無駄話1「どうしても無理なら——」は便利な殺し文句。

 冬休みは短い。

 に休みが始まったと思えば、さんにちが過ぎて、直ぐに学校が始まる。今日は一月四日。つまり冬休みは今日を含めてあと二日だ。各教科のプリントをこなすだけで、あっという間に時間が流れて行ってしまった。

 正月太りを心配する余裕すらない、そんな味気のない休みに私が納得できるわけもなく、特に予定もないまま電車に、乗り込むのだった。


 座席シートのど真ん中をじんった私は、ブルゾンのポケットからスマートフォンを出す。通知は来ていない。それでも念の為ロックを解除して、LI○Eの画面を開いた。

 ——うん、誰にも連絡してないから、当然よね?

 実は、美空にだけは昨日、連絡した。しかし矢嶋とデートをするそうで断られてしまったのだ。なんでも矢嶋は夏のうちに「東京ピクシーランド」のチケットを購入していたそうである——何気に金持ってんなー、あいつ。

 中学でも仲の良い子はいた。でもしばらく会っていないと、その関係性はリセットされる、と、思う。ので、私は迷わずこの電車に乗り込んだのだ。

 家を出てから二時間ちょっとすれば、どんなにのんびりしてても花菜高近くの駅まで辿り着けるし、途中の駅で降りても良い。ただそこから別の駅へ行くとなると学生定期を使えないので、自腹を切るハメになる。


 ——ま、それが嫌だからいつもの車両に乗ってんだけど? でもどうしよう? にでも連絡しようかな?

 私はちえりのメッセージ画面を開く前に、別のSNSアプリを起動した——あー、やっぱり。

 タイムラインには今さっき投稿されたばかりの、ちえりの自撮り画像がアップされている。〝今日はカレピと正月以来の初デート!〟らしい。正月にデートしたなら初デートと言えないのではなかろうか。というか、かなり説明文キャプションだ——普段そんな言葉遣いしねーだろ。

 ちえりとは仲良くしているが、なんか気が休まらない。いつもは大抵、彼氏に対するを聞かされている。「愚痴を言うくらいなら付き合わなければ良いのに」と思うのは、私だけだろうか——。


 そんな事を考えていると、画面の上部分に通知が表示された——田所だ。

 ——うん? 珍しいな、あいつから連絡して来るなんて。

 私と田所は連絡を取り合っている。でも、頻繁に、というわけでもない。プリントの答えがわからない時とか、課題研究のアドバイスが欲しい時などがあれば、私からメッセージを送るくらいだ。ただ田所は〝自分で考えた方が良いよ〟的なウザい返信をしてくることが多く、結局痺れを切らして通話ボタンを押すのが、いつもの流れである。


 通知の内容は〝明日ヒマ?〟というもの。

 ——なんで明日よ?「今日ヒマ?」って訊けよ。つーか「今ヒマ?」でも良いわけだし。

 なんだかんだで私は、学校で田所と一緒にいる事も多く、二人で会う事に抵抗はない。もう半年以上あいつに関わっているので、これは普通の事なのだ。

 ——〝今すぐ準備できるなら会ってやっても良いよ 明日の事は知らん〟っと……これでよしっ。やったぜ。これでヒマは潰せそーだな。

 直ぐに既読が付いて、田所が返して来た。

 ——〝ま? 電話だけで良いんだけど 会うのはちょっとしんどい〟だと? あのヤロウ……いや、ちょっと待った。何か用事があるのかも?

〝バイト? それとも風邪?〟

 私は手早くメッセージを送る。

〝そうじゃない〟

 ——あ、そういやバイトはお正月休みって言ってたな?

〝どうしてもムリなら良いけど〟

〝むりではない〟

 ——無理じゃないのに、あたしに会うのが? 

