第三章

第101レポート きたれ!書記家守!

「いやもう、大変でした~。」

「無事で何より、ジルちゃんも強くなったわね~。」


大森林での一件。

その報告のためにジルはエルカの下を訪ねていた。


「いやいや、マカミがいてくれたからですよ~。」

「いいえ、そういう事じゃないわ。」


珍しく謙遜するジル。

エルカは首をやんわりと横に振った。


「その場における正しい判断を出来るようになった、という事よ。」


優しい目をジルに向けて微笑みながら、師匠は弟子の成長を言祝ことほいだ。


単純な力や成果ではない部分を褒められ、ジルは恥ずかし気に頭をく。


咄嗟とっさの時に召喚を成功した、というのも凄い事ね。今までも時々あるのよね?」

「うーん、近い所だとシウベスタの時とか?火事場の馬鹿力って奴ですね!」


鼻息荒く、ジルは言う。

対してエルカは微笑みつつも頭の中で思考を巡らせていた。


身体への反動に関する不安や種々の雑念が消え、生きるための最適解を実行する。

命の危機を感じた状況で魔力が増大するのは、ある意味当然と言える。


だが、それはあくまで放出する量が、という話だ。


ベルのように直接魔力を変換して放出する場合、それは直接的な効果を生みだす。

ザジムのような武装魔法の場合、その強度や大きさに影響するだろう。


エルカやロシェのように媒介する物体が有る場合、それほど極端な変化は生じない。

流し込む量が増えても魔石や金属粉が増えるわけでは無いからだ。


無論、出力自体は上昇するので、巨大化したり硬化したりはするが。


その観点からすると、ジルの召喚術ではどうなるのか。


素材を媒介として、何者かを喚ぶ。

魔力は素材や魔法陣に注がれ、そこから何処いずこかへ流れていく。


エルカの魔石利用より、一つ、ともすれば二つは段階を挟んでいる事になる。


必死の状況で魔力量が増したからといって、成功率が上がるだろうか。


召喚術は未知の領域、まだ分からない事の方が圧倒的に多い。

であるならば。

いやしかし。


「・・・・・・ん、・・・カ・・・ん、エルカさん!おーい!」

「・・・・・・はっ!」


ジルから声をかけられ、エルカは我に返る。


どうやら考えを巡らせている間に施行にのめり込んでしまっていたようだ。

彼女の悪い癖である。


「あはは、ごめんなさいジルちゃん。それで、何だっけ?」

「もー。ちゃんと聞いててくださいよー。」


笑って誤魔化すエルカに対して、ぷりぷり怒りながらジルは繰り返した。


龍玉りゅうぎょくについて、ですよ~。図書館にあるそれっぽい本は読みつくしちゃって。」

「前に見せてもらったあれね。私も色々調べていたのだけれど・・・・・・。」


龍玉。

以前、ゲヴァルトザームで不可視の龍から得た不可思議なたま


龍は言っていた、人の身ならば役に立つ、と。

ならば実験、というのが魔法研究者としてのさがである。


だが、魔力を注いでも何の反応も示さなかった。

何かに加工出来るかと考えて砕こうとしたが、ノミもつちも歯が立たない。


魔石を溶かす要領で加工できないかとエルカに頼んだ事もあった。

しかし、機器に放り込んで熱してみたものの全く何の変化も生じない。


文献を調べた結果は、言わずもがな、である。


「なので、力を借りれないかなって!ベリアルトさんの!」

「ああ、なるほど。」


ジルの言葉にエルカは、ぽん、と手を打った。


帝国の中でも大家たいけ、公爵の地位にある彼女ならば動かせる力が違う。

以前彼女が言ってくれた通り、力を貸してもらうのは良策だろう。


「でも、何を頼むのかしら?龍玉を調べさせるのは難しいかもしれないわ。」

「流石にそれは。龍に関する本とか読ませてもらえないかなって!」


歴史ある公爵家ならば、それ相応の蔵書ぞうしょがあるもの。


誰が、いつ蒐集しゅうしゅうした物かも分からない書物もあるはずだ。

それを読ませてもらえるなら、何か手掛かりが見つけられるかもしれない。


ジルはそう考えたのである。


「ふふ、そう言う事なら私から頼んでみるわね。」

「よろしくお願いします!」


エルカは微笑み、ジルは元気よく頭を下げた。




というのが半月ほど前の事。

ジルは今、自身の目の前にある物に驚愕していた。


