47:記憶は……


「……はっ!?」


「せ、先輩!」


 キスをした後気絶してしまった先輩は、しばらく経った後に無事目を覚ました。病院で気絶したため俺はすぐお医者さんたちを呼んでしまったんだけど……その際、何が原因で気絶したのか心当たりはあるかと問われた際に「キスをしたからです」と答えてしまったことがいまだに恥ずかしい。


 ああ、今も看護師さんたちの目線がなんか刺さる……まじでこの後どうしよう。いや、そんなの気にしてる場合じゃない。先輩の記憶が元に戻っているのか聞かないと!


「先輩、記憶はどうですか!?」


「さ、真田くん……え、えっと……今私気絶してた?」


「は、はい! 俺がキスしたら先輩気絶しちゃいました!」


「……え。も、もしかしてここにいる看護師さんみんな知ってるのそれ?」


「……はい」


「………あああああああああああああああああああああああああ!」


 先輩は悲鳴をあげて俺たちの恥ずかしい場面を知られてしまったことにショックを受けていた。この反応は正直しょうがないだろう。俺だって言った後に同じような反応しちゃったし。


「先輩落ち着いてください!」


「お、落ち着くなんて無理だよ! だ、だったら真田くん、今ここでハグして!」


「します!」


「うにゃああああああああああ! 余計落ち着けなくなっちゃったよ真田くん! ぎゅっ!」


 落ち着かせるために先輩に抱きついた俺だが、むしろ先輩はさらに興奮状態になって俺に抱きつく始末。それでも今の先輩を落ち着かせないと記憶が戻ったかどうかもわからないし、看護師さんの温かい目と冷たい目の相互攻撃が収まることもないだろう。


「お水飲んで落ち着いてください! これ、飲みかけですけどどうぞ」


「こ、これって真田くんが飲んだやつ?」


「す、すみませんそうで——せ、先輩!?」


 他の水がなかったので俺の飲みかけのペットボトルを渡したら、あろうことか先輩はそれを一気にがぶ飲みした。そして「真田くんと間接キスだぁ……うっへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」と言いながら顔が溶けているかのような笑みを浮かべていた。せ、先輩……な、なんだかリミッターが解除されたかのような奇行っぷりだ。


「先輩、そろそろ落ち着かないと先輩のレッテルが奇人になっちゃいますよ!」


「えーでも真田くんはそれでも私のこと好きでいてくれるでしょ?」


「大好きですけど! 大好きですけど先輩がそんな目で見られるのも嫌です!」


「大好きって言ってくれた真田くんだーいすき!」


「うわぁ!?」


 ダメだ、今の先輩はハイテンションすぎてまともな思考回路をしていない。俺をまたぎゅーって抱きしめて、先輩の豊満なお胸に俺は埋もれてしまう。……ああ、でも今の状況最高だ。このままずっとこうしていたい。これ以上ない最高の感触をこのまま味わっていた——


「お姉、真田くん何をしているの!?!?!? えええええええっち!」


「あいたぁ!?」


 だがその時間も長くは続かなかった。多分先輩の異常を知らされたちひろさんがやってきて、はたから見たらイチャイチャしている俺たちにめっちゃ勢いのあるビンタをしてきた。


「……わ、私は一体」


「……すみませんちひろさん」


「ほんとだよエッチ二人組!」


 だがそのおかげで先輩も俺も落ち着きを取り戻すことができた。そしてすぐさま看護師さんたちにとことん謝り尽くしてなんとかことなきを得た……のかな? いや、多分病院にいたらしばらくは白い目で見られる。先輩、早く退院しないかなぁ……。


「それで、お姉。記憶は元に戻ったの?」


「そうですよ先輩、どうなんですか?」


 ようやく本題の記憶について聞くことができた。ああ、本当に気になる。さっきまでのハイテンションを見るに、先輩に何かしらあったのは間違いないと思う。あんな積極的な先輩始めて見たような気がするし……。


「えーっとね……」


 俺とちひろさんは固唾を吞む。先輩の記憶が、元に戻ったかどうか——


「ごめん、気絶しててなーんにも思い出せてないや」


「……」


「……」


 へ?


「いやー、真田くんからキスしてくれた衝撃が強すぎたのかもねぇ、あっははは」


「き、キスしたの二人とも!? し、しかも真田くんから……さ、真田くんどすけべ!」


「そんなこと言わないでくださいちひろさん! で、でも先輩キスしたら記憶が戻るかもって……」


「いやー、ほどほどの刺激じゃないと思い出さないのかも。でも、もういいや」


「え?」


「だって私が真田くんのこと本当に好きなんだなぁって確信できたもん。キスしたとき、本当に私幸せだったよ。それに、今の私は真田くんとずーっと一緒にいたいなって心から思ってる」


「せ、先輩……」


「だから真田くん。私と……え、えっと……そ、その……」


「付き合ってください!」


「ええ!? さ、真田くんが言うの!?」


「俺も言いたかったんです! それに……お、俺だって先輩とすごく付き合いたかったので」


「……ああ、もう幸せすぎる。ねぇちーちゃん、今からここ密室にしてくれる? ちょっとしたいことがあるからさ」


「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ!!!!」


「ぶー。まぁでも、退院したらいつでもできるからいっか。じゃあ真田くん……これからも、よろしくね!」


「はい!」


 そうして、俺と先輩は晴れて交際を始めることになった。結局先輩の記憶が元に戻ることはなかったけど、結果オーライって言ったところかな。ああ、早く先輩の退院日が待ち遠しい……先輩の彼氏として、精一杯頑張らないと!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る