第13話 シティ・オブ・ハンニバル(4)
「軍隊って、もしかすると軍人をジョブにしろってことかい?」
スノハラが片眉を上げて訊いた。
恰好付けた態度が若干俺の癪に障った。
「……では、まずですね。ここに座ってもいいですか?」そう尋ねるや否や、オトハは返答も待たず俺の横へと座り込んできた。「軍人ジョブ。そうです。その通りなんですよ、スノ……えーっと、スノハラさんでよろしかったですか?」
「……ああ、もちろん、スノハラでいいぜ」
相変わらずスカした態度を続けながら、スノハラは頷く。
「で、そちらはハヤトさんですね。すいません。先程から、盗み聞きをさせて貰っていました」言葉とは裏腹に悪びれずそうオトハは言った。「それから推察致しますに、あなた方おふたりは、新人さんですね。それも、ダコタ・チュートリアルから初期装備のまま歩いてここまでやってこられた」
「ま、まあそうだけど……」
「そう。そうなんです――あなた方は勇敢なおふた方……期待の新人勇者さんなんです」
なぜだが、歯の浮くようなお世辞を言われているような気がするが――女の子に褒められるのはそう悪い気分ではない。
「俺たちの傷を見てそう思ったのか。まあ、正解だけどね」
台詞を終えると、スノハラはふっとまた格好をつけて鼻息を軽く出した。
「ええ、そこで、です。そんなあなた方――勇敢なおふた方にお頼みしたいことがあるのです」
オトハはにこりと笑って言う。
「で、軍人になれとはどういうことなんだ? そのまま俺とスノハラが軍に所属するという意味で受け取っていいのか?」
このクレア・ザ・ファミリアで軍人が必要な理由がよくわからない。国家間の戦争なんてもう随分と過去のことだ。ましてこの世界は永遠の命が保証されている仮想空間。戦争なんてやる意味はない。
おそらく元はVRMMOゲームだった名残りで、そのようなジョブが用意されているのだろう。となると、現実とは違い、軍人というジョブはあくまでこの世界にある何かしらのゲームに参加するための資格のようなものであるはずだ。
きっと、戦争マニアのような連中をたくさん集めた擬似戦争ゲームがこの世界のどこかで催されているに違いない。
俺が立てたこの想定からすると確かにその存在理由はなんとなくわかるが、たいして戦争関係のゲームが好きではない俺としては、いきなりこのよくわからないサーバーにあるとある軍隊に誘われても今いちピンとこない。
「ええ、そうなんです。その通りなんですよ、ハヤトさん。先ほどいきなり軍隊といってしまったので、お気にされているのかもしれません。ですが、私たちが存在する理由はあくまで街の安全のためです。この街を守るため、おふたりには是非ハンニバル小隊に入って欲しいのです」
オトハの説明によると、ハンニバル小隊というのは、リーダーのエドワードという人物を筆頭としたこのサーバーの軍隊の中でも精鋭たちが集まる部隊であるそうだ。宿舎で共同生活を送っており、そこに入れば衣食住は約束されているらしい。
彼女もその小隊の一員らしく、能力のある新人やどのジョブにも属していない浪人をリクルートすることが彼女の小隊における任務であるそうだ。
俺たちを誘った理由は、初期装備でダコタからシティ・オブ・ハンニバルへの道のりを生き残った俺たちふたりの腕であれば、その精鋭に相応する活躍ができると踏んだとのことだった。
「……? シティ・オブ・ハンニバル?」
軍隊の件はさておいて、オトハの話した中にあった予想もしない単語に、俺とスノハラは揃えて疑問の声をあげた。
「ええ、そうですよ。ハヤトさん、スノハラさん。ここはシティ・オブ・ハンニバル。かの雷光ハンニバル公にあやかって建てられたクレア・ザ・ファミリアでも有数の由緒ある街ですよ。ご存じなくこの街にいらっしゃったのですか?」
オトハはきょとんとして、俺たちに質問を返してきた。
ハンニバル? あの古典映画に出てくる高名なハンニバル・レクターのことか?
何であの食人鬼が雷光で、あいつのどこに歴史的な意義を持たせる要素があるんだ?
ということは、あの入り口付近にあった像はハンニバル・レクターをモデルにしているのか?
次々と頭の中に疑問の言葉が浮かんでくる。
でも、ハンニバルはもっとおじいさんだったような気が――いや、あれは若かりし頃の方か。
と納得したところで気を取り直し、オトハの続く話へと俺は耳を傾けた。
ちなみに、これはかなり後になってからオトハに聞いたことだが、ファーストシティはダコタ・チュートリアルから飛行船に乗らないと行けない距離にあるらしく、徒歩でそこに向かうのは自殺行為に等しいとのことだった。
ダコタ・チュートリアルから少し離れた場所から俺たちが目視した街はこの場所……シティ・オブ・ハンニバルで、周囲にはこの街以外街は存在しないらしい。
つまり全滅に近い被害を出した俺たちEXPハント団が目指した場所は初めからまったく見当外れだった、ということだ。
やれやれ。
最初から行先の間違った旅をしてしまっていたとは……先が思いやられるとはまさしくこのことかもしれない。
すべてを理解した俺は、オトハの説明が終わったその直後、図らずも大きくため息を吐くこととなった。
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