もう学園編、か。

 そうして既に次期伯爵として代理を努めているリチャードに領地を任せ、本当に学園に入る事になったトリスタン。

 そのトリスタン理事長はベアトリーチェ伯爵令嬢として入学する事に、王都から派遣された王直属の近衛兵のライリーはライリー子爵のまま。

 そも主犯の学園長ギャレットはガラテア準男爵令嬢として、ベアトリーチェの入学の準備を実に楽しそうにしている。


「お前は、その為に私の髪も」

『願掛けも兼ねてるのは本当だよ、無事に学園が機能しますようにって』

《お似合いかと》


「よし、ライリーとの体格差は互角だな」

『令嬢が拳にケガなんて目立つから止めてくれる?』

《そうですね、ラッセル家自体が粗暴者の集まりだと思われ兼ねませんし》


「ぅぐぐ」

『胃痛は若返っても治らないんだね、ほら、胃薬』


「そもお前が」

『はいはい、寸法を測ったら魔法は解いて良いから』


 化かされたまま更に化かされ混乱するトリスタンことベアトリーチェは、数ヶ月後の入学式の為の制服作りを拷問だと思いながらも、ただされるがままにするしか無かった。


 それから2ヶ月後の入学式、そこには仲良く門をくぐる3人の姿が。


「はぁ」

『柔軟性は大事だよ君』

《そうですね、良くお似合いですよ》


 その光景に心打たれたのは、辺境伯の長男マーカス・ヒルだった。

 ベアトリーチェの颯爽と歩く姿に、彼は一目惚れしてしまった。


 そしてガラテアに一目惚れしたのは、子爵家の次男ノーマン・

 ライリーには、早くも愛好会が出来兼ねない程の熱視線が集まっていた。


 だが全員中身はオッサンで、ライリーに至っては生粋の男色家、好みはトリスタンであるからこそ王は公女の近衛にと推薦したのだが、コレは王とギャレットだけの秘密である。


「もう、寮に帰りたいんだが」

『まだ入学式も始まって無いのに』

《そうヤル気が無いんでしたら報告させて頂きましょうかね、あの方に、さぞガッカリされるかと》


「ぅう」

『あまり虐めないであげておくれよ、キツい顔だけれど繊細なのは変わらないんだから』

《失礼しました》


 そうして入学式に現れたのは、代理を務める甥のリチャードが挨拶し、入学式は無事に終える事は出来た。


 次はオリエンテーション、教科書とノートと筆記用具を並んで受け取り、次は事前に受け取っている筈の通達書に従い教室に入るだけ。


 そうして出席の確認をし、クラス内での勉学の達成目標を学生自身に決めさせ、教師へ提出し、次は中庭へ。

 この午前のお茶会で初めて、自己紹介をしたければして、勉強を始めたいモノは勉強を始める事になる。


 ベアトリーチェはこの機会に見回りをしたかったのだが、ライリー目当ての女子達にガラテアと共に捕まっていた。

 いつからの知り合いなのか、どんな関係なのか、上級生達までもが色めき立って。


「全く、ココは勉学の園なのでは無かったかしら。この様な低俗な話をするだけなら、少なくとも私は巻き込まないで頂けると助かりますわ。では、所用がありますので失礼させて頂きます、ご機嫌よう」


