計画性
計画性がない。
計画を立てることはできるが、達成するのは苦手だ。
どうしても、計画とは違う行動を取ってしまう。あるいは、そもそも立てた計画が穴だらけだったりする。
例えば、こんなことがあった。
?年前、とある海外ドラマにハマっていたわたしは、出演している俳優の出身地であるデンマークへと一人で旅行に出かけた。
別にその俳優のイベントが現地であったとかそういうことではない。ただ漠然と、デンマークに行ってみたくなったのだ。
わたしは首都コペンハーゲンを拠点とし、二日か三日、コペンハーゲンとその近郊を観光することにした。
飛行機のチケットを取り、さて次はホテルだ。
観光の拠点とすることを考えると、やはりコペンハーゲン中央駅の付近にあるホテルに泊まるべきだろう。
わたしは中央駅付近にあるホテルを調べて、良さそうなところに目星をつけた。
その時、ふと思いつくことがあった。
コペンハーゲン空港へは、中央駅から鉄道に乗って移動することになる。
ほんの三駅くらいだが、何かトラブルがあって慌てるのも嫌だし、デンマーク出国の前日は空港近くのホテルに泊まってみるのもいいかもしれない。
まあ、それは別に間違った考えではないだろう。
もし帰りの飛行機が早朝便であったら、空港近くに宿泊するのは理にかなった選択であると言える。
だが、わたしの乗る予定の飛行機は、朝早くの便ではなかった。
午前中ですらなかった。確か昼過ぎの、午後の便だったと思う。
午後の便ならば、中央駅からでも充分余裕を持って移動することができるのではないだろうか。
わざわざ空港の近くに泊まる必要はないのでは?
・・・この時点で、なんともモヤモヤする計画であったのが分かる。
だが、当時のわたしは自分の選択に疑問を抱かなかった。
そんなわけで、わたしは二日間ほどコペンハーゲン中央駅付近のホテルに宿泊し、最後の夜だけ、空港近くのホテルに宿泊することにした。
(空港駅の、隣の駅。その駅のすぐ近くに良い感じのホテルがあった)
──そしてデンマークへと旅立ったわたしは、楽しい数日間を過ごした。
余談だが、旅行で一番心に残っているのは、路上の屋台で買ったホットドッグがものすごく美味しかったということだ。
適当なことを言っているわけではない。
デンマークのホットドッグは有名なのである。コペンハーゲンの街にはホットドッグの屋台がたくさん出ていた。
よく知らない街の片隅で食べるホットドッグには、格別の味わいがある。
それはさておき、日本へと帰る日の朝、わたしは予定通り空港近くのホテルで目を覚ました。
空港に到着すべき時間までは、まだかなり余裕がある。
わたしは考えた。
ホテルの近くには時間を潰せそうな場所がないし、コペンハーゲン中央駅まで戻ろうかな・・・と。
矛盾である。
そもそも空港までの移動時間を短くするために、空港の隣の駅にあるホテルに宿泊したはずだ。
それなのに、ここからコペンハーゲン中央駅に戻るのか?
中央駅に戻って時間を潰すのなら、わざわざここに宿泊した意味がないのではないか?
(すごく素敵なホテルだったのだが、それはまあ置いておいて)
思い返すと自分自身にモヤモヤする。釈然としない。
ともかく、わたしはスーツケースをホテルに預け、コペンハーゲン中央駅まで戻っていった。
泊まったホテルは、中央駅と空港の間に位置するので、この時点で中央駅へ向かうのは完全なる逆走である。いや、迷走である。
ところで、コペンハーゲン中央駅の周りには名所がたくさんある。
約二日間では見切れないほどだ。
まだ行っていない美術館があったので、わたしはそこを訪れることにした。
彫刻作品を展示している美術館だ。
わたしは美しき彫刻の数々を堪能した。
ゆっくりと、余裕を持って。
もはや、完全に油断していた。
言うまでもないことだが、異国の地を一人で旅行している時に、油断してはいけない。
美術館を後にしたわたしは時計を見た。
おっと、予定よりもゆっくりしてしまった。
だが大丈夫、まだ余裕はある。
まずは中央駅からホテルに向かい、預けているスーツケースを受け取ろう。それから、空港に移動するのだ。
わたしはコペンハーゲン中央駅から列車に乗り込んだ。
列車が動き出し、しばらくして・・・。
・・・・・・。
あれ? 何かおかしい、と気がついた。
空港方面へと向かう列車には、昨日の時点で一度乗っている。
その時と、窓から見える景色がどうにも違う気がするのだ。
それに、なかなか駅に到着しない。隣駅はもっと近かったはずだ。
これは──まさか。
わたしはハッとした。愕然とした。
これは、空港方面へと向かう列車ではない。
そう、わたしは乗る列車を間違えたのだ。
なぜ? どうして?
