奇奇

001

 


 高校生といえば__

 ハッシュタグ青春。

 ハッシュタグ思春期。

 やたらと春をつけたがる。

 春なんて名前をつけられたら一生子供でいられるのか、と頭の弱いことを考えたことがある。

 つまり__

 現実逃避。

 そんなピチピチした新鮮かつ安直なものに僕は期待などしていない。していないと言うか、無縁というか。

 知り合いというか仲のいい存在は数える程には居るけれど、僕の定義が前提とするのならば、それも純粋な人間でないことには友達や友人とは言えないだろう。

 友達は此の方一人しかいない。その一人も腐れ縁というか、友達と呼べるのか否か__あやふやなのが現実である。そいつは唯一無二の親友と称している。つまり『唯一無二の親友』であると言うことは、僕たちは友達でも友人でもないと言える。

 こんな捻くれた考え方をしているから友人が出来ないことを僕は知っている。

 理解している。


 無論。


 理解した上で諦めている__がしかし高等学校というコミュニティで僕は、現状への脱却を図っていた。

 僕は気づいたのだ。友人が居ない。ここは、集落と呼んだ方がいいくらいの人口密度しかない田舎町。因みに通う高校は定時制。

 意図も簡単に、圧倒的に、コミュニティを確立しやすい環境の中で育ってきていた筈だというのに__。イージーモードである筈のそれが僕には出来ていない__出来ない社会的弱者であるということに気づいてしまった。


 なので。


「僕は友達__」

「が、出来るといいね」

「おい、茶茶ちゃちゃ台詞を取るな。僕の貴重な第一声を」


 僕の貴重な第一声を遮ったのは、唯一無二の親友だった。

 茶*《かける》二。

 茶茶ちゃちゃと表記して茶茶ザザと読むややこしい名前の持ち主だ。恐らく、僕の知っている限りでは、親友を知っている大多数の人間は茶茶ちゃちゃと呼んでいる。

 そしてこの親友は、あろうことか、唯一無二の親友の決意を冷たく乾いた笑いで一蹴したのだ。


 ハハッ。

 母っ。

 haha。


 と。

 現実、決意すら全て言わせて貰えない始末。 


「郷ちゃんさ、友人なんか作ってどうするの? 非常に今更な案件だと思うんだけれど」

「今更お前みたいに唯一無二の親友になりうる友情は求めてねぇけどさ、人並みの友人関係を僕は求めてるわけ」


 Do u understand?

 理解を促したところで意味はない。

 してもらおうとも思っていないけれど。

 そう思ったところで僕は昼食のおにぎりを頬張った。

 昼休みは長い。なんせ今日の授業は既にこと終えている。企救丘定時制高等学校は定時制と言えど全日制とほぼ遜色ない学校である。授業数が少ないことと、必須科目以外は空き時間コマに大学のように自由に時間割を組めることが違いだろう。


「なにそれ。唯一無二ならわたしだけでいいよね? 唯一無二なんだからね? 広辞苑持ってこようか? ちょっと妬けちゃうなぁ? 狂っちゃいそうだなぁ? その人間懲らしめるよ?」

「やめろ! 激重感情もクソデカ感情も今はまだ早んねぇよ! 丁度いいギャルくらいで居ろよ。つーかもう狂ってんだから、それ以上お前にハッシュダグいらねぇだろ!」


 巷で流行りの、ぎゃふん・ざまぁ系ラノベ、の、ぎゃふんされる側系フラグが建ちまくりな親友である。又の名(僕が勝手に命名した)を歩く地雷とも。

 遠慮がないとか、デリカシーがないとか言われるかもしれないが、裏を返せばそれは真実しか言わない正直者でもあるということ。正直者であると表記するには、かなりの補正を付けなければならないが、それが事実だ。


 さて。

 はて。

 僕に対するこの執着の真偽は審議すべき案件ではあるけれど、茶茶と真面な会話ができるとは思っていないため断念__というか自ら遠慮した。

 茶茶には猿喰さるばみ先輩という親友より深い関係の存在がいる。だからこそ、唯一無二の親友である僕は、茶茶にとって只の唯一無二の親友でしかない。

 __であることに変わりない。


「アハっ! 失礼なこと言うなぁ。矢っ張り類は友を呼ぶってことね」

「いや、お前の正直と一緒にすんなよ。僕はちゃんと遠慮ってもんを知ってんだからな」

「そう、つまり、横暴な態度はわたし限定なんだ? そう言われるのは、思われるのは悪くないね?」

「はいはい、どうぞご都合良く解釈してください」


 一個目のおにぎりを食べ終えたところで、予鈴が鳴ってしまっら。

 昼休みの後は掃除の時間だ。午前で終業しても掃除は全生徒がしなければならない義務だ。サボったところで、所詮である定時制高校では咎められる訳ではないけれど、余程のことがない限り誰一人サボっているのは見たことが無い。持ち場に来て絶妙に、良い加減にサボる先輩は知っているけれど。

