第32話

「ゴローよかったのか?」


「はい。大丈夫ですよ」


 シエラさんの長屋で過ごしていた先生は今、砦の方に住まいを移している。


 早い話が、先生は王国騎士団預かりとなり簡単には会うことができなくなってしまったのだ。


 元々親しい仲ではなかったけど、ここ数日は体調の変化がないか毎日のように顔を合わせていたから、寂しいと言えば寂しか、な? ちょっとよく分からなくなってるかも……


 対面する時はニャコ様のお面をつけていたし、事務的に体調のことを尋ねるだけだったからね。


 元の世界の事を思い出して懐かしくもあったけど、身バレする方が怖かった。


 異世界で元の世界の倫理観を持ち出すのもアレだけど、やっぱり教職者に男娼の俺が近づくのは抵抗があるというか……

 まったく知らない仲だったら気にしなかったかもだけど、中途半端に顔見知りだから気まずいというか……

 ましてや、彼女には生徒たちもいるしね。


 不思議なのが、生徒の事を心配してはいるものの、特別焦ってはいなかったんだよね。


 魔法やスキルがある世界だから、連絡をとれる何らかの手段があるのかな? マホマホ王国にも戻りたくなさそうだったし……


「その先生とやらは今日から騎士団の手伝いをしとるらしいぞ」


「そうなんですか? 俺はてっきり……」


 ——平気そうに見えても、生徒が心配で急いでマホマホ王国に戻ると思っていたんだけどな……


「てっきり、何じゃ?」


「あー、いえ、先生には生徒……えっと彼女を慕う仲間がいますので、すぐにでもマホマホ王国に戻るんじゃないかと思ってましたから」


「なるほどの。理由はあれどホクホク王国側からすれば彼女は不法入国者だからの、扱いは慎重になるのではないかの。まあ、ワシの知るところではないが」


「え、それって大丈夫なんですか?」


 たしかに。あんな姿(人型の黒いモゾモゾ)だったから普通に入国したとは思えないもんな。


「ワシには分からんが、彼女は召喚されし者なのじゃろ? 王国騎士団の手伝いをしている現状を考えると悪いようにはなっておらんと思うがの」


「そう、ですよね。俺も診察で何度か足を運びましたけど、普通に過ごしていましたし、犯罪者扱いならすぐにでも牢屋に入れられて外出させてもらえないでしょうからね。

 でも、そうなると、しばらくはニャコ様のお面が手放せないか……」


 ——出会い頭にバッタリとか嫌だもんな。


「なかなかの器量良しじゃと思ったのじゃが、そんなに顔を合わせたくなかったのじゃな。

 ワシはてっきり一緒に着いて行きたいとか言い出すのではないかと思っておったが」


「いや〜、それは色々と(奴隷だし買い戻すための金額もバカ高いから)できないですし……仮にできたとしても、しようとも思いませんよ」


「ふむ、そうかそうか。ワシもじゃがみんな(組合員や常連)は安心するの……」


「安心?」


「みんなゴローがいると安心するのじゃよ。それよりもそろそろ開店時間じゃな、今日もよろしく頼むぞ」


「え、はい、もちろんです。雑用なら任せてください」


 未だにお世辞とそうでない時との聞き分けはつかないけど、うれしい言葉をもらうとうれしくなる単純な俺であった。


———

——


「ゴロー、ここでの活動も明日までかもしれんぞ」


「そうなんですか?」


「だな。ゴローの水と今日から参加したアヤノのおかけでかなり効率的に動けたんだとさ」


 基本的に仕事の話をしないレイラさんとアンナさんだけど、今日はとても機嫌がよいのか、来店してからずっと笑顔で飲んだり食べたりしている。


 少しペースが早い気もするが、機嫌がいい2人を見ていると俺までうれしくなるよ。

 

「アヤノには黒い何かを見る力があってな、そこにゴローの水をかければ本当に空気が澄んだように……」


「レイラさん待って待って。そういう話はしない方がいいんじゃないんですか? アンナさんもそう思うでしょ?」


 俺は周囲に目をやり彼女たちに視線を戻す。まあ、いつもの常連さん(他の男娼さんが目当て)しかいないんだけどね。


「あ〜大丈夫大丈夫。飲んではいるが、これでも、その辺りのことは気をつけて話しているんだぜ。

 それに、仮に今の話が聞こえていたとしても、ここにいるヤツらはみんな今回の作戦に参加しているヤツらばかりだ、心配ない」


「そうなんですか?」


 アンナさんがそのあたりの事を話してくれたけど、アンナさんもかなり酔ってるっぽいからいまいち安心できない。


 ほら、レイラさんとアンナさんは冒険者であって王国騎士団ではないからさ。


 ここに王国騎士団または王国兵士と繋がりのある人がいたらと思うと心配でならなんだよな。


「ゴロー、ホントに大丈夫だぞ」


「レイラさんが言うなら……」


「ゴローてめぇ、あたいの事信用してなかったな。ちょっとこっち来な」


「ええ……いや、だって2人が心配だから」


「いいからこっち来な」


「アンナさん勘弁してください。他意はないんですって」


「ダメだ。ほらはやくしろ」


 仕方なく、出来上がったばかりのおつまみを片手に、不機嫌そうな顔をしているアンナさんの前に。


「おーし、いい子だっ」


「ちょ、ちょっとアンナさん。唐揚げが溢れますって」


 本気で怒っている訳じゃないと思っていたけど、まさかの、アンナさんから力いっぱいの抱擁。色々と柔らかいからご褒美でしかなかったけど。


 そんな時だった。


「1名様ご来店でやーす」


 黒服さんの声に反射的にお店の入り口あたりに目を向ける。


 仮店舗であるここの男娼館は、ある程度の時間になると人の出入りは落ち着き、来店してくる客はほとんどいない。


 不思議に思いつつもお店に入ってくるお客様に目を向けていると、


 ——え!?


