#ある不動産屋の完全犯罪
綾野祐介
#ある不動産屋の完全犯罪
連載小説 #001
その男の父親は一代で成功した不動産屋だった。まあ、成功と言っても地方では、とか中小企業としては、とかの範疇ではあるが。
父親との折り合いが悪かった男は元々別の仕事をしていたのだが、一応父親に呼ばれて手伝う事になった。
連載小説 #002
父親の手伝いを始めても仲の悪さは相変わらずだった。毎日毎日喧嘩が絶えなかった。
父親は今までの経験で話をする。息子は変に勉強ができるので原理原則を主張する。上手く行く筈がなかったが、どちらも折れる気がなかった。そこは正に親子だった。
連載小説 #003
父親は糖尿病とパーキンソン病を発症していた。通勤に2時間半かけて通っていたが事務所横の自社分譲マンションの1室を購入し通勤しなくなっていた。
母親はその部屋には来た事が無かった。来る必要性も感じていない様子だった。
連載小説 #004
父親の世話は母親とは違う女性が住み込みで面倒を看ていた。二人は70代と50代、関係性は余人の知るところではなかった。
世話人も統合失調症気味ではあったが、仲睦まじく暮らしており幸せそうだった。会社は経営は握っていたが実務は任せてあった。
連載小説 #005
会社は順調とは言えなかったが賃貸物件もあり積立てた利益もあり、相続時にはかなりの税金を払う可能性もあるくらいだった。
会社を任せていた人物(雇われ社長)は派手さはないが堅実に仕事をこなし無理はしないタイプだった。
連載小説 #006
父親は息子に会社を継がせる気がなかった。本質を見抜いていたのかもしれない。むしろ娘に継がせたかった。本人と息子の意に反して。
二人とも別の仕事をしていたところを手伝わせるために呼び戻したのだが応じたのだから継ぐ気はあったのではないか。
連載小説 #007
親子は悉く対立していた。このままでは勘当されそうな状況を懸念して雇われ社長は息子を子会社の社長にして少し離れたところに事務所を移した。
それからは息子のやりたい放題。一人なので遅刻は常習。経費は自分一人の朝マックさえ落とす始だった。
連載小説 #008
息子は自らが貸主の従業員であることを隠して開院の提案を第三者としてしてみたり。指摘すると契約になったのだから経緯を責めるのはおかしい、手数料を寄越せ、とか。
毎日ICOCAのチャージをしてみたり。領収書が出るから経費で落とせる、とか。
連載小説 #009
色々とやってくれることを父親に報告してしまったら会社から追い出して勘当されるだろうから報告できなかった。
それが判っているからこその、やりたい放題だったのだ。
連載小説 #010
まず父親に成年後見人を立てた。認知症を軽く発症していたことと、自分が関わっている医療法人に心療内科があったので割と簡単だった。
後見人には出戻っている姉を立てた。仲違いして先に会社を辞めていたが同居している母親共々協力を得られたのだ。
連載小説 #011
後は簡単だった。世話人を追出し鍵を変えた。即日だ。父親も世話人も何が何だか判らない内に実行した。
一旦関係している医療法人の有床診療所に入院させて世話人とは完全に引き離した。統合失調症気味の世話人は近づけないようにとスタッフに頼んで。
連載小説 #012
それから関連している医療法人の伝手で少し離れた病院に転院させた。もちろん世話人から確実に引き離すためだ。
携帯は取り上げてあったが認知症でも軽度なので電話番号を覚えていて病院の公衆電話から世話人を呼び寄せてしまった。
連載小説 #013
世話人が2度と来れないように病院を転々とさせた。誰にも連絡が取れないように。
それからは早かった。半年持たなかった。直接手を下さなくても人を殺せるのだ。捕まったりはしない、罪にも問われない「ゆるやかな殺人」。
連載小説 #014
「ゆるやかな殺人」と並行して行われていた話。会社の乗っ取り(正確には親族だけが株主なので乗っ取りではない)が画策されていた。
父親には成年後見人を立てて排除し、娘婿も雇われていて逆らえない経理担当の女性も取り込んだ。
連載小説 #015
取締役は4人。1人排除で残り3人。1人取り込んで雇われ社長を退任に追い込み自分が代表取締役に就いた。成年後見人が認められて5日後のこと。
雇われ社長は嫌だったが父親から懇願されて仕方なく就いただけだったので男が代表になるのに異議はなかった。
連載小説 #016
