第6話 魔王誕生

 イヴがアダムに追放され、アダムが神に追放されてからまた長い年月が過ぎた。


「イヴ様、ご機嫌麗しゅう。もうお体はだいぶ良いですかな?」


「そうね、この新しい身体にも大分馴染んできたわ。今ならお前にあの時の仕返しができるくらいには力が漲っているわよ?」


「ははは、ご冗談を。完全な闇の力を手に入れて、早く光を滅ぼしましょう。あの憎き神をこの世から消し去ることこそ我が願い」


 その声の主はサタン、あのいやらしい目をした蛇だった。神がこの世に誕生した際、自らを照らす光を作った。それと同時にその陰によって生み出されたのがサタンであった。


 しかし方や全能の力を持ち、方や何も持たず地を這うことしかできない存在。その事実はサタンにとって承服しがたい事実であり、その怨念を神に向けながら生きてきたのだ。


「アダムはどうしているのかしら? 神の国を追い出されたとはいえ、光の国にいることは間違いないのでしょう?」


「はい、一人追い出された後、荒野をさまよいながら生きられる場所を見つけたようです。ただ一人ではなにもできませんので、結局神は数人の人間を作りました」


「そんなことするくらいなら初めから大勢作っておけばいいのに。神って案外頭悪いのかしらね」


「さあどうでしょうねえ。少なくともまともではありません。あのルルというもう一人の女に、怠惰な生活を与えたままなのですから。今は一人気楽に神の国で遊んで暮らしていますよ」


「ああ、あのムカツク女ね。あいつが居なければ私だって…… いいえ、もうそんなことはどうでもいいわ」


 イヴは唇を噛みしめながら過去を呪い、その負の力を内にため込んでいく。それが闇の女王としての強大な力の源になるのだ。サタンはそれがわかっているので、定期的にイヴが羨むような光景を報告するのだった。



 とある日、イヴの前にまたサタンが現れた。


「イヴ様、どうやらアダムの寿命が尽きる時が来たようです。永遠を約束された存在が、無様にも老いて朽ちていく、なんとも愉快ですな」


「愉快? それは違うわ、不快極まりないわ。アダムは結局最後の時まで、私へたったの一言も謝罪の言葉を発しなかった。それでも永遠を手に入れた私にとっては、目の前の蚊が落ちる程度の感情しか湧かないけれど」


 イヴはそう言ったが内心は違っていた。激しい憎悪の気持ちを発し、それが彼女を包んでいく。どれほど憎んだだろう、どれほど恨んだだろう、そしてどれほど愛していたのだろう。


 アダムに最後の時が訪れ、イヴの感情が途切れた瞬間、彼女は真っ黒い煙に包まれた。やがてその煙は彼女へ吸い込まれていき、新たな形を作り出した。


「おおお、とうとうこの日がやってきた。魔王の誕生だ、魔王様がお生まれになったのだ!」


 サタンは歓喜し、その怪しい目を鋭く光らせたのだった。

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