 掃除の時間なんて昼休みよりあっという間であって、終われば即下校できるのであるのだ。以降、自由時間の方が長いのだから誰も文句は言わない。


「じゃあ、わたしが見繕ってあげるよ。普通の友人ってものをさ」

「いや、非常に遠慮願いたい」


 どうせ碌な奴を寄越してこないだろうから。

 どうせ碌でもない奴が来て、それと僕の委細巨細を高みの見物するのだろう。


「おい、机元に戻しといてな。俺はゴミ捨ててくるから」

「あ、え、うん」


 赤銅色の肌と、血液のような赤髪の派手なクラスメイトはそう言って背を向けた。耳には数知れずの穴。ピアスはしていないので、何のために開けているかは彼のみぞ知るところ。


「『あ』とか『え』とか『うん』で会話もままならない郷ちゃんに友人ができるだなんて到底思えないよ。パーレンわらいパーレン」

(《パーレン》

 わら

 )《パーレン》

「……分かりにくいわ! もう普通に笑って言えよ」

「言葉の無駄遣いはわたしの専売特許なの」


 僕の机の上に堂々と小さな尻を乗せ、ウェーブした髪を、更にくるくる指で遊ばせながら見据えられる。


「でも、笑えるくらい事実でしょ?」


 薄ら笑を隠しもせず、見せつけられる。

 腹立たしい。

 非常に腹立たしいが、ご尤もな意見である。

 ぐうの音も出ない。出せない。

 僕は歴っとした人間だ。石を打つけられれば血が流れるし、意志罵詈雑言を打つけられれば多少凹みはする。メンタルはスチール缶の強度しかないのだ。

 クリティカルヒット。

 否

 オーバーキル。

 僕の心は霧散した。

 コミュニケイション障害と呼ぶには些か大袈裟。人見知りと呼ぶには割と図図しい。


「僕の性格は自分でよく解釈済みだっつの。仲良くなることにちょーっと時間を要するだけだ」

「ちょーっとねぇ……」

「な、何だよその目は!」

「ま、別に郷ちゃんが友人作れなくてもわたしが一生、親友でいてあげるから」

「上から目線すぎだろ……ぅわっ?! おい、危なっぃ……つかちっか!!」


 運んでいた机を反対側から下に押さえ込まれ、バランスを崩した僕が顔を上げるとゼロ距離に茶茶の顔が有った。死んだ魚より、同調圧力という名を模し魔眼の様な瞳が僕の心臓を鷲掴んだ。

 見る角度が悪ければ、そう言う事をしている雰囲気だろう。


「なぁ、不倫はどうかと思う。色々」


 ほら、言わんこっちゃない。

 尖っている部分が垣間見えるように、諭すような穏やかな声が教室に広がった。肩を揺らして声のする方を見やると、ゴミ捨てに行っていた同級生が帰ってきた。

 僕たちのことをゴミを見るような目で見ていた。

 テストの順位が張り出されると、いつも一位の欄に『寒水そうず』という名前が記載されている彼からして見れば、僕たちの行為(根も歯もない事実)は愚かなのだろう。


「は、誰が不倫してるって? こいつと不倫するくらいならお前とした方が数億倍マシだわ!」

「不倫なんて失礼なこと言うね、寒水。相思相愛だよ。逢瀬の邪魔をしないでくれるとありがたいのだけれど」

「お前は話をややこしくするな! 」

「ふーん。いいよ。警弥郷くんとなら再婚してあげてもいいよ? 百日後に」


 再婚できる正確な日付。


「いや!だから……!なんでこいつと結婚してる前提なんだょ……」


 冗談の上に更に冗談を重ねられると、それは会話の詰みである。

 勢いのない、惰性で出た否定は虚しい。

 それに。

 寒水はこちらをじっと見つめている。仲間になりたいと言うわけではなさそうだ。


「な、なんだよ?」

「いや、そいつなんで掃除しないんかなって思ってただけ」


 寒水は僕の頭の上を見た。そこにいるのは一羽の梟。手のひらに収まるようなサイズの梟。決して絡まっているわけではない、僕のチャームポイントである、癖っ毛・猫っ毛な髪は、宛ら巣の様である。


「何言ってんだって顔してる? 」

「え、あ? うん? 何言ってるのかよく分からん」

「アッハ! 郷ちゃん正直すぎだよ、だから友達すらできないんじゃん」

「いや、お前はまじいっぺん黙れ 」

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奇奇 @inkcyr

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