雇われ社長はそもそも会社を継ぐ気などなかったから株式を持って欲しいと言われても、それだけは断っていた。
男は初めての不動産会社だったので宅建の資格を取るために入社しても出勤せずに勉強して合格した。
連載小説 #017
社長(当時)の息子だったので出勤しないで給料をもらいながら勉強したのだから合格しない方がオカシい。
宅建は取ったので会社で働き出したが初心者だったので雇われ社長(当時は部長)の元で色々と教えてもらっていた。
連載小説 #018
男は勉強は出来たが、あまり常識がなかった。何が悪いことなのかが判らなかったのだ。自分の中だけの常識で生きていた。
仕事の進め方もメリットがあるのだから断られる筈がない、などと言い人に感情があることには思いを巡らせる事ができなかった。
連載小説 #019
「あいつは二度と連れてくるな。」と言われた地主もいたくらい。なんとかフォローして契約してもらったが本人は理解してはくれなかった。
ただ少しは遣り難さを感じていたのだろうか「不動産鑑定士になります。」と言い出した。
連載小説 #020
土地を買う時に鑑定士の言うことの方が価格に説得力が出るから、と言う理由だったが、そんな事で土地が買えるなら誰も苦労しない。
結局父親も許したので数年勉強して資格を取り大手鑑定士事務所で実務経験を得た。会社は5年程休んだが給料は出ていた。
連載小説 #021
鑑定士を取れるくらいには勉強が出来たが人としては最低な男だった。ただ確かに会社を継ぐ気はあった。
雇われ社長には「父親ではなく、あなたと仕事がしたいから戻りました。」と言っていたが、とても信用できる言葉ではなかった。
連載小説 #022
戻ってからは父親との確執が日に日に酷くなって行った。口論が絶えなかった。
父親は「これ、いつでもいいから、やっておいてくれ。」と指示があると数時間後には「出来たか?」と聞く人だったので何を置いても直ぐにやらないとダメだった。
連載小説 #023
父親がそう言う性格だと男は一番知っている筈だったし雇われ社長からも言われていたのだが男は自分自身の段取りを優先することに拘った。
確執はどんどん深まり最早取り返しのつかない所まで来ていた。いまにも「勘当だ。」と言い出しそうだった。
連載小説 #024
雇われ社長は会社を継ぐ気が無かったので株を持つことも拒否していた。株は家族で持ってて欲しいと。
男は会社を継ぐ気があったが、このままでは父親から会社を追い出されそうだった。
連載小説 #025
雇われ社長は他の社員とも相談し男を子会社の社長にして少し離れた場所に事務所を出させた。移転後の5か年計画も立てて父親の了解を得た。
この事務所移転が契機だった。誰も監視していない状況で好き放題やりだしたのだ。
連載小説 #026
男は前の会社でも遅刻の常習だった。それで居ずらくなったのと一応父親から呼ばれたので手伝うことにしたのだ。
父親や雇われ社長が朝イチに事務所に行っても居たためしがなかった。「朝から出てます。」と言い訳する電話の声は寝起きのものだった。
連載小説 #027
男は不動産鑑定士になるくらいだから勉強はできた。但し現実は理解していなかったし感情も理解できなかった。
自分で保険を作ってお年寄りに売るとか、セミナーを立ち上げて地主を集め資産運用の指南をするとか、全部中途半端で投げ出して失敗した。
連載小説 #028
男は結局頭で考えるだけで現実を見ようとしないので何も成功しなかった。
不動産屋は不動産の事を地道にやるしかない。地に足を付けて仕事をやるしかない。そんな単純なことが理解できなかったのだ。
連載小説 #029
男の勤める不動産屋は土地を買って造成し売却するデベロッパーで売る営業ではなく買う営業だった。
売る営業は買ってもらえなければ違う客を探すのだが、買う営業はどうしてもその土地を売ってもらわないとダメな事があり、なかなか難しい仕事だった。
連載小説 #030
男は子会社の社長になって自由を手に入れたと思った。誰も止めないし、やりたい事をやりたいようにできる。それが勘違いだとは気が付かなかった。
赤字になっても父親の会社が補填してくれる。但し父親に対しては憎しみしかなかった。
連載小説 #031
男は土地を買う契約の翌日に売る契約をして利益が1区画20万円しかない事業を平気でやっていた。
指摘を受けると「やらないよりマシでしょ。」と反論したが人件費等の経費を考えたら普通に赤字で、やらない方がマシだったのだ。