 私は少しだけイラッとした。車両が揺れる。

〝じゃ10時くらいに花菜蔵駅にしゅーごー 多少おくれても許す〟

「許す」だなんて、我ながらかなり自分勝手なメッセージだ。でも田所なら逆に、許してくれそうな気がする。というか、本当に会いたくないならテキトーに嘘をつけば良いのだ。隙を見せた田所が悪い。

 すぐに既読が付いて〝わかったよ〟と返って来た。

 本音を言えば「東京駅に集合!」としたかったのだけど、あんなごちゃごちゃした駅に一人で居るのもつまらないし、出かけるのを渋る田所に、そんな無茶は言えない。そう、私は優しいのだ。

 

 くら駅に着いた私は、改札口を通る————。

 まだ十時前だ。田所は来ていない。私は特にする事もなく、トイレに入って鏡を見る。

 ——うん、はナシ。でも、ちょっと違和感……あ、そうか、目元だ。

 私はリュックからオレンジ色のを取り出し、したまぶたのラインにささっと塗った。この間、動画で観たやり方である。私は日々、進歩しているのだ。


 トイレから出た私の脚の間を、駅の外から入った空気の流れが通り抜けた。少し厚手のタイツを穿いているとは言え、やはりミニスカートは肌寒い。そもそもなぜ私はスカートなんて物を選んだのか。暖かい屋内で作られた「今日の気分」は、外へ出た瞬間に後悔に変わる事が多い。

 駅の構内に冷たい空気を招き入れた元凶を見やると、ちょうど田所が、その階段を上って来た。


「おう、早かったじゃん」

「うん、眠いけどね」

 欠伸あくびこらえながら言う田所の顔は、少しだけんでいた。ベージュの上品なチェスターコートも、そんな顔では台無しだ。

「何? 今起きたの?」

 急な予定だとは言え、少し失礼な気がする。

「違うよ。それならLI○Eできないじゃん」

「いや、二度寝とか?」

「こんな短い時間でそんな事すると思う?」

 ——たしかに、それはねーよなー。

 私に田所から最後のメッセージが来た時は八時をちょっと過ぎた頃だった。寝過ごす可能性の方が大きい選択を、田所がするとは考えにくい。

「じゃあなんでそんなに眠そうなのよ?」

「昨日まで実家に居て、帰って来たのは夜の十一時、ホントは今日一日中寝る予定だったから、夜更かししちゃったんだよね。で、こんなに丁寧な説明されたらわかるでしょ? 自分がどんなに酷いことをしたのか」

 ——うわ、そんな事考えてなかった……いや、待てよ?

「夜更かしって、自業自得じゃん」

 そして自分から連絡してきたのも田所の方——ま、こいつから来なくてもあたしからしてたんだろーけど。

「うっ、それに気がつくとは中々やるね?」

「つーか、眠いなら断れば良かったでしょ?」

「『どうしても無理なら』って言ってたじゃん? 来たんだよ。ナチュラルにあんな事言うなんて、そういうトコロも中々やるよ」


 ——そんな事気にするなんて、律儀なやつ……って、あーっ!


「あんた、あたしにLI○E登録させた時、似たような事言ってたでしょ!? くそっ! だった!」

「ぷっ、ふふ——」

 田所の口元が、にやついた。

「……何よ?」

「いや、良く覚えてるなって。学祭での事、そんなに印象的だった?」

 ——印象的、まぁそう言われればそうかも。あの短い期間で、色々な情報が詰め込まれたのだ。忘れる方がおかしい。

「川越はさ、地頭は良いんだよ。ただ、それにばっかり頼るから、成績が伸び悩むんだ」

 別に伸び悩んではいない。でも「本当はもっとイケるはず!」みたいな事は思う。そのギャップに苛立って、投げ出してしまいたくなる事が、たまにあったりする。

「ちょっとー? 休みの日に勉強の話なんかすんなってー」

 痛いところを突かれた私だけど、努めて冗談っぽく返した。今日は楽しく過ごしたいのだ。

「はは、謝らないよ? コレは仕返しだから」

「悪、かったわよ、急に呼び出して」

「ウソウソ、やっぱり謝るよ。せっかく会えたのに楽しくない話題で悪かったね? ちょっと意地悪したくなったのさ。で? 呼び出した理由、聞いても良いかな?」

 ——まったく! ホント一言余計なんだから!

