第10話 天使と悪魔

 迫る闇、迫る魔物達から神の国を護るため神はルルを呼び出した。そしてその無垢な体へ手を差し入れて肋骨を二本抜き取った。


『天の使いよ、ここに出でよ!』


 すると二本の肋骨から純白の翼を持つ天使が三人産まれた。


『神の使いである天使、ミカエル、ラファエル、そしてガブリエルよ。そなたたちは今この瞬間にも世界を追い尽くしそうな闇を消し去るために戦い、世界へもう一度光を与えるのだ。さあ向え、その身で世界を照らし、再び光を取りもどすために飛べ』


 三人の天使は神の命を受け三方へ飛び立っていった。


「神よ、私は何をすればよいのでしょうか。私には翼もなく、なんの力もありません」


『案ずるでない、汝にはその清く美しい身体と心がある。無垢なる力をもってして悪魔を打ち滅ぼすのだ』


 神はこの時初めて『悪魔』と言った。魔と言う闇の存在に対し、自身の対極とみなした言葉である。それはすなわち、神を善と定義するものであったが、禁断の果実を食べていないルルにはその意味が分からなかった。


「悪真と言うのはどういうものなのでしょう。世界を覆い尽くす闇、そんなものが存在し打ち破るなんてこと…… ああ恐ろしい、そんなことが私にできるでのでしょうか」


「今考える必要はない。その時が来れば自然とわかることだろう。だが今は三人の天使が少しでも光を取戻し、闇の軍勢を弱らせることが先決なのだ」


 混乱する頭の中を整理するも理解が追い付かないルル、それ以上何も言わない神…… 結局それは三日後まで変わらなかった。


 天使が各地へ飛び立ってから三日が経ち、やがて一人ずつ戻ってきた。


『ミカエルよ、世界はどうであったのか報告せよ』


「神よ、非常に世界は混乱しております。少ない食べ物を手に入れようと人々は争い、殺し合いをしておりました。あの地方を救う価値は無いでしょう」


『わかった、ご苦労だった、下がるがよい。さてラファエルよ、そなたの見てきたことを話すが良い』


「はい、神よ、私の見てきた地方では力を持った者が持たない者を虐げておりました。日々の糧を得るために人が人を蔑み、暴力を誇示し、全てを取り上げております。とても救う価値があるとは思えません」


『わかった、ご苦労だった、下がって良い。最後にガブリエル、そなたは何を見てきたのだ』


「父なる神よ、私が見てきた光景をお話いたします。闇に包まれた人々は恐怖に震え動けずに居ました。しかしその中からは闇を好み、崇拝し、祭るものが表れております。非常に危険な兆候かと思われますので今すぐ滅ぼすべきです」


『天使たちよ、そなたたちが見てきた物は、禁断の実が持つ本当の力なのだ。人は元来欲と言うものに支配されている生き物である。他人よりも良い生活、贅沢な食、終わりの無い快楽を求めてしまう。そのため、一度は滅んでしまったのだよ』


「滅んでしまった? と言うことは私たち以前にも人が存在したのですね?」


 ルルは初めて聞いた事実に耳を疑い、真偽を確かめるように神へ尋ねた。


『その通り、もうはるか昔、人々は豊かに暮らしていた。しかし豊かさは彼らの心を麻痺させ、より良い豊かさ、他人よりも多くを求めるようになった。最終的には奪い合い、虐げ、姦淫し殺し合った。その後残ったのは穢れた大地と光の無い空だったのだ』


「では今起きている悪魔の侵攻を食い止めなければ同じことが繰り返されると? 神はそうお考えなのですか?」


『その通りだ、すなわち闇を滅ぼし、世界を滅し、また初めから作り直すつもりだ。そのためにはルル、汝の力が必要なのだ』


 ルルは恐ろしさに身を震わせている。しかし覚悟を決めたように神へ向かって傅いて頷いた。

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