第9話 染め上げる闇
カインは楽園からの系譜である肥沃の大地を追われた後、サタンに拾われ魔王の傘下となった。始めはただの人であったカインも、長い年月をかけて憎悪を増大させ負の力、闇の力を手にするようになっていた。
こうして魔王はサタンを使って次々と素質のありそうなものを集めて回った。親や家を棄てて遊び呆けていた者、乱れた性におぼれた者たちや、それらが滅ぼされた際に見物し塩にされていた者、自らの力を奢り小さき者に敗北した巨人、それに神の代弁者を裏切った者など多岐にわたった。
それからさらに数百年、いや数千年経っただろうか、ある時魔王は全配下を集めて宣言した。
「機は熟した! 今こそこの世界から全ての光を消し去り、完全なる闇で覆い尽くすのだ。」
配下の者たちはすでに人の形をしておらず、後に残された伝聞によると魔物と呼ばれる異形の姿になっていたと言う。魔王はその魔物たちへ命じた。
これより世界を永遠の闇で染め上げる。この戦いで人類を殺す必要はなく、闇に包まれた絶望の世界を長く味あわせるようにと。
この魔物の侵攻こそが、後々まで語り継がれた『棄冨羅徒怨(スフラトオン)の腐壊捨(フエス)』である。
闇の国を出立した魔物達は、様々な武器を手に取って世界を闇で塗りつぶしていった。記録によれば、最初の七日間で全世界の半分以上が闇に堕ちたと言う。
人々は悲しみ、嘆き、そして神へ祈りを捧げながら絶望していった。その絶望の中で闇に取り込まれ、自らも闇の住人となってしまうものまで現れる。新たな闇の住人はその手に武器を携え、また闇を用いて周囲を塗りつぶしていく。その繰り返しを止められるものはもはやいなかった。
神は人々の嘆きを知るもなにもできず、このまますべてが闇に葬られる前にすべてを焼きつくし消してしまおうと考えた。この世界は失敗作である。なんの価値も無くなったものを残している意味なぞ何もない、そう考えたからだ。
だが最後に出来るだけの抵抗をすることも必要だとも考えていた。なぜなら最後まで残るこの場所、楽園たる神の国には、この世で唯一の無垢なる存在がいたからだ。
神の考えはこうだ。無垢こそすべての始まりであり、尊く、美しく、素晴らしいものだと。だからこそアダムとイヴにもそれを与えたのだが、彼らは自らの手で楽園を棄ててしまった。
しかしルルだけはこの場所を離れることなく、神と共に数千年の時を共にしてきたのだ。その純粋なる心は神にとっての理想であり、全ての人類の規範となるに相応しき存在だと考えていた。
ここだけは何があっても守らなくてはならない。もしそれが敵わなかったときは、闇に染められてしまう前に焼き尽くせば良い。神自らの手で終止符を打つのだ。
神はルルを呼んだ。
『ルルよ、汝はこの神の国を失いたいか?』
「全能の父なる神よ、それを聞く必要がどこにあるのでしょう。私の命が失われたとしても、この楽園を失いたくはありません」
『汝ならばそう言うと思っていた。しかし今すべての世界に闇が迫っている。それはこの神の国も例外ではない』
「まさかそんなことがあり得るのでしょうか」
『これは事実である。すなわち汝はこの地を守るために戦わなければならないのだ』
ルルはしばらく考え込んでから答えた。
「それが神のご意思ならば従いましょう。この命を賭けて」
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