第28レポート いでよ!異鉄兎!

わいわいと人々の声で賑わう店内。


運ばれる料理はどれもこれも美味しそうな匂いを漂わせ、空腹を刺激してくる。

厨房では調理の炎が舞い、テーブルを回る給仕ウェイターは大忙し。


今日もバルゼンの料理屋は大繁盛だ。


「そーいや、ロシェちゃんの魔法装具学って元の学派から考えると幅広いよね。」


ジルとロシェ、そしてザジムは一緒に食事に来ていた。


「ん。」


魔法機甲学の中に魔石学と魔法動力学。


魔石学の中に魔石科学と魔石機甲学と魔石運用学。


魔石機甲学の中に重魔石工学と魔石機関学。

そして彼女が研究してる魔法装具学。


ロシェは淡々と自身の学派について説明した。


魔法研究は大系化されている。


『魔法のり方は幾千万いくせんまん』と言われる。

極端に言ってしまえば、研究者一人一人の研究は全て異なる。

それを分類すれば枝葉は無限に広がる。


それでは収拾がつかないため、便宜べんぎ上、最も近しい研究に当てはめられている。


ロシェの研究は魔法装具学に分類されている。

しかし、実際の研究では魔石運用学や魔石科学にも研究内容が広がっているのだ。


「俺の方も似たようなもんだな。」


魔法素学から魔力学と魔法探知学、魔法戦闘学に分かれる。


魔法戦闘学の中に強化魔法学と武装魔法学。


武装魔法学の中に攻撃型と防御型が存在する。

彼が研修しているのは専ら攻撃型である。


ザジムは肉にフォークを突き立てて口に運び、フォークをタクトに説明する。


「ふ~ん。私の場合、召喚術!ハイ終わり!だからなぁ。」


ジルはフォークをくわえて、口を使って上下に振りながらぼやく。

行儀が悪い。


「それは仕方ない。」

「そうだぞ、デカい研究学派の下に付かない研究なんて中々いねぇんだ。」


二人はそんなジルに言葉を返す。


「召喚術が主流、って時代が来きたら、お前、始祖しそだぞ始祖!」

「そっか!」


咥えていたフォークを離し、ぱあっ、と明るい表情になる。


「仮承認の『仮』が取れたらの話だけどな!ははは!」

「いじわる、良くない。」

「ぶぅっ、いつかその顔を驚かせてやるぅ・・・・・・。」


なんやかんや言いながらも三人は仲が良い。


普通、隣であるからと言って友好な関係にはならない。

理由は単純。自分の研究に関係が無いからだ。


だが、ジルは違った。

積極的に両隣の二人に話しかけ、相談し、助け合い・・・・・・。


ジルが一方的に助けられていた時の方が圧倒的に多いのだが。


まあそんな感じで半ば無理やり友好関係になり、今は一緒に食事をする間柄だ。


「あ、そう言えば一つ気になってたことがあるんだけど。」


ジルはロシェに視線を送りながら言う。


「なに?」

「ロシェちゃんの師匠―――」

「うえっ。」


『師匠』と言った瞬間、ロシェの顔が嫌悪に染まる。

申し訳なく思いながらもジルは話を続ける。


「ゲルタルクさんの造形ってめちゃくちゃ細かいじゃん。こんな感じに。」


懐から十分の一ジルちゃん人形を取り出し机に置く。


「貰ってたの、それ。」

「くれるって言うから・・・・・・。」


流石に自分と同じ姿の人形を捨てる訳にもいかず、それを部屋に置いている。


「で、ロシェちゃんもゲルタルクさんも魔法装具学の系統だよね。」

「うん。」

「私の目から見ると、でっかい腕の方が魔力も沢山だし、凄いと思うんだ。」

「ああ、そういう事。」


ジルの素朴な疑問にロシェは合点がてんする。


「私の魔法は雑。」


彼女の表情は分かり辛い。

だが考えている事は分かる。

自分は未熟で悔しい、という心境だ。


「雑だから生成物も大きい。師匠は最低限の魔力で小さくて細かい物を作れる。」

「効率が良いって事か。」

「そう。とても効率的。」


ザジムの言葉にロシェは頷く。


「人間性はともかく、その技術は尊敬できる。人間性はともかく。」

「二回言った・・・・・・。」


どの学派でも魔法は効率を求める。

その中でも魔法装具学はより小さく、より効率的に、という事を求めている。


そういった面で言えば、ゲルタルクの造形は一種のいただきである。


「でも例外がある。」

「例外?」

「そう。魔力吸収率が高い鉱石は私みたいな大雑把でも生成物が小さく出来る。」


そう言ってポシェットから小さなビンに入った金属粉を取り出す。


「前に師匠から貰ったこれ。その代わりに魔力をいっぱい持って行かれるけど。」

「なるほどな、裏技みたいな感じか。」

「そそ。」


それを聞いてジルはふと思い立つ。


「あ、そう言えば今日実験しようと思ってた魔獣がそんな感じかも。」

「魔獣が?」

「うん。」


一つ頷いて実験対象を説明する。


異鉄兎 ―メリフェールラピ― 。

東大陸に生息する兎の魔獣。


牙と爪に超高密度の魔力を持ち、それの見た目は鉄と大差ない。

だが、普通の鉄と混ぜる事で凄い感じの鋼鉄になる。


ジルの説明は大雑把であった。


「説明がいい加減すぎるだろ!」

「だって私、武器の事とか分かんないんだもん!」

異鉄兎メリフェールラピの素材は高い。めちゃ高価。召喚出来て採取できればすごい。」

「むむ、良い事聞いた気がする!よぉし、やるぞ!」


がたん、と椅子を引いてジルは立ち上がる。

代金を机において走り去る。


がしっ!


