無駄話2 対等な関係は自分で作るモノ。

「んー、ここは八を切らないで欲しかったなー」

「あ? 琇、お前だってさっき、革命しただろ」

「なーんて、二人が言ってる間に、俺はイレブンバックー」

「裕樹くんありがとう。ここからは全部、俺のターンだよ?」


 実力テストも終わり、皆んなの中にゆったりとした時間が流れている。

 ——ホント仲良いなー、あいつら。

 琇達はこのお昼休みで、大富豪なんてしていた。

「瑞稀? 気になるなら一緒にやれば? わたしは見てるから」

 美空がそんなことを言ってくる。

「いんや、遠慮しとく」

 私はトランプゲームがかなり苦手だ。ポーカーなんかを一対一タイマンでやるなら、そこそこ自信はあるのだけれど、ああやって複数人で行うタイプのやつは、頭がしちゃうか、むしろ何も考えないでやってしまう事が多く、今まで勝った試しがない。

「じゃあ、わたしだけ行っちゃおーっと」

「ちょっと美空」

 いくら自分の彼氏達であるとはいえ、美空には男子の中へ飛び込むことへの抵抗などは、ないのだろうか。

私達が近づいて行くと、戸高が声をかけてきた。

「なんだよ? 女が来てんじゃねーよ」

 いつも女子と遊んでいるコイツが言うセリフではない。私は言い返す。

「あ? てめー何様だコラ? つーかお前の方こそどっか行けよ? いつものように女の尻とおっぱいでも追っかけてれば良いだろうが」

 ——うーん、今日はなんだか、いつもよりもキレキレ! 戸高に悪態をつけた! きっとテストのストレスがまだ残ってるのね!

「瑞稀? それは言い過ぎ——」

 琇が私をたしなめようとして——。


「ではないかな? 裕樹、瑞稀と美空ちゃんがせっかく来たのに、あの言い方はないんじゃない? だから試行回数の割にモテないんだよ」


 いなかった。

 最近私は気づいた。琇は皆んなに、ただ優しいだけではない。普段は優しいんだけど、要所要所でたまに、その人にとってグサっとなる事を澄まして言うのだ。私でなければ見逃してしまうだろう。特に戸高にケチをつけることが、それなりに多い。

「真也ぁ、田所夫妻がいじめるよぉ!」

 戸高が秋山に泣きつく。

「そんなの俺に言われても……おーよしよし」

 ——なんだ? 戸高のやつ。女子を狙うのはやめて、男に路線を変更でもしたのか?

「あはは、そっちはそっちで『秋山夫妻』の誕生だね」

「それは、やめて、欲しいかな……」

 琇が戸高のついでに秋山をもイジり出し、秋山は嫌そうな顔をしていた。

「ちげーよ琇、俺達は戸高夫妻だ。俺が夫、真也が嫁だ」

「いや、まじで気持ちわりーんだけど。美空、ちょっと吸ってこよーぜ?」

 矢嶋は「うげぇ」という顔をしながら美空を誘った。

「え? トランプは?」

「俺はやめる。やっぱ俺、お前といる方が楽しいわ」

「か、カイくん……うん、そうだね。えへへ」

 そうやって二人は教室から消える、前に——。

「お二人さん! 学校はじゃないからねー?」

 私はそれなりに大きな声で、二人に忠告した。

「ひ、昼休みに! そそそ、そんなことは、しないからっ!」

 ——昼じゃなかったら、しそうだなー。

「み、美空! 早く行こう!」

 二人は教室から出て行った。

 矢嶋は気づいたみたいだ。クラスの皆んなに聞かれたことに。もし二人が授業に遅れてしまったのなら、皆んなに変な目で見られてしまう事け合いだ。

 でも私は悪くない。きっかけになる発言をしたのは私だけど、墓穴を掘るような返しをしたのは、美空。私はただ「不健全ホニャララ行為」を未然に防いだだけである。とがめられるいわれはない。

 戸高と秋山の二人は二人で、まだ戯れあっている。

「裕樹くん? ホントに俺を嫁にするつもり? もし本気なら、俺だってそれなりに真剣に——」

「しなくていーよ、秋山。どーせコイツのことだから、ただあんたに甘えてるだけよ?」

「違うって瑞稀、俺は男に目覚めたんだ。女には飽きた、これからは——」

「ごめんね裕樹くん。裕樹くんを友達以上には、見れない」

 なんと不謹慎なじゃれ合いをするのか。でも私も、それに乗っかる。

「あらら? もし秋山がオッケーだったら、あたしは応援したのになー?」

「無理だって。たとえ男でも女でも、裕樹くんを恋人にしたい人なんて、いないよ」

 ——うお秋山! 何気にあたしより強い毒吐きやがる!

