無駄話1「どうしても無理なら——」は便利な殺し文句。
冬休みは短い。
イブに休みが始まったと思えば、
正月太りを心配する余裕すらない、そんな味気のない休みに私が納得できるわけもなく、特に予定もないまま電車に、乗り込むのだった。
座席シートのど真ん中を
——うん、誰にも連絡してないから、当然よね?
実は、美空にだけは昨日、連絡した。しかし矢嶋とデートをするそうで断られてしまったのだ。なんでも矢嶋は夏のうちに「東京ピクシーランド」のチケットを購入していたそうである——何気に金持ってんなー、あいつ。
中学でも仲の良い子はいた。でもしばらく会っていないと、その関係性はリセットされる、と、思う。ので、私は迷わずこの電車に乗り込んだのだ。
家を出てから二時間ちょっとすれば、どんなにのんびりしてても花菜高近くの駅まで辿り着けるし、途中の駅で降りても良い。ただそこから別の駅へ行くとなると学生定期を使えないので、自腹を切るハメになる。
——ま、それが嫌だからいつもの車両に乗ってんだけど? でもどうしよう? ちえりにでも連絡しようかな?
私はちえりのメッセージ画面を開く前に、別のSNSアプリを起動した——あー、やっぱり。
タイムラインには今さっき投稿されたばかりの、ちえりの自撮り画像がアップされている。〝今日はカレピと正月以来の初デート!〟らしい。正月にデートしたなら初デートと言えないのではなかろうか。というか、かなりケバい
ちえりとはそこそこ仲良くしているが、なんか気が休まらない。いつもは大抵、彼氏に対する
そんな事を考えていると、画面の上部分に通知が表示された——田所だ。
——うん? 珍しいな、あいつから連絡して来るなんて。
私と田所はそれなりに連絡を取り合っている。でも、頻繁に、というわけでもない。プリントの答えがわからない時とか、課題研究のアドバイスが欲しい時などがあれば、私からメッセージを送るくらいだ。ただ田所は〝自分で考えた方が良いよ〟的なウザい返信をしてくることが多く、結局痺れを切らして通話ボタンを押すのが、いつもの流れである。
通知の内容は〝明日ヒマ?〟というもの。
——なんで明日よ?「今日ヒマ?」って訊けよ。つーか「今ヒマ?」でも良いわけだし。
なんだかんだで私は、学校で田所と一緒にいる事も多く、二人で会う事に抵抗はない。もう半年以上あいつに関わっているので、これは普通の事なのだ。
——〝今すぐ準備できるなら会ってやっても良いよ 明日の事は知らん〟っと……これでよしっ。やったぜ。これでヒマは潰せそーだな。
直ぐに既読が付いて、田所が返して来た。
——〝ま? 電話だけで良いんだけど 会うのはちょっとしんどい〟だと? あのヤロウ……いや、ちょっと待った。何か用事があるのかも?
〝バイト? それとも風邪?〟
私は手早くメッセージを送る。
〝そうじゃない〟
——あ、そういやバイトはお正月休みって言ってたな?
〝どうしてもムリなら良いけど〟
〝むりではない〟
——無理じゃないのに、あたしに会うのがしんどい?
私は少しだけイラッとした。車両が揺れる。
〝じゃ10時くらいに花菜蔵駅にしゅーごー 多少おくれても許す〟
「許す」だなんて、我ながらかなり自分勝手なメッセージだ。でも田所なら逆に、許してくれそうな気がする。というか、本当に会いたくないならテキトーに嘘をつけば良いのだ。隙を見せた田所が悪い。
すぐに既読が付いて〝わかったよ〟と返って来た。
本音を言えば「東京駅に集合!」としたかったのだけど、あんなごちゃごちゃした駅に一人で居るのもつまらないし、出かけるのを渋る田所に、そんな無茶は言えない。そう、私は優しいのだ。
まだ十時前だ。田所は来ていない。私は特にする事もなく、トイレに入って鏡を見る。
——うん、むくみはナシ。でも、ちょっと違和感……あ、そうか、目元だ。
私はリュックからオレンジ色のチークを取り出し、
トイレから出た私の脚の間を、駅の外から入った空気の流れが通り抜けた。少し厚手のタイツを穿いているとは言え、やはりミニスカートは肌寒い。そもそもなぜ私はスカートなんて物を選んだのか。暖かい屋内で作られた「今日の気分」は、外へ出た瞬間に後悔に変わる事が多い。
駅の構内に冷たい空気を招き入れた元凶を見やると、ちょうど田所が、その階段を上って来た。
「おう、早かったじゃん」
「うん、眠いけどね」
「何? 今起きたの?」
急な予定だとは言え、少し失礼な気がする。
「違うよ。それならLI○Eできないじゃん」
「いや、二度寝とか?」
「こんな短い時間でそんな事すると思う?」
——たしかに、それはねーよなー。
私に田所から最後のメッセージが来た時は八時をちょっと過ぎた頃だった。寝過ごす可能性の方が大きい選択を、田所がするとは考えにくい。
「じゃあなんでそんなに眠そうなのよ?」
「昨日まで実家に居て、帰って来たのは夜の十一時、ホントは今日一日中寝る予定だったから、夜更かししちゃったんだよね。で、こんなに丁寧な説明されたらわかるでしょ? 自分がどんなに酷いことをしたのか」
——うわ、そんな事考えてなかった……いや、待てよ?
「夜更かしって、自業自得じゃん」
そして自分から連絡してきたのも田所の方——ま、こいつから来なくてもあたしからしてたんだろーけど。
「うっ、それに気がつくとは中々やるね?」
「つーか、眠いなら断れば良かったでしょ?」
「『どうしても無理なら』って言ってたじゃん? どうしても無理じゃないから来たんだよ。ナチュラルにあんな事言うなんて、そういうトコロも中々やるよ」
——そんな事気にするなんて、律儀なやつ……って、あーっ!
