第46レポート いでよ!音角鹿!

雪が降り積もる山岳地帯。

遠い彼方で声が響く。


キュオーンとも、ケーンとも聞こえる甲高かんだかい声。

岩陰から真っ白な毛並みと天に伸びる枝分かれした太く立派な角。


ざくざくと雪の上にひづめあとが付く。

鼻筋に載った雪を振り払うように顔を振った。


別の魔獣の気配を感じて頭を上げ、そして森の中へと跳ねていく。


音角鹿 ―イーコルケス― は空から舞う雪の中へ消えた。




からんころん、と床に落ちたそれをジルは落胆して見つめていた。


枝分かれした太さのある鹿の角。

音角鹿イーコルケスの角である。


勿論、呼び出したかったのは角だけではない。


「な~んで、中途半端に成功するのかなぁ~?」


ここしばらく、中途半端な成功が続いていた。


予定と違うものを喚び出したり、その一部だけを喚び出したり。

勿論、それ以上に失敗したり、爆発したり、吹っ飛ばされたりしているが。


床に転がった、ジルの部屋には邪魔な程に大きい角のはしをマカミがかじっている。


「このまま置いておくのは邪魔だなぁ。誰か必要な人いないかな?」


角を持ち上げる。

見た目よりも遥かに軽い。


音角鹿は自身の鳴き声を角に反響させて増幅し、その音を口から吐き出す。

広大な山岳地帯で遠く離れた仲間とコミュニケーションを取るための方法だ。

その生態から、角の中は空洞。見た目よりずっと軽いのだ。


自身の身体よりも大きな角を肩に担ぎ、ジルは外へと繰り出した。




「ぐはっ!」


扉を締めようとしたところで隣の部屋から出てきたザジムの腹に角が突き刺さった。

えぐられた脇腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。


「あ、ごめん。」

ってぇな、この!なんだその角!」

「え?鹿の角。音角鹿。」

「まーた、失敗したのかよ。」

「なんだとー!」


いつもはやられるだけだが、今日はジルの手に武器がある。

担いでいる角でザジムの事を突く。


「このこの~!」

「止めろっ、てめっ、って!」


角の先が枝分かれしている事でかわそうとしてもどこかの突起が突き刺さる。

なおもジルの攻勢は止まらない。


「うりゃりゃ~!」

「いい加減にしろっ!」


がしっ


「あ、こら、離せー!」


角を掴まれ、綱引き状態に。

単純な力でジルがザジムに勝てるわけが無い。

いとも簡単に角を奪い取られた。


「まったく、武器に使うんじゃねぇよ。どうするつもりだ、コレ。」

「誰かる人いないかな~って。」

「お、んじゃ俺、貰うわ。」


降ってわいた幸運にザジムは笑う。


「おー、こんなにも早く終わるとは思わなかったよ!それじゃ―――」

「待て待て。」

「ぐえっ。」


角の枝をうまく使ってジルの首を引掛けた。


「げほっ、何すんの!」

「誰が全部貰うって言った。」


ばきっ


枝分かれした角の一部を折り、残りをジルに突き返す。


「こんだけで十分だ。じゃあな。」

「ええ~。」


そう言ってザジムはポケットに角を仕舞い、去って行った。




まだまだ巨大な角を担いで、一階層へと下り、街の中を歩いて行く。

ジルは小さいが角は巨大。

すれ違う人々は途轍もなく邪魔そうにしている。


「ジル。何を担いでいるんだ。」

「あ、リスちゃん。」


謎の角が歩いてきている事に気付いたノグリスが何事か、と近付いた。

そうすると、そこにはよく見知った顔があったのだ。


何となく想像はついていたのだが。


「音角鹿の角!召喚の副産物!」

「・・・・・・つまり失敗したのか。」

「ぐはっ!!!」


致命の一撃クリティカルヒット

残念、ジルは死んでしまった。


「悪い悪い。」


くつくつ、と笑いながらノグリスはびる。


「ま、まあ、事実だし・・・・・・。あ、リスちゃん、角いる?」

「私にはこの通り、自前があるからな。」

「そういう事じゃなくて~。」


