第2話 プロローグ / 現実編(1)
この幼馴染みはまるでどこぞのおとぎ話やアニメ映画のお姫様のような存在である。
というか、どこかのご令嬢みたいでもある。一般家庭であるといいはってはいるが、この幼馴染みにしろ、仕事で家を空けている幼馴染みの父親にしろ、何かオーラが違って見えるのだ。
――推しだ、どうあがいても推しである。
日本人特有の黒髪は古くから伝わる言い方で言えば黒檀のように美しく、大きな目から除くのはまるで晴れ渡った空のような青い瞳だ。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花とは幼馴染みのために存在する言葉のようなきがしてくる。そんな美少女だ。
そして、その外見は理志が好んでいたゲームの登場人物にそっくりだった。正しくは理志の姉であった存在が好んだゲームの中に登場する、理志の推しであった
というよりは、理志の考察によれば、おそらくは『推し』本人で間違いないのだろう。名前も一緒であるし、外見も現実にいたらこんな感じなのだろうという予想ができるくらいには酷似している。
そして、極めつけは理志が聞いた話だ。むかし、理志とましろがまだ小学生のころの話だ。理志は厨二病として許されると思いこそっとましろにこんな話をしたことがある。
理志には大人であった記憶がある。正確には大人からはまだ子ども扱いされ、子供からは大人扱いされるそんな年頃だった記憶だ。事故だったのか、病気だったのかは記憶にはないが、とりあえず自分はそれくらいの年で死んだ記憶があったのだ。それをましろに話せば、ましろは驚いたように目をぱちぱちと瞬き、微笑んだのである。
――私にも死んだ記憶がある、と。
その話の内容がゲームの中で推しが語る内容と一言一句同じだった。理志が当然のようにましろのセリフを覚えていることに対し、『昔』の姉からはきもいだのなんだのと言われることがあったが、覚えていることをこれほど感謝したことはなかった。それがなければ今の自分の状態を把握できなかったからだ。
そうして、理志は『推し』である『ましろ』と幼馴染みとして、時に同性たちから羨ましがられたり妬まれたりしながら暮らしてきたのだ。
「理志くん?」
黙り込んでいた理志を見て、ましろは眉尻を下げてそう尋ねる。理志は首を振った。
「なんでもない」
「そう? 最近何か心配そうだよ」
ましろはそういって理志を見つめる。理志は何とも言えない気持ちになる。理志の心配事はこの幼馴染みの安否のことだ。
もうすぐすれば、この幼馴染みは前世にいた場所に召喚されてしまう。
当たり前だ。彼女はいわゆる乙女ゲームの主人公に値する人物で、召喚されないと物語が進まないのだ。理志は自分が物語の序盤に登場するモブAくらいの立ち位置なのだろうとおもっている。導入に使われるための、物語では語られることのない現実世界にいる人物だ。
召喚されたが最後、多くのルートで再会は果たされない。そして、なによりも気がかりなのはその
いや、この表現だとファンに殺されてしまう。頭の中にいる姉が怒り狂う姿を思い出して、理志は苦笑いした。メリーバッドエンドが多すぎるのだ。当人が死ぬエンドもあるし、当人がヒーローを殺すエンドもある。はたまた虐殺エンドもあれば、追放エンドもある。一番ましなので元の世界に戻るルートだろうか。悪役令嬢ではなく、正ヒロインのはずなのにどうしてこんな目に遭うのか。そう姉に問いかけたとき、姉が「脚本家の趣味でしょ」と告げられた記憶もある。
各ルートの相手は幸せだろうが、当人はきっと幸せにはならないのだ。
この心優しい幼馴染みは、きっと幸せになれない。
理志はそう思いながら机に片肘をつく。そうして、ましろを見た。
「ましろがさー、どうやったら幸せになるか考えてんの」
「どうして? 今幸せだよ」
「うーん、それならいいけど、そういうことでもない」
理志はそういってから庭に目を向けた。手入れをされた庭の中、薔薇のつぼみが膨らんで来ている。真っ白な薔薇はあの世界において禁忌の薔薇だ。父親が薔薇ブリーダーであるだけあってか、同じ住宅街の中にあるのにこの家だけは違う世界にも思えてくる。これで海が見えればあの飛行艇乗りの映画にでてくる女主人の美しい庭にも思えた。忙しい父親に変わり、ましろが手入れをしている庭である。ましろがいなくなってしまえば、荒れ放題になってしまうだろう。
不意にクスクスと笑う声がして、理志はましろを見た。ましろはおかしそうにクスクスと笑うだけである。
「へんな理志くん」
「お前なぁ、人がせっかくお前の幸せを考えてるのに」
「だから変だよ。理志君がそういう時って、必ず何かあるけれど、何かあるの?」
ましろの問いかけに理志は目を泳がせた。いってもいいことなのか、悪いことなのかわかりかねるのだ。占いのような、予言のような不確かなものである。
「もうちょっと整理できたら教える」
理志はそういって紅茶を飲む。ましろはこう言ってしまえば詳しく聞くことは決してない。理志が伝えるまで待ってくれるのだ。また逃げてしまった。理志はそう思いながら自分に幻滅する。
今日もあいかわらず、この幼馴染みがどうすれば幸せになるのかなんて、理志にはわからないままだ。
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