「真也! 俺だって先月まではかのじょ——」

「はいはい」

 ふと琇が会話に参加していないことに、私は気づいた。

 見ると琇は、笑っていた。

「どうしたの? 瑞稀」

「琇、あんたこそなんで笑ってんの?」

「いや、楽しそうで良いなぁって」

 そういう琇も、楽しそうだった。

「セリフだけ聞いたなら、してるやつみたいよ?」

 実はちょっと狙っていたりする。

「それも少しあるよ。瑞稀は僕がいなくても楽しいんだーってね?」

 琇も合わせてくれた。

「さっきまで、あたし抜きでトランプしてたくせに。あーあ、あたしの愛情たっぷりのお昼ご飯は、琇にとってはただのノルマなのなー?」

 私も美空と話してたけど。

「愛情は愛情でたっぷり頂いたけど、ソレはソレ、コレはコレ。男の付き合いは大切だからね。彼氏の重要事項だよ、覚えといて?」 

「なにそれ? 感じ悪っ!」

 覚えておこう。


 私達が二人の世界に浸っている間、その世界に秋山達の話し声も、届いていた。

「裕樹くん? 俺達もそろそろ、どっか行かない?」

「んー? どこにだよ」

「俺はフトシくんの所に行くけど、一緒に来る?」

「あー俺、あいつと話合わねえんだよなー。ちょっと二階のセンパイ方をナンパしてくるわ!」

「あんまり時間ないけど」

「だからこそ、燃えんじゃねえかよ? おーい誰か! 二階に行きたいやつ集合!」

 そんな二人の会話を盗み聴きしていた私は、琇に言う。

「ねえ、今の聞いてた?」

「もちろん。アンテナは常に広く張らないとね」

「たまたまでしょ?」

 私はたまたま。

「たまたまだよ」

 琇は認めた。

「戸高って、どういうやつなんだろ?」

「え? 見ればわかるでしょ? 人懐っこい寂しがり屋。だから女子の前で堂々とゲスな事を言っても、モテるんだよ。顔が良いから、かも知れないけどね」

「ふーん?」

 私は中学の時、キモナンパヤローに声をかけられた事がある。子供を誘おうとしてたから、キモ変態ヤローなのかも知れない。そのせいで戸高みたいなタイプのやつがその野郎と同じに見えてきて、そういうやつが私に特に何もしてなくても、自動的に嫌いだった。

 でも戸高は話してみれば良いやつで、チャラ男、という一言で片付けてはいけないと思う。ムカつく事は多いけど。

「ちなみに真也は人懐っこいけど、自立したタイプ。だから自分から皆んなの輪に入れさえすれば、可愛がられつつ頼られもする、非常に器用なタイプなんだ。僕も目指してるんだけど、中々難しいね」

「ぷっ! あんたキャラ作りとかしてたの? あはは、無理無理! だってあんたクセ強すぎだし! どんなキャラクターも飲み込んじゃうし!」

「瑞稀だって最初は『清楚にしたいー』とか思ってたんでしょ? それこそ無理だよ、お互い様だ」

「そうだよねー」

 でもこうして今、私達が楽しいのは、二人が今のタイプだからだ。元々の性格と作った性格。その両方にお互い、惹かれあったのだろう。


 教室の戸が空いた。

「はい皆さん、自分の席について」

 地理の真田先生だ。琇の数倍もじゃもじゃした癖毛なのに、口に出す言葉は、クセのない綺麗な言葉だ。

 秋山が他のクラスから戻って来た。

 美空と矢嶋も戻って来て、ちょっと焦りながら席に着いた。

 戸高はまだ、戻って来ていない。

 ちえり達女子三人は、時間ギリギリまでスマホをいじくるみたいだ。

 菜摘は既に、先生が来る前からノートと教科書を開いている。

 他の人達もそれぞれ、色々な様子だ。

「じゃ、授業の後でね」

「えーさみしいー」

 私はわざとらしいことを、わざとらしく言う。もちろんふざけている、本気ではない。でもちょっとはマジだ。

「あ、そうだ。ふふ、良いこと思いついた——」


 琇が、私の頬に、両手を優しくそえて、私のおでこに、キスをした。


「ち、ちょっ!」 

「しーっ、今のを見てない人にも気づかれるよ」

 ——じゃあやるな馬鹿! めちゃくちゃ恥ずかしいだろうが!

 琇は皆んながいるこの教室で、しかも先生がいるタイミングに、堂々とこんな事をしたのだ。どんな神経をしてるのだろうか。


「——これは、瑞稀の壮大な仕返しに対する、僕のちょっとしたいたずらさ。大した支障はない、そうでしょ?」

「っ…………!?」


 私はやられたら、やり返す。

 琇もやり返されたらやり返す。

 どちらか片方が何もしなくても、どちらか片方が何かをしてくる。

 私達は、そんな絶妙なバランスで、できている——————。

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