連載小説 #032
男がやらない方がマシな事業をやるには理由があった。会社からの社長としての給料に不満があったからB、所謂バックマージンを貰うのだ。
会社としては赤字にならないギリギリの所にしておいて個人的にBを貰うのが男が考えた方法だった。
連載小説 #033
男と仲の良い業者からのBは他人には判らなかったが雇われ社長はある住宅メーカーから詳細を聞いていた。
「会社に振込ましょうか?」との申出に「個人の口座に」と返事をした、との事だった。雇われ社長を心配して話してくれたのだ。
連載小説 #034
男の傍若無人な振る舞いを雇われ社長は指摘しなかった。男はいずれは跡を継ぐ身なので何かあっても自業自得だと思っていたからだ。
それが更に男を増長させてしまう結果になった。そして男の雇われ社長外しが始まった。
連載小説 #035
4人いる取締役のうち一人は父親だったので成年後見人を立てて法律行為ができなくした。そうしないと雇われ社長を外せないからだ。
誰かを辞めさせるとしたら父親はなんの迷いもなく男を選んだはずだった。全く信用していなかったのだから。
連載小説 #036
4人いる取締役のうちもう一人は経理担当役員。そしてその娘婿も従業員として雇用されていた。つまり、自分と娘婿が人質だったのだ。
後は男と雇われ社長。会社史上初めて開かれた取締役会は父親が参加無しに3名が出席し、録音されながら始まった。
連載小説 #037
最初の議題は男が代表取締役になり二人代表となること。雇われ社長には元々男が跡継ぎになることに異議はなかったので全員賛成で承認された。
次の議題は雇われ社長を代表取締役から解任すること。さらに臨時株主総会の開催も2名の賛成で承認された。
連載小説 #038
雇われ社長は臨時株主総会に呼ばれなかった。株主は父親、母親、男、男の妻と子供、男の姉と息子だったので実際には開催はされず議事録を作成しただけだった。
臨時株主総会では雇われ元社長の取締役解任と報酬0円が承認された。
連載小説 #039
男は用意周到だ、すぐに元雇われ社長に年度当初からの報酬返還要求の内容証明を送った。
元雇われ社長には一従業員として今までの3分の1以下の給料と歩合で継続して勤務するよう伝えた。歩合の内容は今から考える、と。
連載小説 #040
元雇われ社長は父親が成年後見人を立てられているとは知らなかった。勿論父親本人も知らなかった。裁判所からの本人宛の通知は男が先に持って行ってしまった。
父親に退任させられた事を報告に行った時にも「辞めるなら息子だ。」と怒っていた。
連載小説 #041
元雇われ社長は跡継ぎは彼しかいないのだからと父親を宥めて喧嘩をしないように伝えた。その日が父親と会う最後の機会だとは知らずに。
父親は男の関係する医療法人に本人の意思ではなく強制的に入院させられた。そのための成年後見人だった。
連載小説 #042
父親は妻では無い世話をする女性と同居していたが男は当然気に入らなかった。鍵を替えて女性が部屋に入れなくした。物理的、強制的に追い出した。
後日女性の荷物を持て余して本人に連絡するのに元雇われ社長に頼んで連絡してもらっていた。
連載小説 #043
男は父親をとりあえず関係する有床診療所に入院させて元雇われ社長にも会わせないようにした。
ただその有床診療所の医療法人は元雇われ社長が設立時に申請業務を手伝っていたこともあり、直ぐに少し離れた病院に転院させた。
連載小説 #044
父親は携帯を取り上げられていたので元雇われ社長も世話人にも連絡が出来ない、と男は思っていた。
だが男が思うより父親の認知症は全然進んでいなかったので覚えていた世話人の携帯に病院の公衆電話から掛けて病院の場所を伝える事ができた。
連載小説 #045
滋賀県の転院先に現れた世話人に、慌てて男は父親を大阪の病院に更に転院させた。
会社や世話人と引き離された事、不用意な転院の繰り返し、進行するパーキンソン病。むしろ認知症が進行していればよかったのだが、失意の父親は半年も持たなかった。
連載小説 #046
犯罪として検挙されることは無い、これは「ゆるやかな殺人」だ。
創業者で30年以上不動産業をやって来た父親は、人脈もかなり凄い人だった。有名野球解説者や国会議員、ある県の歯科医師会長、大阪の一等地にビルを何棟も所有する不動産業社長etc.