昨日と同じプラットホームから列車に乗ったと思ったが、うっかり違うプラットホームにいたのだろうか。
(コペンハーゲン中央駅は名前から分かるように大きな駅であり、プラットホームもたくさんある)
それとも、一つのプラットホームに複数の路線が発着するようになっていたのだろうか。
というか、今はもう原因とかはどうでもいいのだ。
空港方面へと向かわないならば、一体この列車はどこへ向かうのだ。
これだけ列車が止まらないということは、これはまさか特急列車なのではないか?
どうしよう、とんでもないところまで行く列車かもしれない。
わたしはかつてないほど焦り、冷や汗をかいた。
幸いにもその数分後、列車は駅に到着した。
当然、わたしは転がり出るように列車から脱出する。
その駅が大きな駅だったら号泣していたかもしれないが、その駅は迷うほどの大きさではなかった。
わたしは大急ぎで反対方面に向かう列車に乗り込み、中央駅に戻った。
この不必要な往復の合計所要時間は計三十分ほどだっただろうか。
なんというタイムロス。
不毛な行ったり来たりをしているうちに「時間の余裕」はどこかへ姿をくらましてしまった。
まずい。
空港に到着すべき時間が、刻々と近づいている。
わたしは中央駅の広間で辺りを見回した。
今朝までは「はーん、この駅にも慣れたかな」なんて余裕ぶっこいていたのだが、今は異次元に迷い込んだくらい心細い気持ちになっている。
駅の表記は当然、デンマーク語。
手元のメモと頭上の案内を必死に見比べるが、焦れば焦るほど、文字の判別ができなくなる。
だが、もう一度間違えれば確実に飛行機に間に合わなくなる。
わたしは集中力を総動員し、駅の表記と対峙した。
そしてプラットホームに降りると、今度は列車に乗り込む前にもしっかり行き先を確認する。
・・・うん、大丈夫、今度こそ間違いなく、空港に向かう列車のはずだ。
わたしが乗り込むと、すぐに列車は出発した。
祈るような気持ちで窓の外を見ると、なんとなく見覚えのある景色が流れていた。
良かった!! 今度は正解だった!
だが残念なことにこのまま一気に空港へ行くわけにはいかない。
しつこいようだが、わたしはホテルに立ち寄ってスーツケースを回収しなくてはいけないのだった。
わたしは空港の一つ前の駅で降りると、猛烈ダッシュでホテルに向かった。
フロントに預けていたスーツケースを受け取り、大急ぎで駅に戻る。
スーツケースを受け取ったことで機動性が若干落ちている。嗚呼もどかしい。
駅に戻り、ハラハラしながら列車が来るのを待つ。
予定ではとっくに搭乗手続きを済ませているはずの時間だ。
飛行機の出発時間まではまだ時間があるが、国際便は搭乗口に行くまで何かと時間がかかる。
それを踏まえるともうかなりギリギリであった。
プラットホームでうずうずソワソワしていると、ようやく空港に向かう列車がやってきた。
わたしは列車に乗り込み、どんなに念じたところで列車の速度が速くなる訳ではないと知りつつも、頼むから早く到着してくれと祈り続けた。
空港の駅はすぐ隣。数分で列車は空港に到着した。
やっとである。
まだ安心はできないのだが、わたしは一種の高揚感を覚えた。
その後、プラットホームから空港ロビーへと素早く移動したわたしは、苦戦しながらも機械による搭乗手続きを済ませ、機内に持ち込めないスーツケースを預けた。(荷物を預けるのも全自動だった。これが結構難しい)
保安検査場と出国審査の列はかなり混雑しており冷や冷やしたが、こちらも締切前にクリアし、いよいよ搭乗口へと向かう。
コペンハーゲン空港は広く、チラッと見ただけで様々な施設や店舗が揃っているのが分かった。
すっごく楽しそうである。
が、時間がないのは完全なる自業自得。
わたしは後ろ髪を引かれる思いで買い物エリアから目を逸らし、搭乗口へと急いだ。
そして、かなりギリギリではあったが、定められた時間の前に到着することができた。
「早く来い」と名前をアナウンスされることもなかった。
搭乗口の周りには、同じ飛行機に乗るであろう人々が集まっている。
わたしは何食わぬ顔で、その人達に混ざった。
その少し後、日本に向かう飛行機に無事乗り込んだわたしは、座席に座ってようやく、ホッと安堵の溜息をついたのだった。
──と、なんだかダラダラと長くなってしまったが、要は「計画性がない」という話なのだ。
おかしな計画を立てて、しかも計画通りに行動しない。
その結果、困った状況に陥ってしまう。
これはもう、いっそ計画を立てない方がいいかもしれない。
そういうわけで今、計画を立てずにこの文章を打ち込んでいる。
着地点は見えない。
どうしたものだろうか。
ともかく、結論だ。
『計画を立てても立てなくても、物事はそんなに上手くいかない。なので、計画性のことなど気にしない方がいい』
春は何かとプレッシャーがかかる時期だが、計画を立てろと追い込まれても、無理に計画を立ててはいけない。
そういう時は、出来るかぎり誤魔化すのが一番だ。
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