第35話
「シエラさん、そろそろ起きてるかな……」
今日は遠征から帰って来て初めての休養日。
俺のボックス席もできた事だし、正確にはすでにできていたんだけど、シエラさんに早速報告に行こうと思ったわけだ。
ほら、以前シエラさんたちを含めた組合員さんに食事だけでも来てもらえるように提案していたからね。
準備ができたのでいつでも来てくださいってね。
身体や精神的に負担が大きい娼婦さんだからさ、食事やお茶をする感覚で気軽に来てもらえさえすれば俺のケアスキルで体調を整えてあげれると思っての提案なんだよね。
もちろん恩着せがましくするつもりはないよ。
奥を利用してもらわなくても俺は売り上げに繋がるし、というか来てくれないと売り上げがかなり厳しいと思うし、ケアスキルの鍛錬にもなるから……あれ、俺の方がメリットが大きくない?
そんな事を考えながら、シエラさんの娼館に向かう準備をしていた。
シエラさんの娼館まで数百メートルしか離れていないから徒歩でも余裕で行けるからね。
午前中(お昼まで)は子どもたちと遊び、昼食を一緒に食べてから用事があると言ってお別れしたけど、子どもたちはまだ俺の敷地内で遊んでいる様子。
見つからないように行かないと着いて来そうな子が何人かいるからすごく慎重になる。
「ゴロー、出かけるのか?」
「はい。シエラさんのところにちょっと……シゲさん、さすがに今の時間なら起きていますよね?」
「ふむ。いつもなら起きている時間だと思うが、ちと待っておれ」
「あ、そこまでしなくても……」
俺が断る間もなく、シゲさんは管理室に戻って行った。
「シゲさーん、休んでいるところを起こしてしまったら申し訳ないじゃないですよ……」
そう呟いたところでシゲさんはもういないんだけどね。
——やめといた方がよかったかな……
ボーっと突っ立っているとちょっとずつ不安が押し寄せてくるが、
「ゴロー、連絡ついたぞ」
意外と早くシゲさんが戻ってきた。
「という事は、よかった。シエラさん起きていたんですね」
「いや、寝ておったぞ」
「ぶっ! シゲさーん」
起こしたって事だよね? それって大丈夫なのか?
「大丈夫じゃて。ゴローが用があるみたいじゃと伝えたら、機嫌が直っていたからの」
「いやいや」
それはないでしょう。っていうか、やっぱり休んでいるところを起こされて機嫌が悪かったって事なんじゃないの? 怖くて聞けないけど。
——さすがに今回は俺も娼館を利用して帰った方がいいのかもしれないな……
そう思うのは、今から提案する事もやっぱり俺のメリットが大きいと思うし、それに、シエラさんだけじゃなく何人かの娼婦さんは、休養日にわざわざ来館してくれて俺を指名してくれたからね。
でも、誰かを指名すると角が立ちそうだから指名はできないか……
「あ〜なんか緊張してきた……」
出かける際、シゲさんから手土産(菓子折り)を待たされた。
これはたぶんだけど、謝罪のためのものだと思うんだよね。
だから尚更、シエラさんの娼館に近づくにつれ緊張感が高まるのだ。
——そうだ。こんな時こそ……
この時間だと快楽街はまだ静か。人の通りも少ない。
「アイス」
俺は靴の裏にアイススキルを使った。
「よっと、と、と……おお」
まだうまく滑る事ができないので、何でも真似してやりたがる子どもたちには見せる事ができないけど、次の遊びにと、俺はアイススキルを使ってアイススケートのような真似事をしていた。
靴底にうまくアイススキルを使わないと滑る以前に氷の冷たさで両足が大変なことになるんだけど、その辺りは何度も使っている内にすぐに慣れた。
「おわっ! いてっ」
緊張した身体をほぐそうとアイススキルを使ったけど、俺はすぐにこけた。
「いてて、うわ」
転んだ拍子に膝が擦りむけ、手土産(菓子折り)の箱も潰れてしまった。
ま、ケガはケアスキルで、箱の凹みはリペアで直るんだけどね。
「何やってるんだろ」
こけるのは当たり前だった。俺の敷地内ではわざわざロックスキルで平坦地を作ってから滑っていた。
それでもアイススキルで滑るのは難しくてうまく滑れていなかったのだ。
舗装なんてされていない快楽街の通りは凸凹は普通にあるし、小石なんかも落ちている。そう簡単に滑れるわけないのだ。
でもケガの功名というか、痛い思いをしたからか、何気に緊張がほぐれていたので良しと思うことにした。
