んできた。


「おっと!」


 レントは見えにくいながら何とか避けて、魔術は空を切った。


 ──スンッ


 何だこの音と思い、今避けた攻撃の先へと目を向けた。


「はぁっ?」


 そこにあるのは音もなく切られた坑道の壁。

 何をどうしたらほぼ無音で岩が切れるのかレントには何一つ分からない。

 分からないけどやることはひとつ。


「この魔法はね、黒玉って言うんだ。ほら、そろそろ完成するよ」


 今まで玉だったそれは今はレントの形をしており、黒一色のレントの出来上がりだった。


「│黒分影こくぶえいってね」


 この魔法はレントの体術をそっくりそのまま扱うことが出来る。

 2年もの間、父から教わった者だ。

 ただ、元が魔法だからなのか魔法が使えないのは少し悲しみを覚えた記憶がある。


「さて、やろうか」

 コクッ


 鳥男も構えを直し、いつの間にか両腕に風を纏わせていた。


 鳥男が腕を下ろしては体をひねり避けていく。


「これ、僕じゃなかったら死んでるぞ!」

「ソノツモリ」

「そのつもりだって!?なんなんだ君は!」


 鳥男の眉がぴくりと上がり攻撃が止まった。


「オマエ ツヨソウ オレ タタカウ シメイ」

「…僕が強そうだから君は戦わないといけないって?なんだそれっと」

「…!?」


 レント本体から黒い根のようなものが飛び出してきた。

 鳥男はそれらを避けると華麗に着地した。


「オレ ナマエ ガルド オマエ ナンテイウ」

「あぁ、もう。分かりづらい!僕はレント!よく分からない『星痕』と、それと影魔法が得意だ!」

「ソウカ オレ ヤイバ ホルダー モツモノ ソシテ」


 構えていた腕を横にスライドさせレントへと攻撃を仕掛けた。


「カゼ マホウ トクイ」


 横薙ぎの攻撃はマズイ。

 ただでさえ狭い坑道に広範囲の攻撃。

 避ける場所が少ない。

 上に避けるのは現状では無理なので下に避けた。


「つっ…」


 ギリギリだった。

 あと少し下だったら当たっていただろう。


黒帝葬シャドー・バインド!!」


 レントの魔法によりガルドの影がにょきにょきと浮かび上がりガルドを締め上げた。


「クッ ヤハリ オマエ ツヨイ」

「そりゃ、どうも」


 パンパンとついた土を払うとガルドの元へと近づいた。


「なんで僕と戦いたいんだ?さっきは使命とか言ってたね」

「オレ ツヨイヤツ スキ ナカマ ナリタカッタ ソレダケ」

「…!?」


 それだけ、それだけの事でここまでしたのかこの鳥男は…。


「そんなの話せば…」

「オレ コトバ ウマクナイ ヘタ ソト ナカマ デキナイ」


 慣れてきたレントはいい加減言いたいことが分かるようになってきた。


「うーん。強そうだし、何より学校ってのは友達と学ぶ場だって父さんも言ってたしな!」


 レントは右手を前に差し出し握手を待った。


 しかしいつまで経っても握り返されない。


「テ ダセナイ シバラレテル ハズシテ」

「あ!ごめんごめん忘れてたよ…」


 急いで黒帝葬を解除すると、ガルドは伸びをするかのように体を動かした。

 そして


「ウン ヨロシク ナカマ ウレシイ」


「…」


 これから友達を増やすには彼の言葉は問題だ。


「とりあえずさ。言葉を覚えよう」


 そうして2人は坑道から出て久しぶりの日光を浴びながら魔物を捕獲していった。

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