第2話 そこそこ悪い口。

 ——眠い。

大して好きでもない配信者がしている動画。ワイヤレスイヤホン越しに聴こえる音声がとてもやかましいはずなのに、何故だか私の眠気を誘う。この喫茶店の窓から差す陽光と室内の暖房も、補習の疲れを明らかにするのには充分すぎる。早く糖分を摂りたい。

 ——てゆーか遅いわね? あたし以外にお客さんいないのに。

 というか、この店は大丈夫なのだろうか。今日は冬休みの初日、クリスマスイブだ。なのに、カップルの一組も居やしない。


 私が不満と不安を感じたそのタイミングに合わせたかのように、田所が席までやって来る。

「ゴメン川越、お待たせ。キャラメルマキアートとイチゴのパンケーキ。どうぞ召し上がれ」

 注文を受ける前とは打って変わって、田所はテンションを、穏やかなものに戻していた。

 ——お? 期待してなかったけど、なかなか美味しそう。

 テーブルに置かれた深めのマグカップからは、のフォームミルクがあふれんばかりに膨らみ、その表面にキャラメル色のシロップがみている。皿の上にあるパンケーキもやはり、ふわふわだ。ただでさえ赤い宝石のような苺に、これもか、と言わんばかりにかかった真っ赤なラズベリーソースが、ゴージャス感を演出している——という評論家じみた感想は自分の胸の中へとしまい込んで、私は田所に、悪態をつく。


「遅えっつーの。飲み物くらい先に出しなさいよ?」

「ふふ、やっぱ口悪いね。こーゆー店ではもっと、お上品にしなきゃ」

「悪かったわね? 下品で」

 別にこいつ以外にはこんな言葉遣いはしない、ワケでもないけれど、こいつとは最初が最初だったから、なんかこの方がくるのだ。

 ただ、私のこの言葉遣いがクラスメイト達に誤解を生んだのは間違いない。それもこれも、全部こいつのせいなんだけど——————。


 入学式が終わった次の日。私はクラスメイトに声をかけられないでいた。理由は何故かクラスの男子も女子も、私と目を合わせようとしてくれないからである。

 まったく声をかけなかったわけではない。朝のホームルーム前に、隣りの席の子に、挨拶しようとした。

 私が「おはよ」って言ったら——。

「え? あ、うん。おはよ……」

 ……これで終わり。

 私だってそれなりに勇気を振り絞って声をかけたのに、それを上回るその子の緊張した雰囲気が、私に次の言葉を言わせなかった。

 ——え? なんか怖がられてる? 

 私はめげずに、授業が終わった後、後ろの席に居る、私達と同じく紺色のブレザーを着た男子にも声をかける。が——。

「初日の授業ってカンタンすぎて逆につまんないよねー?」

「う、うん。そう、だな……」

 ——いやいや、男ならもっと話膨らませてよ! なんで声かけたあたしが気まずい思いしないとなんないのよ!

 というか、何故かこのクラス、男子と女子の席が区分けされていない。女子は女子、男子は男子で分けてくれれば良いのに。恐らく米林センセーの意向だろう。


 そして昼休み————。

 私はだった。一人寂しくナプキンを広げてお弁当を出す。

 ——ま、初日はこんなもんでしょ! 

 というか、学校からも「お昼休みはなるべく友達と話さず昼食を取って下さい」とか言われている。だから私以外にも一人で居る子が多い。「そんなの関係ねー!」と言わんばかりにお喋りしまくってる人達は、元々同じ中学だからだとか、そんなところだろう。ちなみに私は県外から通っているので、この学校に知り合いはいない。


 ————「その油断が、命取りになるかもよ?」

「え?」


 私が見上げた先に居た声の主は、田所だった。 

「川越、君は今『初日だから友達が居ないのは普通』だとか考えてたでしょ? 果たしてそれは、普通、かな?」

 ——うわ、初日の会話がまたこいつ? 人の考え読んでんじゃねーよ。キモ。

「あんた、よくあたしに声かけられるわね? あたしがこないだ言ったコト、忘れたの?」

 そうだ。私はキッパリ、そして、こいつをフったのだ。どんなメンタルしてるのだろう。

「うん、はっきりと『キモいから無理』って言われたよ。でも『だからナニ?』って話だよね?」

 ——いや、キモいからキモいって言ったんだけど。てか今も現在進行形でキモいし。

「じゃあ米林先生が『ボク米林だニャン』って言ったならどう?」

「へ?」

 ——いきなり何言ってんの、こいつ。

「キモい? キモくない?」

「馬鹿かっつーの。キモいに決まってんじゃん」

「だよね? でも子猫が『ボク子猫だニャン』って言ったならどう? 可愛くない?」

 ……意味が、わからない。

「意味わかんねーコトぬかしてんじゃねーよ。それはそれでキモいだろーが」

「え? そ、そうかな?」

 田所はまるで、私の答えが「予想とは違った」とでも言いたげに目を丸くする。

「で? ナニ? 何のハナシ?」

「い、いやぁ。だから同じような事でも、対象が変われば感想は変わるって言いたかったんだけど」

「ああ、そーゆーコト? 安心して良いよ。あんたに対するあたしの感想、そうそう変わるもんじゃねーから」

 たぶんこいつは「キモいと思われなくなれば良い」みたいな事を言いたいのだろう。でも、こいつの第一印象はサイアクで、今もサイアク。そしてこれからも、もちろんサイアクだ。