 ご機嫌ようと言われたら、ご機嫌ようと返すしか無い。

 片田舎のしがない伯爵、まして政務に追われていた少し前のトリスタンならこんな言い回しは思い付かなかっただろう。


 だが、理事長ならば、理事長であればこそと、甥のリチャードに徹底的に貴族の言い回しを仕込まれ。

 理事長なればこそ、令嬢としての所作も公女様が間違っていたなら教えられるべきだろう、とギャレットに教え込まれていた。


 だがその実は令嬢としての訓練も同時に行われていたと気付いたのは、ほんの2ヶ月程前。


 そのお陰で甥のリチャードとは確実に仲が良くなったし、政務も意思疎通もスムーズになった。

 そこに関してはトリスタンはギャレットに感謝しているが、まだガラテアを許してはいなかった。


 そしてライリーからの視線にも未だに気付かないまま。


 ギャレットことガラテアは、まだまだ先が長いなと思いました。




 私は、何をしているんだろうか。

 確か、公女様に心置きなく健やかに勉学に励んで頂き、果ては素晴らしい方と出会いご成婚頂く為に。

 そうだ、公女様の為だ。


『その、君の名を尋ねても良いだろうか。僕はマーカス』

「ベアトリーチェですが、何か」


『尊敬するラッセル伯爵と同じ髪をしていらっしゃるので、もしご親族なら、何を専攻されるのか気になったのです』

「そうでしたか、確かにラッセル伯爵は私の遠縁です。急遽遠方からコチラへと招待され、一般教養と新設された内訓学を学ぼうかと」


『内訓学は、確か、帝王学を補佐する内助の家訓学、だっただろうか』

「はい。家、家庭や家族の内政をより良く統べる知識や技術が学べるそうなので、是非にも学んでみてくれと」


『素晴らしい、まさに女性の鏡だね、将来の夢はやはり』

「果ては優れた統治者になれれば、と。再び戦火となれば男性は出兵されるでしょうし、そうなれば一時的にでも指揮を取らねばなりませんから、無知でいては民を苦しめるだけですので、最低限は身に付けたいと思っております」


