第16レポート いでよ!幼小竜!

竜は魔獣である。

龍は神である。


竜は暴虐の王である。

龍は思慮深き名君である。


この世界において、竜 ―ドラコ― と龍 ―ドラゴン― は異なる存在である。


ドラコは魔獣として基本的に知性を持たない略奪者。


ドラゴンは高い知性を持つ存在で、多くはダルナトリアに存在する。

龍の神である龍神公りゅうじんこうゼルカディアにかしずく存在である。


前者は討伐されるべき存在であり、後者は人と共に歩む存在である。


ドラコにも色々いる。


砂漠にむ町一つ分もあろうかという砂竜ザントドラッヘ

海の中に棲む細長い体躯の水竜ヒュドルドラコ


天を自在に飛び獲物を狩る飛竜ワイバーン

体長が人間未満の幼小竜 ―フラウムドラコ― もいる。


ジルが喚び出そうとしているのは幼小竜フラウムドラコである。

他の竜はあまりにも危険であるので、まだ制御できる種を選んだのだ。


先般のゴーレム召喚が成功してから、様々な召喚を試してきた。


嵐鼠テンペスタマオス凍結ペンギンコンヘルグイノのような比較的弱い魔獣は失敗。

細剣妖精レプフォスニュンフェはレイピアが召喚された。


これらを比較すると、細剣妖精の方が遥かにかくの高い存在である。

何故かは全く分からないが、難易度の高い存在の方が具現化ぐげんかしている気がする。


ならばいつもよりも高等な召喚をしてみようと思い立ったのだ。




「むむむむむぅ。」


素材屋の平積み棚の前でかれこれ半刻、ジルはうろつき、腕組みして唸る。

頭を抱えたりして営業妨害を続けていた。


幸いにして引っ切り無しに客が来店する事で、アルーゼから拳骨は回避されていた。

一応は追い出されるような事態にはなっていない。


が、それもここまでである。


「おい、店先で邪魔すンな。買わないなら帰れ帰れ。」


アルーゼはジルを手でしっしっと追い払う。


だがジルは我関われかんせずで棚の上の素材を見つめていた。

そこに陳列されているのは竜の鱗である。


たいして上級の竜の物ではないが、やはり他の素材と比べると割高だ。


「ぐぐぐ、これを買うとお財布が、でも実験のためにはぁ。むむぅ。」

「買うのか買わないのか、はッきりしろ。買わないならさッさと帰れ、ド阿呆。」


アルーゼの言葉にジルは顔を上げる。


「あのぅ、これ、値引きとかぁ。」

「お値段はそこに書いてある通りデス。」


ジルのダメ元のお願いに対して、間髪かんぱつ入れずに事務的カウンターを食らわせた。




「買った、買っちゃった。もう後戻りはできない、やるしかない。」


妻だか夫だかつかえる主だかを毒薬であやめようとしている輩のような事を言う。

ジルは決意を胸に自室に向かって歩いていた。


「お、ジルじゃねぇか。」

「おは。」


連れ立って歩いていたザジムとロシェがジルに声をかけた。


「あれ?二人とも一緒にいるなんて珍しいね。はっ、もしかしてデート!?」

「んなわけあるか。偶然部屋を出たタイミングが一緒だっただけだ。」

「そう。わたし犬より猫派。」

「俺、犬扱いかよ、おい。」


不満そうな顔でロシェを見るザジム、だがロシェはまったく気にしていない。


「それ、竜の鱗?」

「あ、そうそう。本日の召喚は幼小竜となっております。」

「いや、何で飯屋みたいな口上こうじょうなんだよ。」

「ふふふ、こうでもしないとお財布の中の現実に押しつぶされてしまうのだ!」


意味不明に胸を張るジル。

ザジムとロシェは、まあ分かる、といった表情で頷いた。


「そろそろ行くね、それじゃ!」

「おう、頑張れよー。」

「が~んばっ。」


走り出すジルに二人からエールが送られる。

二人に元気に手を振りながらジルは走り去っていった。




今回のジルはいつもにも増して真剣である。

高いお金を払って手に入れた素材を使うのだから当然である。


「失敗したら少なくとも三日間は小麦汁ファーリッパ、うぅ、ヤダヤダ。」


小麦汁 ―ファーリッパ― 。


小麦粉に水を加えて練った物を、野菜くずを煮たスープに入れて煮た料理である。


いや、料理とは言えないレベルの代物だ。

味は薄く、野菜くずは少なく、小麦の塊は何の味もしない。


腹に溜まるだけで好んで食べたいものではない、貧乏飯である。

ある意味、魔法研究者の主食とも言える存在だ。


「こっちの油で術式書いた火炎笹を丸めて、魔石を包んで留めて。」