「あんた、あたしにLI○E登録させた時、似たような事言ってたでしょ!? くそっ! うかつだった!」
「ぷっ、ふふ——」
田所の口元が、にやついた。
「……何よ?」
「いや、良く覚えてるなって。学祭での事、そんなに印象的だった?」
——印象的、まぁそう言われればそうかも。あの短い期間で、色々な情報が詰め込まれたのだ。忘れる方がおかしい。
「川越はさ、地頭は良いんだよ。ただ、それにばっかり頼るから、成績が伸び悩むんだ」
別に伸び悩んではいない。でも「本当はもっとイケるはず!」みたいな事は思う。そのギャップに苛立って、投げ出してしまいたくなる事が、たまにあったりする。
「ちょっとー? 休みの日に勉強の話なんかすんなってー」
痛いところを突かれた私だけど、努めて冗談っぽく返した。今日は楽しく過ごしたいのだ。
「はは、謝らないよ? コレは仕返しだから」
「悪、かったわよ、急に呼び出して」
「ウソウソ、やっぱり謝るよ。せっかく会えたのに楽しくない話題で悪かったね? ちょっと意地悪したくなったのさ。で? 呼び出した理由、聞いても良いかな?」
——まったく! ホント一言余計なんだから!
それでも楽しい雰囲気に戻れたので、チャラにしよう。
私もいつもの雑談に戻す。
「え? ヒマだったから、だけど?」
「そ、そうなんだ?」
意外そうな顔をする田所は、もう眠そうではない。
「あんたこそ、なんで明日電話なんてしようと思ったのよ?」
「言わなきゃ駄目?」
「うん、ダメ」
「うーん、ま、僕も暇だったから、かな? そういう事にしといてよ」
そう言いながら田所は、癖毛の中に指を突っ込んで、かりかりした。
——あーなるほどね。
田所が頭を
「じゃ、お互い暇人同士、これからどうする?」
私はいつも通りの調子を崩さずに、会話を続ける事に成功した。
「取り敢えず暖かいトコに行こうか。カフェとかね」
「それってあんたのバイト先の?」
「なわけ。正月休みって言ったじゃん。学校とは反対の方向に行ったトコに、リーズナブルなお店があるんだよ。そこにしよう」
「えー? リーズナブル?」
「良いでしょ? 別にデート、ってわけじゃないんだし」
たしかにコレは、デートではない。
「う、ん。それで良ーか!」
私達は駅の北口へと向かい、階段を下りる。
そうだ、これは断じてデートなどではないのだ。ただクラスメートと遊んでいるだけなのである。男子同士や女子同士で遊ぶ事をデートとは云わないように。ジェンダーフリーなこの世の中では、男女で出歩く事も、デートではない——。
階段を降りた私達は、外の信号の前で会話する。
「そういえば鞄、新しいのにしたんだね? それとも学校用とお出かけ用は分けてるの?」
「ん、まあ分けてるけど、新しいのってのは当たり」
このリュックはこないだクリスマスで貰った物だ。アウトドアブランドの、それなりに高いやつ。自分のお金では、とても買えない。
「そういうあんたは、なんかフツーね? てっきりものすごーく奇抜なファッションで来るとか思ってたのに」
「ええ? 僕ってそんな印象?」
「制服にサスペンダー使うやつなんて、そーゆー印象しかないでしょーが」
「はは、たしかに。でも川越の印象は学校の時と、あんまり変わんないね? 喋らなければ」
——喋らなければ?
「あん? どーゆー事よ?」
「いやだって、『○ね!』とか『○す!』って、今の川越は言わないでしょ? だから見た目だけはいつもの印象」
「学校でも言わんわ! そんなこと!」
——あれ? そういえば矢嶋には言ってた気がする。
「ああ、でもタイツの上に穿いたその靴下は、いつもと違うかもね?」
——ん? 靴下? うわ! やべっ! よりにもよって、こいつから貰った靴下じゃん!!
「ひ、人の足ジロジロ見てんじゃねーよ!」
——マジでキメー!
「スカートなんて穿くからだよ。まあ、良い感じ、だけど」
——だから頭掻いてんじゃねーって!
信号が、青になる。
「と、ところで、その喫茶店ってまだ?」
「もうすぐ着くよ。ちゃんと『キャラメルマキアート』もあるからね」
「べ、別に、語呂が良いからテキトーに頼んだだけよ? そんなこだわり、ないから」
「ふーん? ま、こだわりなんてない方が、楽で良いよね? ははは」
「あんたはないの? こだわり」
「少なくともコーヒーには無いかな?」
「別な事には?」
「んーナイショ」
「なにそれ?」
話しているうちに、その喫茶店に着いた。
「あんまり話し過ぎるとさ、ここぞという時に話す事、なくなっちゃうでしょ? それより、ちょっとした面白い話を用意してるんだ」
「面白い話?」
「それも、中に入ってからのお楽しみ」
——はっ! 気取った言い方しやがって。
「じゃあ面白くなかったら罰ゲームね」
「え? なんでそーなるの?」
「保険よ保険。あんたの話が面白くてもつまんなくても、それなら両方のパターンで楽しめるでしょ?」
「な、なるべく酷い罰にしないでね?」
「はあ? そこは『絶対に楽しませる!』とか言うトコでしょーが。つーか寒いから早く中に入りましょ?」
「ははは、そうだね」
田所がドアを開く。
すると吊り下げられたベルが鳴り、暖かい空気が私達を、迎え入れるのだった————。
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