『なんて志が高いんだ、是非にも学友になって頂けないだろうか』

「ラッセル伯爵との繋がりは非常に薄く、ご縁を繋ぐ事はほぼ不可能だとしても、でしょうか」


『勿論だよ、切磋琢磨していこう』

「はい、宜しくお願い致します」


 女が学ぶ事に拒否感も無い、しかも彼は辺境伯の長男。

 公女様の婿候補の最有力かも知れないな、非常時には逃がす手段を多く持っている可能性が高い、が。

 戦争が起きれば真っ先に出なければいけないのだし、コレは微妙か。


 分からん。

 コレはギャレットの分野だな、私は見回りを続けよう。




 こうして学園内を歩き回る中、虫食いの薔薇を発見したベアトリーチェは、いつもの様に葉を千切り焼却炉へ持って行こうとした。

 それを見た上級生達は、トリスタン理事長だったら擦り寄って来ていたのだが、下級生がするとなれば別の反応を示した。


「みすぼらしい辺境の伯爵の真似をしても、理事長は暫くお休みしているから意味無いわよ」

「赤毛だからって早速媚びを売って、よっぽど爵位が低いのね、可哀想に」

「きっとあの人って、ふふふ、まぁ精々頑張ってね」


 理事長だったら彼女達の本心を聞けなかった、本音を聞けて良かった。

 後でギャレットを褒めておこう、ベアトリーチェはそう思いながら、虫食いの葉を全て焼却炉へと投げ入れ、再び見回りへと戻った。


「あのキモいオッサンと同じ赤毛なのね、可哀想」

「爵位はもう甥子さんに譲ったって聞いたし、取り入るならリチャードさんよね」

「まだ向こうの方が若いし、まだマシね」


『ガキが好みなんだって、ウチの親が言ってたんだよね』

『だからこんな所を作ったんだろ、キモっ』

『勉強にかこつけて手を出しまくってんだろ、逆に俺は羨ましいわ』


 爵位持ちの子供は概ねこんなバカばかりで、商人の子供の方がよっぽど賢かった。

 少なくとも、情報は対価無しでは一切渡さない、ある意味で非常に良い教育をされていた。


 そして問題は領民達の子、実は自分がトリスタンだとバレているのかと思う程、トリスタンへ接する時と同じ様に裏表なくベアトリーチェに接してくれた。


 学園本来の信条、親の地位はお前のモノでは無い、有ると思うな明日のお前の地位と金と土地。

 その信条通り、上級生に混ざり下級生が図書館や実技室で切磋琢磨していた。


《もし分からない事があったらいつでも聞いてね、コッチが最優先だけど、出来るだけ協力するから》

「はい、ありがとうございます」


 家政科ではアイロン掛けの実技。

 Yシャツは大人のトリスタンでも最初は悪戦苦闘したもので、教えられる様になるまでにかなりの時間が必要だった。


 懐かしいなと思いながらも、ハンカチにアイロン掛けをし、次の場所へと向かった。




 いつものトリスタンなら、今頃はそこの裏庭の。


『ちょっ、どうしたのベアトリーチェ』

「こんなにも、こんな学園では、迎え入れる事など」


『あぁ、胃薬を飲んでベアトリーチェ。大丈夫、もっと良くしていこう』

「私には、もう、どうしたら良いか」


『痛みは思考を鈍らせるんだよ、大丈夫、良くする108つの方法はもう既に考えてあるから、安心して』

「君は、また、知っていたのかコレを」


『少し、ただ予想より酷い状態だなとは驚いてる。もしかしたら彼女の入学を先延ばしにする必要があるかもね』

「何なら永遠に来ないで欲しいんだが」


『それは無理だよ、とても楽しみにしてるんだもの』


「ぅう」

『あぁ、落ち着いてトリス、深呼吸だよ』


 私が医学を目指す切っ掛けの1つ、トリスタンの胃痛。

 強面なのに真面目で神経質、領民の為には他の領主に嫌われても良いと思った政策は実行する。


 彼が最も恐れる事は、領民の数が減る事、又はそれに繋がる事。

 今回のコレは、領民が減る可能性が有る程にココが酷いと言う事になる。


「どうにかしないと、なんとかせねば」

『先ずは何処からだと思う』


「親、だろうな」

『トリスタンを妬む領主の子供も受け入れるからだよ、だから反対したのに』


「子供に罪は、ぅう」

『全寮制にしても、休みには戻って戻ってしまう、イタチごっこだ』


「だとしてもだ、下劣過ぎるだろう」

『そう、なら品行方正を学生が監視するのはどうだろうか』


「学生が、か」

『教師や大人の前では当然良い子ぶる、なら学生の前なら。それを注意して回る、最悪はペナルティを科せる権利を有する自警団的存在』


「あぁ、だが未だに廃止された旧階級制度にすがり、農民からの意見は聞かない者も」

『だからだよ、それを時代遅れでダサいと思わせる所から始めるんだ。いきなり規則とペナルティだけを掲示しても影で言うだけで終わりだろう?だからこそ明日から周知させる』


「ほう」

『ガラテアの親が明日から侯爵に任命されるから、そこから影響力を示して行こうと思う。大臣職の娘はまだ居ないからね』


 私や他の転生者、転移者によって十数年前にこの国では爵位の使い方が変わった。

 大公は王族だけが使えて、公爵は王族の外縁者限定。

 侯爵は大臣職、辺境伯は州を治める領主、伯爵は1地域や地区を治める領主。


 職業に関わらず功績や納税が飛びぬけた者は勲功爵、騎士職の場合は士爵、双方を騎士爵と呼ばれ。

 準男爵から子爵までは商人や職人や騎士がなれる、それ以上は領民が選出した領主がなれる位に過ぎない。


 これはあくまでも区別に過ぎないのに、歴史は定期的にカースト制度へと変化し、それを私達外部の人間が修正する。

 このイタチごっこも、本当は終わりにしたいのだけれど。


「それだとお前が大変だろう」

『いや、君は嫌かも知れないけれど、君は取り巻きとして私と共に世直しするんだよ』


「私もか、そうか」

『そう短期で終わる事でも無いし、大変だとは思うけど』


「いや、果ては領民の為だ。よし、うん、胃痛も治まった、すまないなギャ、ガラテア」

『ううん、私の方こそ、荒治療みたいな事をしてごめんね』


「いや、こうしなければ気付けなかった、感謝する」

『いえいえ、さ、もう寮に戻ろう』

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