「ゴローさん、お待ちしておりやした」
シエラさんの娼館に着くと、バジスさんと数名の黒服さんが出迎えてくれた。
「あ、バジスさん、みなさんもお疲れ様です。こんな時間に来てすみません」
顔見知りじゃなければびっくりするほどの強面たち。慣れてしまうとそうでもない。それどころか、色々とお世話になっているから親しみすらある。
「ささ、あね……ごほん……お待ちです。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
バジスさんたちがトビラを開けてくれたけど彼らは中には入らないみたい。なので、俺は彼らの前を通り抜け建物の中に入った。
「ゴローさん、お待ちしておりました」
中に入ってすぐに俺はシエラさんに出迎えられた。
「!? し、シエラさん」
なるほど。シエラさんがすぐ近くにいたから彼らは中に入る必要がなかったのだ。
「え、あ、今日は突然お邪魔してすみません」
反射的に頭を下げてしまったけど、シエラさんの格好は、遠征中の就寝時に何度か見た事があり、その都度、目のやり場に困った薄着姿だった。
「あ、あの、その格好……まだ休まれていたのですよね? 俺、日を改めてまた……」
「ゴローさん、立ち話も何ですから奥へどうぞ」
と言いつつ俺の腕を引くシエラさん。いつの間にか腕を掴まれていた事にも驚くが、シエラさんって何気に力がつよ……
「ゴローさん」
「は、はい。じゃあ、ちょっとだけ失礼します」
————
——
「ゴローさん、ありがとうございます」
シゲさんからの手土産を手渡した後に俺はボックス席の事をシエラさんに伝えた。
「組合員には私の方から伝えておきますね」
快楽街にあるほぼすべての娼館(カエデさんや、マキナさんたちの娼館の人たちなど)の人たちが組合員となっている。
懸念としては来館された時に他の組合員さんと被ってしまう事だが、そこはシエラさん(組合員さん)たちの方でうまく調整してくれるとのことだった。
「あ、あの……」
そこまで話をしている間にも、俺は何度もお茶を飲み干している。
すぐにシエラさんがお茶を注いでくれるからなんだけど、そろそろ俺のお腹は限界に近い。
なぜこんな状態でもまだお茶を飲み続けているのかというと、いつものお礼に今日は娼館を利用して帰ります、との一言がなかなか口に出せないでいるからだ。
——やばい、やばい。
この状態がまずい事は俺もよく分かっている。シエラさんだった用が済んだら早く帰れと思っている事だろう。
「館長おはようございます」
「館長おはよう」
「館長おは……あれ? ゴローさん?」
さらにまずい事に娼婦さんたちが次々と起きてきたのだ。
——も、もう無理だ。また今度にしよう……
俺がそう思った時だった。
「ゴローさん、どうしたんですか。もしかして私をご指名とか?」
シエラさんの娼館にいるほとんどの娼婦さんにはケアスキルを使っているので顔見知りが多い。
「えー、わたしにしときなよ」
「ゴローさん、今わたしの事見てたよね? しょうがないな」
顔見知りの娼婦さんたちがそんな事を言ってからかってくる。が、みんなのおかげで場の雰囲気が明るくなっている。これはチャンスだと思った。
「あはは、やっぱり分かりました? 実は今日は娼館を利用したいと思っていたけど初めて利用するから誰を指名したらいいか分からなくて……」
「へぇ〜じゃあ、私にしなよ」
「私だよ」
「わたしだって」
「わたし……ひぃ」
「はいはい。ゴローさんは私に用があってみえているのですからね。遊んでいないで貴女たちは開店の準備をしてくださいね」
「「「「は、はい〜」」」」
でも、シエラさんの一声でみんなは持ち場に戻り、明るくなっていた雰囲気もどこかにいってしまった。もう無理。今日は帰ろう。
「ゴローさん。早く言ってくださればよかったのに。
あ、言っておきますが私はお客をとっていませんのでお相手するのはゴローさんだけですからね」
「え? いや、ええ?」
訳が分からない内に、俺はシエラさんを指名した事になっており、気づけばシエラさんの寝室に……
——こ、これがプロ……
気持ち良すぎてサイコーだと思ったのははじめだけでスイッチの入ったシエラさんは凄かった。干からびるかと思ったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます