ロジカルマキアート!!
Y.T
第1話 強過ぎるクセ。
私はごく普通の女子高生だ。
名前は
そして平凡な午後の陽が差す、そんな時間に私は一人、喫茶店の席でスマホを
なぜ私が制服姿でここに居るのかというと、その理由もいたって平凡。補習帰りだからである。
冬休みの初日がまさかの補習。別に赤点を取ったわけではないけれど、二学期に受けたテストは全部、平均点ギリギリだ。その為、先生の勧めで今日一日だけ受けたのだ。背伸びしてレベルが高めの高校を選んだ、私が悪い。中学で高い点数を取れてたからといって、高校でもそれができるとは限らず、油断してのほほんとしてると、私のようになる。きっと多くの人達もそうだろう。だから、そんなとこも平凡だ。
そう、私は普通の女子高生。
でも、普通じゃないやつが、ここにいる————。
「ハッピーハロウィーン! じゃなかった、メリークリスマス! そんな可愛い衣装着てるから間違えちゃったよ。ブラボー!」
そいつは
こいつの名前は
この店の制服なのか、グレーのベストと黒スラックスに身を包んでおり、学校での印象と変わらない。こいつは私と特別な関係、などではなくて、ただのクラスメイト、それだけだ。
なのに私はこいつと色んな所で出くわす事が多い。皆んなが一緒の時は比較的普通だけど、二人で話すようなシチュエーションだと途端にニコニコヘラヘラと積極的になる。
「笑えねー冗談言ってんじゃねーよ。その髪むしりとるぞ」
——てゆーか、こいつ髪伸びた? あたしも人のコト言えねーけど。
田所のセンターで分かれた前髪は、鼻と同じくらいの長さで両頬に垂れ下がっている。後ろはそれなりに短いから、伸びっぱなしというわけではないのだろうが、前髪がそんなに長くて
「はは、今日も
「うっせーっつーの。良いからキャラメルマキアート、あるなら持ってきて?」
私はテーブルに置かれたメニュー表を見て、テキトーに注文を決めた。今はお昼ご飯、という気分ではない。
「ふふ、甘いもの
「あ、この苺のパンケーキってやつも追加で」
「うーむ、お腹が空いてるのかそうじゃないのか……」
「だからそーゆーの良いってば! さっさと持って来いって!」
「はいはい、かしこまりー」
——ふふっ、あたし、何でこの店に入ったんだろ? うん、たぶんこりゃあ疲れだなー? 歳は取りたくねーもんだ……ってオッさんかあたしは。
そもそも、こいつはバイト先に私が来て、気まずくはないのだろうか——ま、事前にこいつが居るって知ってたとしても、あたしはココに来てたんだろーけどね?
それほどに、私は今、糖分を欲していた。
私と田所の出会いは、今は昔、ではなくて、桜咲く季節である、
その日の私は、中学のダッサイ制服をデッカいブランドロゴが入ったスウェットパーカーで、覆い隠していた。服装は自由、との事だったけどお母さんが質問サイトで「制服が好ましい」みたいに書かれてるとか主張し出し、こんなふうになっている。あれこれ気を回し過ぎるのはお母さんの悪いくせだ。実際、制服を着てる子よりも私服の子のほうが多い。
——ま、いいか。するべき事は終わったわけだし、あとは帰るだけ。
私は、退屈そうにスマホを見ているイヤホンをつけた女子の方へ向かう。名前は——なんて言ったっけ?
