第四章 エサだけ売っときゃ大丈夫なワケじゃない
第22話 小潮の時のハゼと小口にカンソイモを運び続けるわたしのアナロジー
初日の早朝に、アオイソメを八〇パックも作ったおかげで、仁海は、イソメのパック詰めのスキルが急上昇したのであった。
もっとも小売りの場合、一気に何十パックも出る事はまず無く、一度に売れるとしても、せいぜい二、三パック程度なのだが。とまれかくまれ、アオイソメを売る事に関する仁海の問題点はクリアされた分けだ。
また、二日目の対応の際に、とある客から潮見表の有無を問われたりもした。
今は紙媒体の潮見表を作っていない、と伝えた後で、よしきたっ、と思った仁海は、前夜の勉強の成果がさっそく出せると意気込んだ。
二〇二二年九月十八日の日曜日の月は下弦の月、日の出は五時二十二分、日の入は午後の五時四十一分、潮回りは〈小潮〉で、この日の潮の流れは一回だけ、干潮は午後二時四十五分、潮位は五十二センチメートル、満潮は午後七時〇九分、潮位は百三十一センチ、その差七十九センチである。
しかし、客はこう返してきたのだ。
「今は、インターネットとかで調べられるしね」
これには、仁海も残念さを覚えたのであった。
仁海の店長代理としての二日目、空は晴れてはいたのだが、天気予報が雨だったので来客は少なかった。そこで、仁海は、客の流れが凪っている時間を利用して、カンソイモを口に運びながら、釣りと満干の関連についての勉強を進める事にしたのだ。
釣果をアップさせる上で、満潮が良いのか干潮が良いのかは、狙っている魚次第で違ってくるらしい。
秋の大洗は〈ハゼ釣り〉のシーズンだ。
ということは、ハゼ釣りには、どんな潮が良いのかを、優先して勉強するべきであろう。
ハゼは、内湾(ないわん)や河口といった、川と海が入り混じる塩分濃度の薄い場所に棲んでおり、まさに、海にも川にも近い大洗での釣り向けの魚である。
ハゼは肉食なので、カニやエビ、ゴカイやイソメをエサにするので、ハゼが釣れる時期に、モエビやアオイソメがよく売れるのも納得だ。
河口に棲息しているハゼは、潮の影響を受け易い魚であるそうなので、潮見表を求める客がいるのも、なるほどである。
問題は、ハゼに適した潮が何かなのだ。
満潮と干潮によって、水の深さは変わり、ハゼの動きもまた変化するらしい。
ハゼは、潮の流れが速すぎても緩すぎても〈活性〉が下がるそうだ。
また、釣り人の観点で言うと、潮の流れが速いと仕掛けが流されてしまうので、ハゼにとっても釣り人にとっても、潮の流れは〈適度〉な場合がよい、との事であった。
「で、その〈適度〉ってどの位の事なのよ」とツッコミを入れながら、仁海は、カンソイモを口に運び続けていた。
「やっぱり、〈大潮〉の日にこそ、ハゼはまとまって釣れるみたいね」
干満の差が大きい〈大潮〉がベストの潮回りであるようだ。
「それじゃ、干潮と満潮では、どっちが良いのかしら?」
ハゼは、潮位が低くなると、川の流れが最も速い所、すなわち、流れの中心たる〈流心〉や、水の深い場所へと移動する傾向があるそうだ。つまり、干潮時はハゼは釣りにくくなるらしい。
これに対し、満潮時になると、ハゼは活性が上がって、エサを求めて、水深の浅い所、岸近くにまで寄って来るので、岸辺で仕掛けをポンと落とすだけで、ハゼは容易に釣れる、との事であった。
そして、満潮前後の時間帯の次に、ハゼが釣れ易いのが、潮位が底になっている干潮の時間から、満潮へと向かってゆく〈上げ潮〉の時間帯だそうだ。
それは、流心や水の深い所にいたハゼが、浅い場所を意識して徐々に岸に近寄って来るかららしい。
この逆に、潮が満潮時のピークを過ぎて、〈下げ潮〉になってしばらく経つと、岸辺にいたハゼの活性が下がって、川の深い場所に移動してゆくので、ハゼは釣れ難くなる、との事であった。
なるほど、ね。
とゆう事は、今日や明日は、一日に一回しか干満がなくって、しかも、長潮の前の小潮で、日の出前が干潮、日の入後が満潮、昼の間は上げ潮になる分けだから、ハゼの釣り時は昼の間ずっとって事になるのかしら?
ちょっと分かんないわね。
仁海が、さらにハゼ釣りの勉強を進めてゆくと、〈小潮〉の日のハゼ釣りについての記述を見付けた。
なるっ、そおゆう事か。
今日は下弦の月で、潮回りは小潮なので、潮位の差は小さい。だから当然、潮の流れは速くはない。
そして、小潮や長潮の時には、ハゼもまた、潮の変化の影響を受けにくいらしい。
かくして、この時のハゼの活性は高くも低くもない状態が続く。
この場合には、大きいハゼが釣れたり、一気に沢山釣れたりするような事はないのだが、その代わりに、長い時間に渡ってハぜは釣れ続ける傾向にある、との事であった。
喩えてみると、お腹が空いているわけでも、かといって、お腹がいっぱいって分けでもなく、一日中、お菓子をパクパク食べ続けちゃうって感じに近いのかな。
あれっ!
そんな風に考えながら、仁海は、カンソイモ、すなわち、干し芋を持った手を思わず止めてしまった。
小潮の時のハゼって、なんか、日がな一日、カンソイモを、この小さい口に運び続けている今のわたしみたいじゃん。
仁海が硬いカンソイモに齧り付いたまさにその時、来客を告げるピンポンの音がその耳に届いて来たのであった。
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