 それでも楽しい雰囲気に戻れたので、チャラにしよう。

 私もいつもの雑談に戻す。

「え? ヒマだったから、だけど?」

「そ、そうなんだ?」

 意外そうな顔をする田所は、もう眠そうではない。

「あんたこそ、なんで明日電話なんてしようと思ったのよ?」

「言わなきゃ駄目?」

「うん、ダメ」

「うーん、ま、僕も暇だったから、かな? そういう事にしといてよ」

 そう言いながら田所は、癖毛の中に指を突っ込んで、した。

 ——あーなるほどね。

 田所が頭をく時は大体、照れている時だ。つまり、そういう事である。何故かこっちまで照れそうになる。

「じゃ、お互い暇人同士、これからどうする?」

 私はいつも通りの調子を崩さずに、会話を続ける事に成功した。

「取り敢えず暖かいトコに行こうか。カフェとかね」

「それってあんたのバイト先の?」

「なわけ。正月休みって言ったじゃん。学校とは反対の方向に行ったトコに、リーズナブルなお店があるんだよ。そこにしよう」

「えー? リーズナブル?」

「良いでしょ? 別にデート、ってわけじゃないんだし」

 たしかにコレは、デートではない。

「う、ん。それで良ーか!」

 私達は駅の北口へと向かい、階段を下りる。


 そうだ、これは断じてデートなどではないのだ。ただクラスメートと遊んでいるだけなのである。男子同士や女子同士で遊ぶ事をデートとは云わないように。ジェンダーフリーなこの世の中では、男女で出歩く事も、デートではない——。


 階段を降りた私達は、外の信号の前で会話する。

「そういえば鞄、新しいのにしたんだね? それとも学校用とお出かけ用は分けてるの?」

「ん、まあ分けてるけど、新しいのってのは当たり」

 このリュックはこないだクリスマスで貰った物だ。アウトドアブランドの、それなりに高いやつ。自分のお金では、とても買えない。

「そういうあんたは、なんかフツーね? てっきりものすごーく奇抜なファッションで来るとか思ってたのに」

「ええ? 僕ってそんな印象?」

「制服にサスペンダー使うやつなんて、そーゆー印象しかないでしょーが」

「はは、たしかに。でも川越の印象は学校の時と、あんまり変わんないね? 喋らなければ」

 ——喋らなければ?

「あん? どーゆー事よ?」

「いやだって、『○ね!』とか『○す!』って、今の川越は言わないでしょ? だから見た目だけはいつもの印象」

「学校でも言わんわ! そんなこと!」

 ——あれ? そういえば矢嶋には言ってた気がする。

「ああ、でもタイツの上に穿いたその靴下は、いつもと違うかもね?」

 ——ん? 靴下? うわ! やべっ! よりにもよって、!!

「ひ、人の足ジロジロ見てんじゃねーよ!」

 ——マジでキメー!

「スカートなんて穿くからだよ。まあ、良い感じ、だけど」

 ——だから頭掻いてんじゃねーって!

 信号が、青になる。

「と、ところで、その喫茶店ってまだ?」

「もうすぐ着くよ。ちゃんと『キャラメルマキアート』もあるからね」

「べ、別に、語呂が良いからテキトーに頼んだだけよ? そんなこだわり、ないから」

「ふーん? ま、こだわりなんてない方が、楽で良いよね? ははは」

「あんたはないの? こだわり」

「少なくともコーヒーには無いかな?」

「別な事には?」

「んーナイショ」

「なにそれ?」

 話しているうちに、その喫茶店に着いた。

「あんまり話し過ぎるとさ、という時に話す事、なくなっちゃうでしょ? それより、ちょっとした面白い話を用意してるんだ」

「面白い話?」

「それも、中に入ってからのお楽しみ」

 ——はっ! 気取った言い方しやがって。

「じゃあ面白くなかったら罰ゲームね」

「え? なんでそーなるの?」

「保険よ保険。あんたの話が面白くてもつまんなくても、それなら両方のパターンで楽しめるでしょ?」

「な、なるべく酷い罰にしないでね?」

「はあ? そこは『絶対に楽しませる!』とか言うトコでしょーが。つーか寒いから早く中に入りましょ?」

「ははは、そうだね」

 田所がドアを開く。

 すると吊り下げられたベルが鳴り、暖かい空気が私達を、迎え入れるのだった————。

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