第7話 プロローグ / 薔薇の王国編(5)


 理志がやっとのことでましろに合流できたのは、晩餐会が始まってからだった。どうもフューネ王とエレリーナの兄妹は理志を気に入ったようでそばに置きたがったのである。おそらくはハウウェルの言葉も理志をそばに置きたがる理由に含まれているのだろう。理志がましろの様子をうかがうと、ましろは端のほうの席で向かいの席に座っている他国の服に着替えた桜と話すくらいだ。まぁ、ハウウェルは世話を焼きたがっているようだが。教師である央蓮おうれんはじっとまわりの様子をうかがっているし、一緒に来たほかの生徒もおなじように王族と話したり、目の前に運ばれてくる食事に舌鼓をうっていた。

 そうこうしているうちに、王たちの話題は『剣人クシウス』の闘技大会の話にかわっていく。そこではじめて央蓮おうれんが口を開いた。


「闘技大会、ですか」

「ああ、冬に行うものでな。国ごとで競うのだ」


 央蓮おうれんの問いかけに答えたのは『蓮の皇国リイエン』の皇帝に当たる人物だ。


「『鞘人コリウス』が『剣人クシウス』を一人選んで戦い抜く。『剣人クシウス』の強さは『鞘人コリウス』の強さに比例するともいわれておるからな。動けなくなるか、折れれば負けよ」

「先ほどの話を伺うに、『剣人クシウス』は剣が折れてしまえば死ぬということでは?」

「ああ、しぬ。だが、『剣人クシウス』にとって、闘技会にでることは大変名誉なことだ」


 『蓮の皇国リイエン』の皇帝の付き人がそう告げる。央蓮おうれんは口を真一文字に結んだ。何か言葉を探しているらしい。おそらく、それはいかがなものかといいたいのだろう。ましろも眉尻をさげた。元は忠義を図るものであったともいわれているが、ましろ――アンナが存命中は先々代の王により残酷だとなくされていたものだ。それはいけない。理志も聞いていてあまりよい話ではないのか、少し顔をしかめている。ただ桜だけが、何も表情を出さなかった。それが進行しないと起こらないイベントがあるため、桜には止めることができない――闘技会がないと、各国にとって余計に悪い事態イベントが起きかねないからだ。央蓮おうれんたちのためには多少のモブキャラクターの犠牲には目をつぶるしかなかった。

 


「そうだ、『聖人』達はみな『鞘人コリウス』だという」


 フューネ王はそういって赤色の酒を傾けた。薔薇の香りがするその酒は、ロドンの田舎で造る酒である。酔いが回ったフューネ王はからからと笑った。


「聖人たちを参加させてみてはどうか」


 フューネ王の言葉に、面白がった国王たちが賛同していく。『蓮の皇国リイエン』の皇帝はただその様子を見守る。生徒たちの安全を考えて央蓮おうれんが止めようとすると、それを小声で制した。


「闘技会では『鞘人コリウス』がどうにかなることはない。無茶をせん限りはな」

「しかし」

「おぬしはなかなか見る目がある。しかし、反論はするな。『薔薇の王国ロドン』の王にたてつけば戦になりかねん。それこそ、お主とともに来た聖人たちは戦に巻き込まれて死ぬぞ」


 その言葉を聞いて央蓮おうれんは口をつぐむ。利口な男だな、と呟いて、『蓮の王国リイエン』の皇帝はフューネ王に向かって声をかけた。


「しかし、フューネ王よ。どちらの聖人を参加させるのだ」

「そうだなぁ。どちらも、はどうだ」


 フューネ王は酒をあおった。


「どうせ、『剣人クシウス』など捨て棄くほどいる」

「それもそうだな」


 フューネ王の言葉にカラカラと周りが笑う様子は滑稽である。

 ましろは交わされる会話をきいて、信じられないものを見ているかのように周りを見た。


 ――この人達は何を言っているのだろう。


 ましろは信じられなかった。『剣人クシウス』も普通の人や『鞘人コリウス』とおなじような存在のはずなのに。どうしてそんなことになっているのか。

 今にも泣きそうな顔をしているましろに、理志は隣にいれないことを悔やむ。ここはヒーローたちがどうにかするのだろうとおもっていたが、何もする気配はない。飛び交う言葉に、ついに、ましろがほろりと涙を流した。ぽろぽろとこぼれる涙に、桜は『薔薇の王国ロドン』編の始まりを理解する。


「あら、どうして泣くの?」


 エレリーナの問いかけに、周りの視線がましろにむいた。


「どうしてそのようなことをおっしゃるのですか。その方たちも私たちと同じように生きているのでしょう?」


 ましろの問いかけに王たちは笑った。エレリーナや一部の家臣たちもだ。


「もう一人の聖人よ、『剣人クシウス』は決して我々と同じではない」

「あれらは剣が折れない限り死ぬことがない化け物よ」

「兵となれば国のために働くだけましだがな。誓いという首輪がなければ野蛮な生き物だ」


 カラカラと笑う周りに、ましろは唇をかみしめた。


「そこまで泣くのなら、どれだけ野蛮な者たちかわからせてやろう。ルジェ、もう一人の聖人様を黒薔薇の屋敷にお連れしろ。部屋もそこでよいだろう」


 フューネ王の言葉に、また笑い声がきこえる。あの死にぞこないの集団に? けらけら。げらげら。佇んでいたルジェは「しかし」と反論しかけた。


「あの近くは黒き茨も」

「聖人ならばどうにかできよう。それとも何か。反論するか?」

「……いいえ」


 そう首を左右に振ったルジェに、理志は勢いよく手をあげた。空気など読んでいられなかった。ここでましろとはぐれてしまえば、理志がこの世界にきた意味などなくなるからである。


「フューネ王、俺も行きたいです!」

「ふむ? リシよ、なぜだ」

「この国で役に立つには、いろいろ知ったほうがいいでしょう?」


 理志の言葉に、おお、と王たちは感心したように声を上げる。お前はなんとこの国思いなのかと、 フューネ王は満足げにうなずいた。


「だが、護衛はつけよう。近日中に護衛の選別を行う。お主はそれまで城に――」

「護衛なら、先ほど俺の部屋にいた同い年くらいの人がいいです!」

「ふむ? 誰だ?」

「箱庭出身のイオリです。確かに腕は立ちますが……」


 ルジェがそう言えば、フューネ王は少し考えた。桜もまた、あちゃあと内心頭をかかえる。イオリという人物はスピンオフの主人公になるほどの人物である。そして、『薔薇の王国ロドン』では特殊な位置にいる人物だ。


「まだ他の者と会えていないからそれを選ぶのかもしれないな」

「明日にでも腕利きを集めましょう。闘技会で負けるのはお嫌いでしょうから」


 ルジェの言葉にフューネ王はからからと笑った。それもそうだ、と。理志はそうじゃないんだよ、と内心毒づいてみせる。しかし、反対したところでおそらくそれは叶いそうにない。ただ、ハウウェルが面白いものを見るように少し笑みを浮かべた。



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