【SFショートショート短編集2】月(いなか)に帰ろう

黒の巣

第1話 チーズは乳牛の夢を見るか?

 チーズ星人の科学者達が会議をしている。淡い黄色で柔らかそうな見た目をしているチーズ星人は、モッツァレラ星に住む生命体である。黄色い海が9割を占める資源に恵まれた星に文明を築いてから500年ほどしかたっていない、宇宙の中で見ればまだまだ若い生命体だ。


 会議には様々な分野の著名な学者が集まりとある議題に対して各々の見解を述べている。とはいえ、国の重要な議題を終えた後に行っているちょっとした雑談のようなものだ。チーズ星人の間には、昔からずっと都市伝説として存在し続けている有名なお話がある。

 誰もが一度は「四足歩行で白黒の大きな生き物の夢を見る」という現象だ。


 この白黒の生き物は巷ではモー様と呼ばれることが多い。夢の中で声を聴いたというものが多く、皆一様に「モー」または「ムー」といった声の記憶があることが由来のようだ。

 会議では、この昔から噂される謎の現象を科学的に解明できないか、学者達が各々の知識を生かして議論を重ねていた。

 「モー様のような特徴を持つ生き物はこの星にはいないのだが、ただ生物学的に非常に理にかなっていると感じることも確かだ。本当にこの宇宙のどこかにいるのかもしれない」

 「他の星の生き物が我々の星にやってきた可能性も無くすことはできない。宇宙の星の数から計算するに、我々以外の生命が存在する可能性の方が高い」

 「無意識の夢が共通しているという点が気になる。経験談の数から見ても、我々の深層心理に何か解明されていない共通部分があることを否定できない」

 今日も結論は出なかった。でもいつかは解明してやるぞ、とチーズ星人の科学者たちは思ったのだった。


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 ここからは、彼らモッツァレラ星人がおそらくあと数千年はたどり着くことができないであろう「モッツァレラ星人誕生秘話」について説明する。


 舞台は地球に移る。地球上に文明が誕生して数十万年。科学は発達を極め、他の恒星系も含めた複数の惑星に人間が住み着くようになっていた。

 惑星毎に環境や動物が大きく異なるため文化に大きな違いが生まれていった結果、それぞれの惑星で様々なローカルフードが誕生した。特に人間にとって最初の惑星、「地球」のごはんは大人気だった。


 とある年、ケンタウルス座プロキシマ・ケンタウリを周回する惑星では地球のあるごはんが大ブームを起こしていた。


 チーズフォンデュが食べたい!


 全星民がこぞってチーズを求め、自星産の食べ物にチーズ浸して食べたがっていた。ただこの星にとってチーズは非常に貴重な食べ物だった。この星にいる牛自体がそもそも希少な生き物である上、体躯は1mにも満たずかなりの小柄だったため、父の日生産量が少なかったからである。

 そのため彼らは地球から大量のチーズを輸入することにした。地球へ注文が入り、まもなくして地球から1京リットルのチーズを積んだ恒星間貨物船が出航した。

 しかし不幸なことにその貨物船は、恒星間移動中に隕石の事故にあい、チーズもろとも宇宙の藻屑となってしまった。

 この事件は惑星史に残る悲劇と呼ばれ、貨物船のパイロット及びチーズの慰霊の日として、永遠にカレンダーへ刻まれることとなった。


 この時のチーズはその後どうなったか。ぶつかった隕石をコアとして一つの星になった。そして、近くにあった別の恒星系の重力圏につかまり、星を周回する小惑星となったのだ。

 恒星から適度な距離を保てた結果、適切な温度によってチーズはフォンデュ状態となり、チーズの液体は絶えず星を循環した。チーズは有機物の塊、まさに生命のスープである。


 程なく、新たな生命が誕生した―――

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