第65レポート きたれ!魔眼剣!
腕を組み、顎に手を当て、うんうん唸り、ジルは悩みを抱えながら街道を行く。
目指す先はすっかり元通りに復興したレゼルである。
図鑑で見付けた何とも不気味な魔獣。
幅広な大剣の
帝国の一部地域に生息するそれは、古き時代の騎士の剣が変じた物と伝わる。
悪しき
その召喚に必要な物の中で、アルーゼの店で手に入らなかった物がある。
とある魔獣の眼球だ。
それを手に入れるためにジルは歩いていた。
レゼルは物流の中心地。
一般的な物から珍品まで、ありとあらゆる物が集まる場所だ。
お目当ての品も必ず見つかるに違いない。
だが。
「問題はお値段だよねぇ・・・。」
ジルは嘆息する。
珍品であればあるほど値段は分からないものだ。
そして魔獣の素材などという物は、一部の魔法使い以外には使い道が無い。
すなわち、ほぼ高額である事が決定している。
「ま、交渉するか!当たって砕けろ、だ!」
顔を上げて、ジルは大きく歩を進めた。
ジルは肩を落として建物を後にした。
ダメでした。
値切れるほど安くもなく、そもそも考えていた素材は無かった。
改めて、アルーゼの素材屋は
「そういえば、アルーゼさんってどうやって素材仕入れてるんだろ?
魔獣生態学とかの研究者が持ち込む量なんて、たかが知れてるだろうし・・・。」
疑問に首を傾げる。
その時、少し離れた路上で何やら人だかりが出来ている事に気付いた。
「何だろ?」
興味が湧いたジルはその人だかりに近づくも、全く騒ぎの中心が見えない。
むぅ、と一声唸り、人だかりに突入した。
「ちょっとどいて、ぬぬ、んんんっ、おっとと!」
ジルが見たのは―――
「ああ、麗しいお嬢さん!どうか、俺とひと時のティータイムを!」
「あのっ!」
「絶対に、絶対に!退屈はさせませんから!!」
「さっきから断ってるじゃないですか、そろそろ諦めて下さい~!」
「出会いは
「そんなの知らないですってば~!」
漫才だった。
「あ~、お邪魔しましたぁ・・・・・・。」
「あ、ジルちゃん!助けて~~~。」
困り顔でリオが助けを求めている。
そんな彼女にはお構いなしに傭兵風の茶髪の男は跪き、何やら言葉を吐いている。
ナンパである。
流石に無視はできないので、ジルは助け舟を出した。
「あの~。」
「なんだよ、良い所だってのに邪魔すんな。お子ちゃまは帰った帰った。」
しっしっ、と手で払うような動作をしてジルを追い払う。
その対応に、むっ、としたジルは攻勢に転じる。
「そんな事言ってて良いんですか?」
「あ?どういう事だよ?」
「これだけ騒ぎになってれば兵士さん達が来ますよ?」
「別に法に触れる事してねぇよ。」
「ふ。」
その男の言葉を受けて、ジルは怪しく笑った。
傭兵風の男は
「なんだよ?」
「リオさんは兵士さん達に崇められていますからね、どうなるか。」
「は?そりゃどういう―――」
男がそう言いかけた時、遠くから声が聞こえてきた。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーーー!!」
「聖女様にナンパなんぞする奴は防壁に吊るしてやる!!」
「ぶっころす、ぶっころす!!」
「隊長も呼んで来い!馬に括り付けて引きずり回すぞ!!」
「あれだ!あの人だかりだ!!!!!」
目が血走った兵士達が、完全に臨戦態勢で駆けてくる。
治安維持を担う存在とは思えない、倫理観の欠片も無い危険な発言。
捕まればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
「マジかよ!冗談じゃねぇ!」
「さあさあ、どうします~?」
「ち、ちくしょう!あ、俺は諦めませんからね、それではっ!」
悔しさを滲ませた捨て台詞を吐いて、男は兵士達とは反対側の人だかりをかき分け、
その場から逃げていった。
ようやく解放されたリオは、ほっと一息ついて、恩人に感謝の言葉を述べる。
「た、助かったぁ~。ありがとうジルちゃ・・・・・・ジルちゃん?」
そこにジルはいなかった。
兵士達に見つからないよう人だかりから逃げ出し、路地をいくつも曲がる。
薄暗い細い
街の雑踏からは遠く離れ、流石にここまで捜索の手が及ぶ事は無いだろう。
「こ、ここまで来れば大丈夫だろ。なんなんだよ、まったく。」
息を切らせながら男は吐き捨てた。
「くっそ、このままじゃ俺の目的が―――はっ、誰だ!」
自分が走ってきた袋小路の入口に何者かの気配を感じ、男は声を発する。
そこには人影。
彼を追ってきた追跡者。