 入ってきた人物を見て俺は驚いた。


 それと同時に、素早く身を低くしてカウンター裏まで逃げるように走ると、ニャコ様のお面を慌てて被ったよ。


「ゴロー突然どうした?」


「だなニャコ様のお面とか、あ〜ははん、さてはあたいたちに可愛がってほしいんだな。いいぜ、こっちに来な」


 俺の行動を見て笑っていたレイラさんとアンナさんだけど、しかし、次の瞬間には


「あ、よかった〜。レイラさんとアンナさんはここにいたんですね」


「え? 「へ? アヤノ」」


 そう、先生がこっちの方を見ていたよ。動揺を隠しきれていない2人。っていうか2人とも先生と面識があったんだね。


「探しましたよ〜」


 レイラさんとアンナさんの姿を見つけたらしい先生が、うれしそうにしながらこちらにに近づいてくる。


「ご、ゴローちょっとだけ失礼するぞ」


「ちょっとだけ待っててくれな」


 しかし、それ以上にすごい速さで先生の手を取った彼女たちは、そのまま先生を連れてお店の外に出ていってしまった。


「レイラさん? アンナさん?」


 ——今日はお帰りかな……


 てっきり先生を連れて帰ったものだと思っていたけど、しばらくしてから戻ってきた2人はすごく疲れたような顔をしていたので、ケアすかさずかけておく。ついでに先生も……


「ゴローさんって言うんですね。その節はお世話になりました」


「いえいえ。代金はいただいておりしましたので、お気になさらず」


 そして、なぜか先生も加わり飲んだり食べたり。もちろん、俺はニャコ様のお面をつけたままだ。


 先生がここに来た理由は、レイラさんとアンナさんのお肌の綺麗な理由がここにあると聞いたからだそうな。


「ここには乳液や化粧水もないのに、その肌ツヤは正直うらやましいですからね」


「ふふふ」


「まあな」


 飲んで食べて俺とえちえちをしているからだとレイラさんとアンナさんは自慢していたらしいけど、どうやら、彼女たちの会話からも、俺がケアをしている事は敢えて伏せてくれているようだ。


「そうなんですか。えちえちですか〜実はこういうところに来たのは初めてでして、ちょっと興味もあったんですよ。えへへ」


 キョロキョロと店内を見渡しグビッとコップに入ったお酒を勢いよく飲み干す先生。


「おかわりいいれすか?」


「はい、よろこんで」


 それからなぜネコのお面をつけているのか、とかいつも何人くらい相手してるのか、とか、笑いながら色々と質問攻めにあうが、


「アヤノさん、お酒はそろそろやめた方がいいかと……」


「やらな〜ごりょーしゃん。らいじょうぶ、らいじょうぶ」


 先生はほぼ泥酔状態。ケアスキルを使えば1発で酔いを覚ますことができるんだけど、レイラさんとアンナさんが酔いたい気分なのだろうと言うものだから使うに使えなかった。


 俺もすぐにピンときた。知り合いもいないこんな砦に来て、先生も不安なのだろうと。その不安な気持ちを消したくて飲みたくなっているとね。


 レイラさんの話どおりなら、明日か明後日には、ここを離れることになるだろうから、深酒できるのも今日くらいだよな。

 

 そんな事を考えたら今くらいは好きに酔わせていてもいいかな、なんて思ってしまった。


 だが、そう思ったのが間違いだった。


「ゴローそろそろ奥に行くぞ」


「だな。よし、行こうぜ」


「ほぇ? なんれす? おく? じゅるぃ、あたしだけにゃかまはじゅれしらいの。あたしもいく〜」


 3人で奥に行くとか、ありえないでしょう。レイラさんとアンナさんもいつもより酔っているのか、奥に行くことしか考えていなしい、先生もふらふらしながついてくる。


「う、ウソだ〜」


 やっちゃった。やっちゃったよ俺。先生は初めてっぽかった。なのに何で交ざってくるのさ。

 レイラさんとアンナさんの相手はもげそうになるほど大変なのだ。

 でも満足はしてもらいたい。もうね、気持ちだけで頑張っているのさ、だから頭なんて働いてなくて、気づけば先生が交ざっていたんだよ。


「すまん。夢中になりすぎてしまった」


「あたいもだ。まあ……アヤノの事は任せておきな」


 いつもの全力ケアはもちろん、先生にはえちえちする前まで(初めてを)元に戻しておいたよ。


 先生が途中から眠ってくれて(失神したともいう)よかった。

 泥酔して初めてを失うとか絶対ショックを受けると思ったからね。


「今日もありがとうございました。アンナさん、先生の事、あとはよろしくお願いします」


「あいよ」


「ゴローまた来る」


 レイラさんと、アンナさんに背負われた先生の背中を見送った後、えちえち中にお面を外していたことに気づいたが、


「先生は寝ていたし、ま、いっか」


 それからいつものようにえちえちの余韻に浸りながら雑務をこなしていたら、よほど見てられないような顔をしていたのだろうか?


 鼻の下が伸びてるとハンゾーさんから呆れられてしまったよ。

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