白雪の音

鳴代由

白雪の音

 私は雪の日に死にたい。


 だって、雪の中に自分の死体を隠せるじゃない。


 そんなことを思ったのは暑い夏の日だ。カンカンカン、と踏切の音が響く。うるさい蝉の声に、耳を塞ぎたくなった。


「おうい。瀬名せな? また死にたいって考えてる?」


 私の目の前で手をひらひらとさせるのは、幼馴染のれんだ。彼は嫌なところで察しがいい。私が死にたいと考えていることも、なぜか見透かされてしまう。


「……いや、そんなことないよ」


 わざとらしく明るく振舞って、彼のほうを振り返る。嘘だろ、という彼の声は電車の音に搔き消されてしまった。


 死にたいと思っていても、今すぐ死ぬわけではない。踏切の手前で考えていた通り、私は雪の日に死にたい。そこまでは、彼にも見透かされないだろう。


「……で、踏切に飛び込もうなんて考えた?」

「さすがに考えてないよ」


 だって、そんなことしたら迷惑がかかっちゃうじゃない。


 たとえ死ぬとしても、私の知らない誰かに迷惑をかけるなんてごめんだ。他人の日常を邪魔する責任なんて、私には負いきれない。


 しかも、電車に飛び込んで死ぬのは、少し怖い。下手をすると体がばらばらになるかもしれないのだ。それは少し、というかだいぶ嫌だ。


 私と彼は踏切を通り過ぎ、そのまま無言で歩いた。


 そしてしばらく歩いた後、私はあることに気が付く。


「ねえ。蓮の家、こっちじゃないよね」


 いつもなら途中でわかれるはずの彼が、今日はずっと私と同じ方向に来ていたのだ。


「ちょっと、図書館に用事」

「……え、でも図書館って方向こっちじゃない」

「いいから」


 なんだか胸の奥がざわざわした。見張られているような、そんな気分だ。まさか、このまま私の家までついてくるのか。不安でいっぱいだった。


 私と彼は、また無言で歩き出す。だがその無言も耐えられない。彼の様子をちらり、と見るが、いたって普通。ただふらふらと、そこらへんの風景を眺めながら私の横を歩いていた。


「……なんでついてくるの?」


 私は居ても立っても居られなくなり、足を止め、彼にそう聞く。彼は私よりも数歩進んだ先で、私の方を向いて口を開いた。


「今の瀬名、放っておいたらすぐに死にそうだから」

「……だから、すぐには死なないって──」

「でもその言い方、いつかは死ぬってことだろ」


 はっと、息をのんだ。また、あの見透かされているような感じだ。なんとか彼に反論しようと、私は整っていない呼吸のまま、言葉を出した。


「いや、そ、そりゃあ、人間いつかは死ぬでしょ」


 そうだ。人間、誰だって最後に迎えるのは死だ。私だって、彼だって、最後はどうせ死んでしまう。今の私の場合、それが少し早いだけだ。だから、もうこれ以上何も言わないでほしかった。


「……落ち着けよ」


 ふと、私の頬に涙が伝う。なんで泣いているのかわからなかった。


 彼は遠くから私を見て動かない。何もしないでほしいと思ったことも、彼にはわかってしまっているのだろうか。


 私はその場にしゃがみ込む。立っていられなかった。声も出さずに静かに涙を流して、荒くなる呼吸に肩を上下させる。


「瀬名」


 頭上から、彼の声がした。優しかった。


 彼は私の名前を呼ぶだけで、それ以上は何も言わない。


 止まりかけていた涙も、それだけでまた止め処なく流れてくる。


 涙の理由は、自分でもわからない。彼に優しくされて嬉しかったのか、死にたいと思う私の気持ちを再確認してしまったからか。あるいは、その両方か。


 でも、気持ちは変わらない。私は雪の降る日に、雪で地面が見えなくなるくらいの日に、死にたい。コートも何も着ずに、薄着のまま、はだしで、雪の中に飛び込むのだ。そしてそのまま目を閉じて、ゆっくりと、眠るように訪れる死を待つ。


 人には人の、理想の死に方がある。私の場合、それが私の理想の死に方だった。


 けれどそれは誰にも言わない。蓮にも、家族にも、先生にも。


 だって言ってしまったら、思うような死に方ができなくなるかもしれない。


 だからどうかこの気持ちだけは、私が考えている理想の死に方にだけは、どうか気付かないで。

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白雪の音 鳴代由 @nari_shiro26

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