「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・、が、
大きく肩で息をしながら、汗だくになったジルがそこにいた。
その光景に男は脱力する。
「あ~、おい、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、はぁ。復活!」
「元気な奴だな・・・・・・。」
毒気を抜かれた男は、その場に有った木箱に腰掛けた。
そこから少し距離をとってジルは仁王立ち。
「で、なんで追ってきた?」
「ふふふ、今度はあなたを助けてあげようと思って!」
「あ?なんで俺に助けが必要なんだよ。」
ジルの言葉に男は首を傾げる。
その様子を見て、ジルはわざとらしくため息を
「なんだかムカつくな。」
「自分の状況を理解してないんですね~。教えてあげます、いいですか?」
「なんだよ、その口調。」
「今あなたはこの町の兵士全員を敵に回しています。」
人差し指を立てて、まるで教師が生徒に教え諭すような口調で話を進める。
「今逃げ切ったとしても、大通りに出たら瞬く間に捕まります。ほぼ間違いなく。」
「なんでそう言い切れるんだ。」
「リオさんはこの町の兵士に崇められているんですよ。」
「あ~、兵士が『聖女』って言ってたか。まさか本物か!?」
「そんな訳無いですよ~!」
あはは、とジルは笑う。
「素性を隠してる聖女様が自分を聖女と呼ばせるわけ、無いじゃないですか~!」
馬鹿ですね~、と後ろに付けた。
「めっちゃ、腹立つ。」
不満そうな顔をする男に構わず、彼女が聖女と呼ばれる事になった
そして、遂に本題に到達する。
「そういう訳で、このままだとあなたはこの路地から出られない。」
「ちっ、悔しいがそうなるか・・・・・・。」
「でも、一つだけそれを回避する方法がある、さて、それは何でしょ~か?」
「・・・・・・・・・・・・え?俺が答えるの?」
突然の出題に男が
「あなたしかいないじゃないですか~、さあ、何でしょう!」
「この町から逃げる、とかか?」
「大門と防壁は兵士だらけだけど、突破できるの?」
「・・・・・・無理だな。」
少し考えてから男は自分の出した答えを否定する。
再びわざとらしくため息を吐いてジルは正解を発表する。
「正解は、依頼を受ける、でした!」
「は?どういう事だよ。」
「私の依頼を受ければ、傭兵として契約中になれる。」
左右にトコトコ歩きながら、ジルは教示するように立てた人差し指をくるくる回す。
「正式な依頼を受けて仕事をしている傭兵を捕まえる事は流石に出来ない!」
腰に手を当て、びっ、と勢いよく男を指す。
「つまり、あなたは助かるのです!」
「お、おお、そりゃそうか・・・・・・。」
意外にもまともな発案に、男は戸惑いつつも納得した。
それを見逃さず、ジルは畳みかける。
「さあ、依頼を受けますか?受けませんか?受けるよね?受けるしかないよね?」
さあ、さあ、さあ、さあ、さあ!!と詰め寄る。
「わ、分かった、分かった分かった!依頼を受けてやるよ!」
「やりぃ!」
ずいずいと近寄ってくるジルの圧力に負けて、男は同意した。
納得いく回答を得られてジルはガッツポーズ。
「じゃあ、あなたが町にいる間は護衛契約中って事で!あ、勿論、
「はぁ!?無償だと!ふざけんな!!!」
「ふ、そんな事言って良いんですかぁ~?」
「あ?」
「私以外にこんな路地裏の袋小路に来る人、いますかねぇ~?」
「・・・・・・。」
「でも断られたんじゃなぁ~、仕方ないなぁ~?」
「ぐ、足元見やがって・・・・・・。ああ、ちくしょう!分かった、分かったよ!」
「やった!」
がっくりと肩を落とす男に対して、ジルは跳び上がって喜んだ。
「それじゃあ、よろしくお願いします、ええと。」
「・・・・・・ガリアーノだ。剣の腕には自信がある。」
すっくと立ち上がった男、ガリアーノは諦めの表情と共に名乗った。
手足の長い、すらりとした長身。
短めの茶髪と
軽薄そうな印象から若く見えるが、おそらくは三十近い歳だろう。
鋼の胸当てとその下の鎖帷子、腕と手、
いかにも傭兵と言える恰好だ。
そして左腰には、足の長さと同じくらいの長剣。
「私はジル!魔法研究者!よろしく!」
「おう、まあローブで分かってたがな。んで、初仕事は何だい、
「魔獣の素材採取!」
そう言って走り出すジルの後を、渋々ながら少し笑ってガリアーノは追いかける。
こうして彼は太陽の下へ帰還したのだった。
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