連載小説 #047
父親の親友には入院していた時もお見舞いに来ないように伝えていた。男は父親が大嫌いだったので葬式もする気がなかった。亡くなった事も伝えず後日関係者に葉書を送っただけだった。
勿論元雇われ社長にも伝えなかったので全く知らなかった。
連載小説 #048
父親の親友は「あの息子に殺された。」と言っていた。元雇われ社長も同意見だったが罪に問えるわけではなかった。
父親に成年後見人を立てて男がやったことは元雇われ社長を代表取締役から下ろし取締役も解任、年度当初に遡っての報酬返還要求だった。
連載小説 #049
元雇われ社長は役員報酬の3分の1の固定給プラス歩合を提示され従業員として働くように言われたが歩合の内容は決めていない、と言うのと報酬返還要求は取下げないので引継ぎだけしていた。
突然今日でお終いと言われ元雇われ社長は出勤しなくなった。
連載小説 #050
男は常々「あなたは会社の金を自分の金と思って使っていない」と言って元雇われ会社を批判していたが本来は自分の金と思って大切に使うように、と言うことの筈だった。
しかし、男は正に「自分の金のように」使っていたのだ。
連載小説 #051
男の特徴は嘘吐きだと言うことだった。但し自分が吐いた嘘を本当にあった事と誤認識できるのだ。これは病気と言えるかも知れない程だった。
ある時、男は「税理士の代わりを探していますから。」と言いだした。元雇われ社長が「えっ、何故?」と問うた。
連載小説 #052
「税理士を変えたい、と仰っていたので。」いやいや言ってないし思ってもない。その事を告げると「そうですか。」と全く納得していない。
但し、この時はまだ従っていた。着々と雇われ社長を排除する計画を進めながら。
連載小説 #053
男は4人いる取締役のうち父親は成年後見人を立てて法的に無効化し経理担当取締役は本人と義理息子の解雇で脅して従わせた。男と経理担当取締役の二人で父親を除いて過半数になった。
そして一度も正式に開催した事がない取締役会を開いたのだ。
連載小説 #054
男は取締役会で自分との二人代表を承認させ、続いて雇われ社長を代表から解任。取締役からも退任させるための臨時株主総会の開催を決定。
父親の実家で株主総会を開催。株主は母親、姉、姉の子、男、男の妻、男の子二人。父親は成年後見人の姉が代理。
連載小説 #055
実際には元雇われ社長を取締役から退任させるだけの株主総会なので元雇われ社長も出席しないし、そもそも開催されてはいない。議事録を作成するだけだ。
株主総会の結果を伝える事もなく、元雇われ社長に報酬を0円に決めたので返還するよう請求した。
連載小説 #056
ちゃんと弁護士名で内容証明を送った。男は用意周到だった。元雇われ社長の発言は全部文章に起こして議事録を作り逆に自分の発言は証拠が残らないようにしていた。
元雇われ社長は引き続き仕事をしていたが給料など決まってない状態だった。
連載小説 #057
給料も決まらないまま普通に仕事をしていた元雇われ社長は会社に来なくなることも考えて引継書を作っていた。そしてある日、男は「今日中に引継ぎして明日から来なくていいです。」と言い放った。
元雇われ社長は指示通り引継ぎして車や鍵を返した。
連載小説 #058
そして男の嫌がらせとしか思えない、いいがかり訴訟が始まるのだった。
内容は二つ。一つ目は報酬の返還。会社に損害を与え赤字を出したにもかかわらず報酬を受け続けたから、と言う理由だ。退任と報酬0円を株主総会で可決したうえで。
連載小説 #059
二つ目は損害賠償請求。高く土地を買いすぎて会社に損害を与えた、と言うこと。
男は元不動産鑑定事務所に勤めていた不動産鑑定士だったので元居た事務所に鑑定評価書を出してもらって損害を与えた根拠にしたのだ。
連載小説 #060
鑑定評価とは不動産鑑定士が依頼を受けて不動産の正当な価値を評価する、と言う立場で評価書を出すのだが当然依頼主の意向を反映している。
今回の評価は理不尽極まりないものだった。出来るだけ安く評価するよう依頼されていたのだ。
連載小説 #061
鑑定評価書には「人的関係はない」と記載されていたが実際には退職していたとは言え元従業員だった。