そんな辛い未来を回避せん、との気迫で準備を進める。


「竜の鱗は砕いて油に。砕いて、砕い、て、ぐぐ、ぐぅ、ぅぅぅ。」


木槌を振りかぶった状態で逡巡しゅんじゅんする。

砕いてしまったらもう他の用途には使えない。


竜の鱗はそのままでも魔石と同等以上の魔力増幅効果がある。

だが砕いてしまうとその効果が時間と共に薄れてしまう。


必要とはいえ、やはり高価なものを破壊するのは決心がつかないものである。


「ええい、こういうのは思い切りだぁ!!!うらぁぁぁ!!!」


大声で迷いを振り切るように気合を入れ、木槌を渾身の力を込めて振り下ろす。

ばきっ、という音と共に鱗は中心から放射状に砕けた。


僅かにため息を吐きながらもジルはテキパキと準備を進めていく。


砕いた鱗はビンに入れて菜種なたね油をなみなみと注ぐ。

ビンの蓋を閉じてビンの上半分を包むように術式が書かれた正方形の紙を貼った。


魔法陣の中心には、Hの字を書き、重なるように九十度回転させた正方形を描く。

その上に素材を全て置き、準備を完了した。


もしもの時に備えて入口のカギを開けておく事も忘れずに。


「さてと、準備は完了したけど、ちょっと休憩ぃ~。」


準備に色々と精神力を使ったジルは椅子に腰かけて休む。

肉体疲労と言うよりも精神的疲労である。


「うっし、やるか!」


気合を再注入してジルは勢いよく立ち上がった。


入口を背にして魔法陣の前に立ち、魔法陣に向かって手を伸ばす。

を意識しながら、魔力を魔法陣へと送り込んでいく。


パチパチと魔石が反応する音が鳴り、火炎笹に書いた術式が焦げて浮かび上がった。


ビンを覆う紙の術式が、端から中心に迷路を通り抜けていくように薄緑に光る。

中心に到達した光がビンの中の油へと浸透した。


薄緑に光る油の中の竜の鱗が魔力を吸い込み、赤色にじわりと光を帯びていく。


魔法陣が放つ光は薄紫から次第に赤褐色へと移り変わる。

そして、じわじわと光の柱が高くなっていく。


「彼方より来たれ、小さき者よ。」


召喚する対象へとびかける。


言葉とは単なる意思疎通の手段ではない。

言葉には力が宿り、力が宿った言葉は人に物に環境に世界に影響を及ぼす。


魔力にも魔獣にもその力は影響する。

自分の力以上の魔法行使にはこの『言葉の力』を借りるのだ。


言うなれば魔法において言葉は、魔力増幅する魔石や竜の鱗のようなものである。


「ふっ!」


強く短く息を吐き、術式の締めに魔力を強く注ぎ込んだ。


ボウッ


炎が魔法陣から現れて素材を焼き尽くした。

ジルの胸の高さで炎は球体となり、火球を形作る。


そして、それは空中で静止した。


(これ、成功?それとも?)


ジルの目の前で火球の中の炎が渦巻いた。

その炎を見るジルは魔法陣へ手を伸ばしたまま息を呑む。


その時だった。


ゴォッ!


火球がジルに向かって勢いよく向かってきた。


「うわぁ!」


避ける暇もなく火球はジルに直撃する。


ジルは左腕を体の前に出して顔を守り、何とか着ているローブで火球を受け止める。


この国で支給されるローブは炎や溶解毒などに強い特別製。

暖炉にべても燃えない程の強耐火性を持っている。


だが―――


ジリジリジリ


火球の勢いに押されながらジルは耐えていたが、受け止めたローブが焦げていく。


それを驚愕しながら、遂にジルは火球によって宙に浮いた。

火球を胸に抱いた状態で入口のドアを打ち開き、廊下を欄干を超える。


そして、空中へと投げ出された。


受け止めていた火球はジルの胸から離れ、浮力を失ったジルは落下した。

店の屋根に体を打ち付けて破壊しながら二度三度バウンドする。


そのまま一階層の中心部にある広場の地面に転がり落ちた。


「何だ何だ!?」

「危な!誰か降って来た!」

「え、上に何かあるよ!?空中!」

「な、ありゃ何だ?」


広場にいた人々はあるいは空中を見て、あるいは指さし、あるいは身構えている。


体中の痛みに耐えながらジルはよろよろと立ち上がり、周囲の人の様子に気付いた。

みなが自分の後ろの空中を見ている。


その視線を追ってジルはゆっくり振り返った。


そこには先程とは比較にならないほどの大きさになった眩しいほどの光。


巨大な火球が轟々と音を立てながら燃えていた―――

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