「は、はわわわわ・・・・・・・・・・・・。」


ベリアルトから本が届いた、とエルカより呼び出されたジル。

意気揚々とエルカの部屋を訪れたのは良いのだが。


そこにったのは、床に置かれたジルの腰高ほどの本の山。

どれもこれも辞書の如き厚みがあり、装丁がされていた。


中に何が書かれているにしろ、この厚みの本はすべからく高価なもの。

本来なら、ジルにとっては一冊ですら手が出ない代物だ。


「あ、あのあの、これは・・・・・・。」

「ベリアルトからの贈り物よ。ジルちゃんに、って。」

「お、贈り物!?貸出とかではなく!?」


微笑むエルカの顔と聳え立つ本の山を交互に見ながらジルは混乱している。


「ええ、ちゃんと手紙にも書いてあるわ。気にせず受け取ってくれ、だそうよ?」

「こ、公爵様の財力ちからががが。」


理解が出来ず、ジルは壊れた。

エルカはくすくすと笑い、ジルの頭を撫でる。


「ここにあるのは全部写本なの。だから大丈夫。」

「写本?頼んだの半月前、ですよね?そんなに早く本を書き写すなんて・・・・・・。」


写本を作るには、それを生業なりわいとする職人が必要だ。


原本の筆跡を似せ、絵を真似まね、製本する。

当然、時間もかかれば金銭もかかるもの。


僅か半月でこの量の本の写本を作るなら、果たしていくらかかったのか。


想像だにしない程の額だろう。

ジルは身が震えた。


「ふふ、ジルちゃん、物凄くお金かかったんだろうな、って思ってる?」

「なんで分かるんですか!?って当たり前ですよねぇ、その通りですぅ。」


容易に内心を見透かされ、えへへ、とジルは笑う。


「書記家守 ―グラクニッコ― ってジルちゃん知ってるかしら?」

「何です、それ?魔獣、ですか?」

「そうよ。」


書記家守グラクニッコ

特殊な能力を持つヤモリの魔獣である。


成人男性の手のひらよりも少し大きい程度の体にそれよりも長い尾を持つ。

体色は白で尾の先だけが黒く、そこからは黒い液体を分泌している。


その液体はインクだ。


人間によって改良が進められた事で人の代わりに書記をする魔獣となったのである。

始めは文字だけ、次第に絵も書き写す事が出来るようになっていった。


写本を生業とする者にとっては商売がたきとも言える魔獣。

しかし、現状はそうなっていない。


書記家守は魔石を得る事で書物を書き写す。

本を作るにはそれなりの量を必要とするのだ。


必然的に人間が作るよりも高価になってしまう。

反面、休みを必要としない事から圧倒的に早く出来上がる。


つまり、それなりの財を持つ者が急ぎで本を作る時にお呼びがかかるのだ。


「なるほど~。って、それって普通よりもお金かかってませんか!?」

「うふふ、そうなるわね。」

「あわわわわ・・・・・・。」


それなら安心、と思った瞬間に気付いてしまい、ジルは再び狼狽うろたえる。


「まあまあ、送り返すのも迷惑でしょうから素直に受け取ってあげて?」

「い、いや、勿論貰いますけど・・・・・・。あ、置く場所無いや。」


自身の狭っ苦しい部屋を思い出す。

机に椅子と棚、それ以外にはちょっとの空間しかない。


本の山を持ち込もうものなら、召喚実験を行う場所が無くなってしまう。

もしくは、自分の寝床を潰す事になるだろう。


折角の貰い物、さっさと図書館へ寄贈するのも気が引ける。

さてどうしたものか、とジルは腕を組んだ。


そんな弟子の様子を見て、師は助け舟を出す。


「ねえジルちゃん。この本、私にも読ませてもらえないかしら?」

「あ、はい!それは勿論!」

「ありがとう。必要な一、二冊を持って行ったら?それ以外は預かるわ。」

「え、良いんですか?結構場所取っちゃいますよ?」

「ふふ、この部屋は広いから本棚一つくらい大丈夫。」


エルカはそう言って部屋の中を見回した。


机や椅子、大きな棚や巨大な実験器具を置いてもなお、空間にゆとりがある。

本棚一つを設置したところで、何の問題も生じないだろう。


ジルもそれを理解して笑顔で頷いた。


元々ジルはエルカの下を訪ねる事が多かった。

だが、この日から更に頻繁に弟子は師匠の下へと赴くようになったのだった。

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