ノグリスは自分の額から伸びる藍色の鱗をまとった角を指して言った。

今度は二人で笑う。


「で、どっち!?」

「ふむ、研究の役に立ちそうだが全部は流石にな。この先端の枝元から貰おう。」


ばきり


ザジムと比べるとかなり大きめに折る。

おおよそ腕の長さ分くらい。


礼を言ってノグリスは去って行った。




元々の大きさから比べると三分の二くらいになった角を担ぎ、ジルは行く。

結構運びやすくなった事で、ジルの足取りも早くなった。


「おや?ジルさん。」

「あ!シャルガルテさん!こんにちは!」


通りの角を曲がった所でシャルガルテとばったり出会った。

彼の右手には紙に包まれた学術書がある。

どうやら書店で買い物をした帰りのようだ。


「ん?それは音角鹿の角ですか?」

「そうです!召喚失敗しました!」


もう隠すのも面倒になったジルは言い切った。

それにシャルガルテは苦笑する。


「でも角を見ただけで一発で当てるなんて凄いですね!」

「ははは、私の研究は解剖学ですからね。音角鹿も調査した事がありますよ。」

「へぇ~。」


解剖学の研究者は魔獣生態学の研究者と相性がいい。

魔獣の生態を追った後に一体だけ仕留めて、その肉体構造等を調べるのだ。


彼も方々へ出向くときは、別の研究者と連れ立って行く事が多い。


「その角を頂けませんか?ちょうど今、北方の魔獣を研究しているんですよ。」

「あ、貰ってくれるとありがたいです!」

「しかし全部は流石に。半分だけもらいますね。」


ずぱんっ


魔力を込めた手刀で軽く角を叩き、半分にしてシャルガルテは先の方を受け取る。

彼は礼を言って自室に向かって歩いて行った。




遂に自分の身体よりも小さくなった角を手に、ジルはずんずん進んでいく。

よく考えたら、真っ先に行くべき場所があった事を思い出したのだ。


「こんちゃーっす!!!!!」

「うるせェな、っと!」


すこーんっ


木の棒がジルの頭に直撃した。

店の奥のカウンターから、見事な狙撃である。


った~、アルーゼさん酷いっ!」

やかましいと何度言ったら静かになるンだ、オマエは。」

「元気に陽気に、がモットーです!」

「ま、元気を抜いたら何も残らねェもんな。」

ひどっ!!」


ぶつぶつと文句を言いながら、ジルは素材屋の中へと入っていく。


「で、今日は何を買ってくんだ?」

「ふっふっふ、今日は買うのではなく売りに来たのだー!」

「ほう、珍しいな。その手に持ってる奴か。」

「音角鹿の角ですよ~。」


見せつけるように高く掲げる。

だいぶ小さくなったそれは、最早ただの白くて太い棒っ切れに見える。


「見せてみろ。・・・・・・ふむ、本物のようだな。」

「そーでしょう、そーでしょう!」

「召喚失敗したわりに誇らしげなもンだ。」

「ぬぬぬ。」


アルーゼの言葉に、ジルは苦虫を嚙み潰したよう。

言い返す事も出来ずにうなるばかり。


「ま、運がよかったな。」

「は?何が?」

「そこ見てみな。」


指さされた先に視線を移す。

そこには木切れに無造作に書かれた『素材買取強化週間』の文字。

それを見たジルは目を輝かせて、勢いよくアルーゼに視線を戻す。


「いくら!?いくらになるの!!??」

「近寄るな、うっとおしい。」


カウンターに両手をついて身を乗り出したジルの顔面を片手で押し戻した。


しげしげと角を見て、アルーゼはカウンター横の引き出しを開ける。

中から硬貨を数枚取り出して、ジルの前に置いた。


「銀貨二枚と銅貨六枚だな。」

「おお、こんなに!」

「ちなみに銅貨六枚が強化週間の分な。」

「ありがたや、ありがたや!」


アルーゼを拝むようにしながらジルは財布に硬貨をしまい込んだ。




遂に無くなった角に感謝しつつ、ジルは自室に向かって歩き出す。

その足取りは音楽に合わせて踊るように軽かった。

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