刹那には通用しないらしい

(まさかこんなことになるとは……)


 組合から出てすぐに俺は声を掛けられた。

 その相手はまさかの刹那の母親ということで、俺はかなり驚いたのだが……そこから流れに流れて初めて刹那と待ち合わせをした喫茶店に訪れていた。


「お金は出すわ。だから何でも頼んでちょうだい」

「……うっす」


 刹那の母――鏡花さんが俺にメニューを渡しながらそう言った。

 俺は適当に頼もうかなと思いつつも、遠慮は必要ないからと謎の圧をかけられてしまい紅茶とお高いパフェを頼んでしまった。


「中々良いのを頼むじゃない。一人で食べられる?」

「大丈夫ですよ……高いのご馳走になります!」

「ふふっ、面白い子ねぇ」


 遠慮なくって言われたからな……というかこのパフェの値段、三千円超えてるんだけど流石に生意気すぎたかなとは思うけど、鏡花さんは楽しそうに笑っているので甘えることにしよう。

 注文した物が届くまでの間、当然ながらこの邂逅についての説明がされた。


「突然でごめんなさい。そこまで過保護にしているわけじゃないけど、刹那の身辺情報については逐一耳に入れているのよ」

「あれだけ良い子が娘なら気持ちは分かりますよ」

「……あら、そんな風に言ってくれるなんて思わなかったわね」


 確かにちょっと言い過ぎたか……でも、刹那には世話になってるし色々と元気付けられたからな。

 親からすればあんなに良い子のことを気になるのは当然だろうし、本人がどう思ったとしても過保護なくらいがちょうど良いだろう。


「実際にその通りっすよ。というか、それならさっきのことも見てたんです?」

「全部見たわけじゃないわ。随分と好き勝手を彼は言っていたみたいだけど……あぁでもね? 今まで以上に力を入れたのはあの子から千条院について聞いてから」

「……なるほど」


 そこで店員が紅茶とパフェを持ってきてくれた。

 結構な大きさに割とマジで食べられるか不安になったが、いざとなったら鏡花さんも手伝ってくれるとのことだ。


「千条院の家に仕えている男があなたたちを……正確には刹那を尾行していた感じなのよね?」

「そうっすね……それに――」


 俺は千条院とやり合った時に感じたことと、刹那に対して言っていたことも伝え、更に俺が感じた違和感も言葉にして伝えた。


「そこまで見ているのね……そっか。千条院君はそんなことを……でも、それはそれで何を考えているのか分かるというものだわ」

「やっぱり、何かあるんですか?」

「あるわ」


 鏡花さんは頷いた。

 やはり皇家の令嬢としての地位でもなく、単純な女としての価値でもなく、千条院が求める何かが刹那にはあるということか。


「確定ではないけれど、刹那の秘密をあの家も知っているから……でも一つだけ安心してほしいのは千条院は刹那の命を狙っているわけではないのよ」

「それは……でしょうね。皇を敵に回してこの国で生きていけるとは思えない」

「もちろんよ。もしも娘を傷つけたりしたら夫が黙ってないからね」

「……あ~」


 確か元Sランク探索者って話だよな。

 既に探索者から離れて年数は経っているようだけど、培った経験の果てに生まれたスキルは永劫残り続けるため、おそらく刹那よりも実戦の経験が豊富なこともあってそれはもう恐ろしい報復があるだろうなぁ。


「もちろん私だってそうよ。娘の身に何かあったらその時は――」


 スッと鏡花さんの手に現れたのは死神の鎌だった。


「これで首チョンパしちゃうわ♪」

「……………」


 なるほど、これは確かに両親揃って何も心配はなさそうだ。

 雰囲気的に刹那に及ばないくらいには思ったけれど、それでも十分にやりそうな圧を俺は感じた……最強の両親ってことか。

 けど……千条院が求める刹那の秘密は気になるな。


「刹那のことが気になるの?」

「え? ……気にならないと言えば嘘になります。仲良くなったし、彼女には色々と気に掛けてもらったし……何より、一緒に居るのは楽しいですし」

「……あの子の笑顔はこれなのねぇ」

「……すみません。ちょっと恥ずかしいこと言ったかもしれないです」

「そんなことないわ。とても優しくて頼りになる男の子じゃないの」


 ニッコリと見つめられてしまい俺は下を向いた。

 そのまま恥ずかしさを堪えるように俺はパフェを食べ始め、そんな俺を鏡花さんはずっとニコニコしながら見つめていた。


「なんというか、息子が居るとこんな感じなのかしらね。千条院のガキにはなかった愛おしさがあるわ」

「ガキ?」

「あらやだ、ついヤンキー時代の名残が出ちゃったわ」


 ヤンキーって……こんなお淑やかそうな人がヤンキー?

 世界は広いんだなぁと思っていると、もし良かったら俺の家族の話をしてほしいと彼女は言ったので、話せる範囲で俺も楽しさを覚えながら雑談に興じた。


「それで妹は凄く可愛くて、病気が治ってから元気になって……あ、それで電話も良くくれるんですよ。それで母さんは農業をやってていつも――」


 人間、大好きなことを話すと止まらなくなるというのは本当らしく、つい家族のことをずっと話し続けてしまった。


「……すいません」

「どうして謝るの? 家族を想ってそんな風に笑っている人を見るのは好きだわ」

「そう言ってもらえると……嬉しいっすね」

「ふふっ♪ でもそっか……刹那の周りには本当に良い友人が集まるわね。これもあの子の人徳なのかしら」

「そうじゃないですか? Sランク探索者なのに傲慢じゃないし、逆に多くの人を気遣う優しさも持ち合わせている……そりゃ人気が出るって話ですよ」


 今でもしょっちゅう告白はされているみたいだしな。


「私としてはあなたの秘密が気になるけれど……ま、おあいこにしましょうか。ねえ時岡君、刹那の秘密について私が話しても良いんだけど……そこはあの子に聞いてみてほしいわ」

「それ、たぶんですけど一生聞かない可能性もあるんですが」

「そうねぇ。なんとなくそうならない気がするのよ……私が娘のことをこんな風に想像する日が来るなんて思わなかったけれど良いものね♪」

「はぁ」


 それから雑談もそこそこにパフェを御馳走になった。

 思いの外腹の膨れを感じることはなく、自分でも意外なほどに全部食べることが出来て鏡花さんは驚いていたが。


「今日は楽しかったわ。色んな話が聞けてね」

「いえいえ、俺の方も楽しかったです」

「いずれ、あなたのお母さんとお酒を飲み交わしたいところだわ」

「きっと喜びますよ。母さんも酒は好きですから」


 それで仲良くなってくれるのなら俺としては全然嬉しい気持ちだ。

 さて、そこで何を思ったのか俺の隣に彼女は立ち、ギュッと腕を組んできたので俺は驚いた。


「あの?」

「うふふ♪」


 意味深に笑った鏡花さん、そしてその直後だ。


「……何してるの?」


 あ、ラスボスが現れた……じゃなくて、ダンジョン帰りだと思われる刹那が俺と鏡花さんを見つめていた。


「刹那、俺は何もしてない」

「分かってるわよ。生憎だけどそんなベタなラブコメにありそうな勘違いをするほど私は純粋じゃないわ」

「ちぇっ、つまらないわね」


 あぁうん、刹那はそうだよねと俺は苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る