「ところで川越、君の第一印象はどうかな?」

 ——ん? あたしの? てかこいつ、さっきから何気にあたしのこと呼び捨てにしやがる。

「あたしはフツーじゃね?」

「あはは、でも皆んな怖がってるよ? 君の口が悪いから」

「悪くねーし。皆んなこんなもんでしょ?」

 少なくとも中学のときの周りの子達は皆んなそうで、時とT場所とP場合Oによって、使い分けてる。仲良くしたい人には優しい口調。ムカつくときには汚い口調。こいつに対してこういった言葉遣いをするのは、ごく自然なことである。

「たしかに僕には親しみを込めた可愛らしいものに聞こえるけど——」

 ——げ。何勘違いしてんのこいつ。

「周りの人からはただの茶髪のヤンキーに見えてるハズだよ?」

 ——ヤンキー? そんなのイマドキ、いるわけねーし。

「だからコレは地毛だから」

 というか、私のように地毛じゃなくても、茶髪の人なんてそこら中に溢れている。この学校では禁止されてるけど、他校だとヘアカラーを認めてる所も多いワケだし。

「うん知ってる。でも初見のインパクトは中々、くつがえせない」

「あんた、何が言いたいの?」

「僕には君の仕草がなんでも可愛く見える。さっきの猫のたとえ話のようにね? でも、他の人にはもうちょっと気をつけなきゃってコト。もしボッチでいる事が嫌なら、の話だけどね」

 ——あ? ボッチなんて嫌に決まってんじゃん? つーかなんでも可愛いって……やっぱ変わってんなー、こいつ。

「てか、ナニいきなり説教とかしてるわけ? あんたが話しかけて来なけりゃフツーにしとるわ」

「そうなの? わかったよ。ああ、そのお弁当、すごく良いね。自分で作ったの?」

「え? まぁそうだけど……」

 田所は急に態度をして、話題を変えた。

 ——なんで? さっきまで自信満々に失礼なお節介してたのに、調子が狂うだろーが!

「邪魔して悪かったね。僕はそろそろ退散するよ。やっぱお弁当の見せ合いは、女子同士の方が良い、よね?」


 わざとらしいセリフを残して田所が離れて行った。少しだけ、寂しげに。

 ……なんか、私が悪いみたいだ。うっとうしいやつが話しかけて来たから邪険に扱う、それは普通の事だ。でも、私もなんだか気まずくなる。

 ——マジでなんなのあいつ? なんでこんな気持ちでゴハン食べなきゃなんないのよ!


 私がそんな事を考えながら箸でお弁当を黙々とつついていると、横から視線を感じた。私がそちらに顔を向けると、今朝私にビビっていた女子が、私のお弁当をチラチラ見ている。

「何?」

 ——あっ、まずっ!

 何気なく訊いたつもりが、キツい感じになってしまった。これもすべて、田所のせいだ。

「う、ううん、なんでも——」

 ——ヤバい! このままだと、また会話が終わっちゃう!

「も、もしかしてお弁当見てた? 初日だから張り切っちゃったんだよね」

「そ、そうなんだ? 自分で作るなんてすごいね? えっと、川越、さん?」

 ——よっしゃ! 名前呼んでくれた!

「そんな事ないよ。そらちゃんのはお母さん?」

 ——しまった! いきなり下の名前で呼んだら馴れ馴れしいかも……ってか、お弁当マウント取ってる感じになってない? 

「うん、お母さんも張り切っちゃって、こんな派手な感じになっちゃった」

 そう言って美空ちゃんは、私にお弁当を見せてくれた。

「ほほう? キャラ弁とな? あなたサマのお母サマ、中々やりおるわ」

「くす、ふふふ、何? その喋り方?」

 ——あっ、いけね。思わず変なこと言っちゃった。

「——ねえ? わたしもみずちゃんって呼んでいい?」

「へ? ぜ、全然! むしろ瑞稀って、呼び捨てで呼んでよ」

「え? じゃあわたしも、美空って呼んで。みず、き?」

 ——何この子!? めっちゃ可愛いんですけどっ!


 こうして私に高校生活で初の友達ができた。のラインで髪をボブにそろえた、可愛い女の子。それがたにぐちそらという、私の友達。

 災い転じて福となす、とはこの事だ。もちろんここでいう災いとは、田所琇の、ことである——————。

 



 


 

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