腕を掴まれて急停止。


「ジルちゃん、ちょっと待ちなさい。」


エルカだった。


「あ、エルカさん!これから召喚実験します!」

「それは聞こえてたわ。でも異鉄兎を一人で召喚するのはダメ。危険すぎるわ。」


エルカの表情は真剣だ。


「危険・・・・・・、でもマカミもいますし!」

「多分、今のマカミちゃんじゃ勝てない相手よ?」

「え、マジですか・・・?」

「まじです。集団で大型魔獣すら狩るの。がりがり、って食べられてしまうわ。」


走り去らんとしていたジルの勢いが無くなる。


「なので、誰かに手伝ってもらう事。」

「そういう事なら!」

「俺はパス。これから外に行かなきゃならねぇんでな。」

「え~~。」


不満そうにジルはザジムを見る。


「じゃあ、私が一緒に。」


ロシェが手を上げる。


「おお!ロシェちゃん流石!どこかのザジム君とは違うね!」

「褒められた。」

「個人を特定して批判すんな。」


不満を垂れるザジムと、気を付けてと念を押すエルカと別れ、店を後にする。

流石に自室では狭いので訓練場へと向かう事にした。


「そういえば、素材どうするの?」


訓練場に着いたところでロシェがふと思い出したようにジルに聞いた。


「ふっふっふ・・・、私にはこれがあるんだなぁ、これが!!」


ローブのポケットからジルは何かを取り出し、高く掲げた。

それは一見するとゴツゴツしているだけのただの石ころ。

しかし、その割れ目からは赤黒い光が見える。


「それ、炎熱鉱石?」

「そう!この間、リスちゃんと西大陸に行った時に、にゅーしゅ、しました!」

「おおー。」


自慢げに言い放つジルに対してロシェはパチパチと手を叩く。


炎熱鉱石をこれまたポケットから取り出した紙にくるんだ。

紙の内側には魔法陣が描かれており、その中心部分には兎の紋様が入っている。

丸めて包んだそれを兎毛うのけの毛糸を使って十字に縛り上げた。


少し距離を取った場所において、準備は完了だ。


「それじゃあ、始めるね!」

「りょーかい、こっちはいつでも。」


ジルが召喚のために魔力を注ぐのと同時にロシェも構える。


万が一召喚された異鉄兎が襲い掛かってきたらジルは対処できない。

その時はロシェの出番だ。

マカミもジルの隣で構えている。


距離がある事から魔力の注入方法も少し変える。

一本の線で繋がった先に真っすぐさらさらと流すように魔力を送っていく。


流れ込んだ魔力に反応して毛糸が薄黄色に変化し、次第に金色へと変わる。

金に染まった毛糸から紙へと色が移っていった。

全体が金色にぼんやりと光り、内部の炎熱鉱石が分解され中心に黒い影が生まれる。

次第にその黒さが増していき、輪郭のみを金色の光が彩っていた。


その様はまるで皆既日食のダイヤモンドリングのようだ。


ぐおっっっ!


引き込まれるような黒い影が金のダイヤモンドリングすらも飲み込む。

一瞬大きく広がった後に一気に収縮して5cm程度の黒いきゅうへと変わった。

その次の瞬間にはその球が勢いよく弾ける。


ぱぁんっっっ!!!


大きな音が訓練場に響き、黒いもやが球があった場所に広がった。

ロシェが身構え、いつでも攻撃が出来るように腰のポシェットの中のビンを開ける。

マカミも前傾姿勢になっていつでも飛び掛かれる体勢だ。


・・・が、靄の中から何も出てこない。

次第に靄が晴れていく。


「ん。何もいない。」

「ぐはぁ・・・・・・、失敗かぁ。」


その場に、ぺたん、とジルは座り、天井を見上げる。


「?」


ロシェが何かに気付き、黒い球があった場所へ近づいていく。

そして何かを拾い上げた。


「ジル。」

「うおぅっ!ロシェちゃん何!?」


超至近距離まで顔を近づけたロシェに覗き込まれる。

驚いたジルは座った状態のまま、後ずさった。


「これ。」


ロシェは何やら小さな黒い物をジルに見せた。

先程素材に使った炎熱鉱石に似ている、が違う。


「あ!これって、異鉄兎の牙!?」

「うん、多分そう。」

「成功とも失敗とも言いづらい~、中途半端ちゅうとはんぱ~!」


足をじたばたと動かしてジルは駄々をこねる。


「ねえ、ジル。これ、売ってくれない?」

「ん?」

「金貨一枚なら出せる。」

「金貨一枚!?」


金貨一枚。

かなりの大金だ。

ロシェが出せる限界一杯の額だろう。


「でも、素材屋ならそれに銀貨が五枚、もしかしたらもう一枚金貨が付く。」

「いいよ、それあげる!」

「いいの?じゃあ金貨を―――」

「いらないよ。あげるって言ったじゃん!」


ジルはさも当然のように言い放つ。


「貰えない。払わせて。」


さしものロシェも少し狼狽うろたえている。


「いいよいいよ、だって友達にあげるんだもん。プレゼントだよ。」

「でも・・・・・・。」


ロシェは中々納得しない。当然だ。

ジルは少し考えて、何かを思いつく。


「じゃあ、もし私がすっっっっごい困ったり助けを求めた時に助けてよ!」

「・・・・・・分かった、絶対助ける。」

「うん!ま、そんな事にならないのが一番大切なんだけどね~、あはは。」


笑いながらジルとロシェは握手を交わし、約束したのだった。

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