僕と、行こう。あの、青空の下へ

清見こうじ

第1話

『いつか、ドームの外に行くんだ』


 まるで合言葉のように、君は言っていた。


『そんな危険な場所に行くなんて!』


 それを聞いた大人達も、周りの子供達も、大抵はこんな反応だったから。


 だから、君は私の前でしか、その夢を口しなくなったね。


 私は、賛成はしなかったけど、否定も反対もしなかったから。


 何て答えればいいのか分からず、曖昧な笑みを浮かべて、「そうなんだね」と答えるのが常だったから。


『そして、青い空を、見るんだよ。キミも一緒に』


 いつからか、内緒事のように、話してくれる君の夢に、私がいることが、嬉しくて。


「うん。いつか一緒にね」


 曖昧な笑みのまま、そこだけはハッキリと伝えて。



 だから。


小規模都市オアシス輸送管理部ロジスティックスに採用された」



 そう報告を受けた時に、私が祝福しないことに、君はちょっと驚いていた。



「そう、なんだ。ふーん」


「なんだよ? これで夢が叶うんだよ?」


「そう。まあ、よかったね」


「……あんまり、嬉しそうじゃないな」



 オアシス・ロジスティックスは、行政管轄の公務員だから、例え単なる運送用ホバーカーの運転手だとしても仕事としては安定している。


 小規模都市では、基本的な生活環境や必要物資は行政から完全支給される。


 かといって、それで満足できないのが人間の性と言うもので。


 ニッポン地区中核都市トーキョーや、他の小規模都市オアシスからもたらされる嗜好品や娯楽物資は、垂涎の的であり、それを得るためには金銭も必要だった。


 そして、それを運んでくる人材も。


 ドームの外なんて危険って言っていた周囲の人達も、高給取りでオアシスに恵みを運んでくる運送関係者には、敬意を示す。


 表向きは。


 きっと、君にちゃんとしたお父さんお母さんがいたら、そんな花形職業に就くとしても、簡単には喜ばないと思うよ。


 だって、みんなに尊敬されるのには、理由があるから。


 



 ……ドームの外は、危険。そんな場所に行くなんて!


 って、本当は、みんな思っている。


 でも、行く人間がいなければ、物資の供給が止まってしまうから、子供には諭しても、当の本人には誰も言わない。




 放射線で満ち溢れた、ドームの外なんて、自分は行きたくないから。





 ……第三次世界大戦、とも呼ばれる、旧行政崩壊戦争。


 最先端の武器を使って世界中を放射能で埋め尽くした、陰惨な戦争から世界が生き残れたのは、同じ最先端科学技術の最たるシェルター機能搭載ドームが普及していたおかげ。


 それも、止まらない環境破壊から住居地域を保護するための行政施策だったのに、地球環境に止めを刺したのは、今はない「国」という行政組織だったのは、皮肉だ。


 なんて、学校の教材用VR講義の受け売りだけど。


 そんな戦争があったことも、昔はこの辺りが【日本】という国で、人々が自由に行き来していたことも、知識としてしか知らない。


 私達みたいな、親から養育放棄された子供が、昔は【底辺】と呼ばれる仕事にしか就けなかったってことも。


 今は、その【底辺】なんて仕事は、みんなAIシステムやアンドロイドがやってくれてる、ってことも。


 今は、AIやアンドロイドやVRが出来ることを、あえて人間がやっている。


 本当はやらなくてもいい事務作業だとか、家事だとか、システムを使わないで人間がわざわざやってる。


 疲れたら、システムに交替もできる。


 どちらを選ぶかは、本人の自由。


 

 そんな中で、システムに肩代わりしてもらえない、仕事のひとつが、運送関係だ。


 通信システムの及ばないドーム外では、AIもアンドロイドも制御が利きにくい。


 必ず、人間がいなければならない。


 放射線に満ちた、システムに頼れない場所で奉職する人達は、だから、尊敬される。


 

 その尊敬は、【誰もやりたくない仕事】をしてくれてありがたい、という引け目の裏返し。


 なのに。



 そんな仕事に就くことを、そんな風に誇らしげに報告されて、祝福できるわけないじゃない。




 



 


 

 


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