母親同士が知り合いとの事だけど、私とは初めてだ。
遠くでペチャクチャやってるお母さん達の無駄話に終止符を打つため、私は少しだけ緊張しながら、その子に近づいて行った。その時——。
「だから無理です!」
人目をはばからない声が、私の足を止めた。そう、こいつが田所。
「無理じゃないだろ! ただ入学前に髪切ってくるだけなんだから!」
イカつい先生と田所が揉めている。この先生は
揉めてる原因はこいつの髪の毛。
「はぁー、平成ですか? 今どき生徒の髪を切れだなんて。まさにブラック校則、ですね?」
「いや、だから長すぎるって言ってんだよ? マーティー○リードマンみたいな髪しやがって!」
——いやね、先生。そんな外人の名前言っても誰にも伝わらねー……ってアレ? なんであたしは知ってんだ? オッさんかあたしはパート2。
案の定、他の子達にはそのたとえは伝わっていないらしく、皆んな、きょとんとしていた。オバサマ達の一部には伝わったようでクスクス笑ってる。
というか、ブラック校則だなんてとんでもない。私がこれから通う、
もちろん私に、自主的に勉強を続けるなんて自信はない。以前まではモチベーションを保つ理由があったのだけど、今の私にそれはなく、明らかな選択ミスなのかも知れない。でもそのお陰で人間関係をリセットできた事は、皮肉な話である。
そして、だからこそ合格発表の時、私は目立った。そういう学校には「不良の様な見た目」の生徒は居ないイメージがあり、他の人達もそうだったのだろう。私は不良ではないけど、そう見えても仕方がない。
「良いですか? 僕はです。この癖毛がパーマではない事を証明する為に、一度坊主にしてから伸ばしたんですよ。なのに、ああ! 先生も僕の癖毛にケチをつけるって言うんですね? はぁー、本当に世の中、どうかしてる……」
「だから違うって言ってんだろうが! 長さだよ! な、が、さ! 中学では何も言われんかったんか?」
あのような長さの髪だと色々と面倒ではなかろうか。というか、あいつの髪を見ていて何故か私も、髪を切りたくなって来た。私の茶色い髪も、なかなか長い。いつも縛ってポニーテールにしているのだけど、洗ったり乾かしたりするのが少し面倒に感じている。
「はい、癖毛のことしか」
「誰だその教師! あ、いや、そんなのはどうでも良い。限度があるだろ限度が! 良いか? その髪が肩につかない程度なら俺もうるさい事は言わない。でもその髪、背中まであるだろ!」
「くっ! これがパワハラもとい、モラハラか……!」
「くっ! 何なんだこいつ……!」
私も米林センセーに同意だ。
——何こいつ?
ヤバそうな奴には関わらない。それが今の私の信条だ。以前それで失敗している。
しかしこいつは、私を指差してこう言った。
「あの子は良いんですか?」
——は?
「見て下さい! あの子、茶髪ですよ!? それなのに僕ばっかり責められて! アーヨノナカリフジンダー!」
「お前馬鹿か? あの子はな——」
「あ! 教師が誹謗中傷ワードを使った!」
「てめえ、この野郎——」
米林センセーが素の自分を出すよりも、私がこいつに近づく方が早かった。このふざけた野郎に。
「——おい」
私はこのゴミ
「っ——!?」
「あんた、いい加減にしたほうが良いよ? なんであたしを巻き込んだ? ん?」
私は、脚を押さえてしゃがみ込む、この、頭に陰毛を乗せた馬鹿に向かって、顔を近づける。
「だ、だって——」
「だってもホッケもねーんだよ? あたしのコレは
私に口汚く罵られたチンゲ野郎は目に涙を浮かべながらヘラヘラ笑う。
「ふ、ふふ、面白い事、言うね? チン毛は、こんなに長く、伸びない、よ?」
「そーゆーこと言ってねーから!」
——マジで何なのこいつ?
「それと、コレはかつら、さ」
こいつは頭に乗せたソレを、ばさっと外した。中からはカツラよりも少しだけゆるく、米林センセーよりも少しだけ長めの癖毛が現れる。カツラに押さえつけられていたせいで、ぺったんこだ。
「——え!?」と、マヌケな声をあげたのは米林センセー。当たり前だ。
「お前、さっきまでの俺達のやり取り何だったんだ?」
米林先生は、怒りの表情を浮かべる事なく、ただただ困惑していた。
「先生、すいませんでした。僕はただ、川越さんと話すきっかけが欲しかっただけなんです」
再び——は?
——つーかナニ? なんであたしの名前知ってるわけ? え……? キモ。
「川越、知り合いか?」米林センセーが私に訊く。
「いや、知らないです、けど……。てゆーか先生もあたしの名前、もう覚えたの?」
「当たり前だ! 今この時点で既に、お前達は俺の、教え子なんだ!」
——うわ。暑苦しい。良い先生なんだろうけど。いや、それよりも今はこいつだ。このストーカー隠キャ。
「ねえ? なんであんた、あたしの名前知ってるのよ?」
少しだけ冷静になった私の口調は、少しだけ穏やかになった。
「ふふふ。僕は記憶力が良いんだよ。合格発表の時、君に一目惚れして。だから髪の毛の事でごねれば絶対に君と話せると、そう確信したんだ。そして——それは実った」
——う、ヤバい、ガチのストーカーだ。てゆーか人のコンプレックスをなんだと思ってんのよ? それに、こいつ——。
「今、一目惚れって言った?」
「……うん、言ったよ?」
——うわぁ! あたしの馬鹿! マジでスルーしとけば良かった!!
こいつは頭部にある第二の陰毛に指先を突っ込んで、その内部を
私は全身の毛が逆立つような感覚に、身を震わせた——つまり、ゾッとする。
「……ゴメン、キモいから無理」
私はやんわりと断る努力をしたのだった——————。
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