ローカルとはいえ駅前でロータリーに面した土地の評価するに際して、周辺にいくらでも参照できる取引事例があるにも関わらず無視していた。
連載小説 #062
元々駅は逆側しか降り口がなかったのだが両方降りられるように整備された。
その際ロータリー用に小さな畑がたくさん買収された。
連載小説 #063
降りられない側の駅前、道のない小さな畑がならんでいた土地。県の買収価格は坪単価で4万円程度がせいぜいだった。
降りられるようになった駅前、ロータリー沿いの土地。なんと鑑定評価額はやはり坪単価4万円だったのだ。
連載小説 #064
対象不動産と比較するのに近隣にいくらでも取引事例があるにもかかわらず駅から5km以上もはなれて農家住宅くらいしか建築出来ない市街地調整区域を採用した。
駅前は降りられるようになるまでは農家が多かったから、と言う理由だった。
連載小説 #065
何が何でも評価を下げるためには手段を選ばない。いかに依頼主の意向に沿うよう評価するのかが不動産鑑定士の仕事だった。
正当な価格を評価する、と言う建前は、あくまで建前でしかなかった。流通している不動産に正当な価格など存在しない。
連載小説 #066
仲介ではなく売買を中心に営業している不動産屋は買った土地などに経費や利益を乗せて売却する。
土地に正当な価格があるとすると正当な価格で買って経費や利益を乗せたら正当な価格よりも高く売る事になり不当に利益を得たことになってしまう。
連載小説 #067
宅地で「正当な価格」は成り立たないのだ。そもそも流通している物に絶対的な評価をするとこが間違っている。
不動産鑑定士が言う正当な価格は、例えば地方公共団体が公有地を売却する際の参考にしたりするには適している。
連載小説 #068
公有地の入札に際して最低入札価格の設定に鑑定評価額が利用される場合でも通常それよりも高く入札され一番高い者が落札する。
正当な価格が鑑定評価額だとすると地方公共団体は正当な価格よりも高く売却することになり不当に利益を得ることになる。
連載小説 #069
流通している土地の唯一正当な価格を評価する、など本来あり得ないのだ。それを何かの都合で便宜上決めたい時に鑑定評価額を使うことになる。
今回の場合のように実勢価格と鑑定評価額の差が損害額になる、などと言うこともあり得ない。
連載小説 #070
そもそも買っただけで売りもしていない土地のどこに損害が発生していると言うのだろうか。普通に売れば周辺価格から言えば十分利益がでる物件だった。
実際の損害ではなく利益がでるのを見ずに鑑定評価書だけを採用する裁判官は世間知らずも甚だしい。
連載小説 #071
結局常識的な1審の裁判官に比べてあまりにも非常識な2審の裁判官のお陰で男の主張は100%認められた。
民事で100対0?あり得ないだろうに。それも1審の判決は逆の0対100だったのに新しい証拠もなく単純に判決が逆転したのだった。
連載小説 #072
男は二つの完全犯罪を成し得た。二つとも偶然とも言うべき幸運が重なったことに起因している。
世の中には人でなしでも幸運に恵まれることもあるのだ。ただし、そのままでは終わらない。他人に為した非道は、いつか自らに返ってくるものだ。
連載小説 #073
一つは直接手を下さずに父親から世話人(妻ではなかった)を引き離し転院を繰り返すことにより死に至らしめたゆるやかな殺人。
半年も持たなかった父親は男の思惑通り、失意の中逝ってしまった。
連載小説 #074
もう一つは自分が元居た不動産鑑定事務所に低い鑑定評価書を書かせて損害賠償請求を認めさせた。
常識ある1審の裁判官は騙せなかったが非常識な2審の裁判官に恵まれ本来あり得ない判決を勝ち得たのだ。
連載小説 #075
二つの完全犯罪。その本当に恐ろしいところは。
このお話がフィクションではなく一言一句偽りのない事実だということだった。
いや、本当にマジです。
#ある不動産屋の完全犯罪
#ある不動産屋の完全犯罪 綾野祐介 @yusuke_ayano
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