第15レポート いでよ!毒小蜘蛛!

「この触媒はこっちに、この傷薬は棚に置いてっと。」


瓶に詰められた薬品を綺麗に陳列する。


「プランターの植物には水を~。」


如雨露じょうろで、さらさらと緑に雨を恵む。


今日は調剤屋でのアルバイト。


料理屋と比べると、とても落ち着いた店内。

時間は穏やかに緩やかに流れている。


かつては薬品調合で爆発を繰り返していたジルだが、今や傷薬マイスター。

この店に並んでいる傷薬の一割はジル作である。


イーグリスの腕前には遠く及ばないが、それでも市販できるレベルである。

だからこそ陰口でアルバイトが本業、と言われるのだが。


「ジルちゃん、そろそろお店開けるね~。」

「あ、はーい!」


傷薬に触媒、薬品に毒物、朝から魔法研究者は様々な物を買っていく。

それらは彼らの研究を支え、魔法を革新させたり、新たな知識をもたらす。


この調剤屋は必要不可欠な舞台裏の支援者である。




一日のアルバイトを終え、ジルはイーグリスとお茶しながらまったりしていた。


「お疲れ様、ジルちゃん。」

「イーグリスさんもお疲れ様でした~。」


カウンターを挟む形で二人は腰掛け、紅茶とお菓子が用意されている。

店じまい後のティータイムは毎回恒例である。


「はぁ~、あったかい紅茶が体に染みるぅ。」

「今日の茶葉はシュレーゲン連合王国産よ~。ほんのり甘みがあって美味しい~。」


紅茶を一口飲み、ふぅ、と一息く。


「香りも良いし、こういうのが普通に手に入れられるようになって良いわねぇ~。」

「本当にそうですねぇ。」


シュレーゲン連合王国は東大陸の大国。


いくつもの王国が一人の君主の下に存在する連合国家。

中央大陸の覇者オーベルグ帝国と大戦を繰り広げたほどの国力を持っている。


かつては東大陸の物は中央大陸にはそれほど流通してなかった。

数年前に両国の関係改善が行われ、今や両大陸間で盛んに交易が行われている。


ほんわか、ゆるゆるした時間が流れていく。

イーグリスは他人を癒す力があるに違いない。


「あ、そうだ!毒草ってあります?葉っぱ一枚で良いんですが。」

「毒草?何に使うのかな、ジルちゃんの等級では調薬に使うのは禁止よ~?」


毒の調薬は三等級でしか許可されていない。

理由は単純で、危険である事と毒薬を安易に流通させないようにする為である。


ジルの目的はもちろん違う。


「毒薬なんて作りませんよ~。召喚で毒持ちの魔獣召喚しようと思って。」

「あら、大丈夫なの?危険じゃない~?」

「あ、毒は弱い魔獣なんです。毒小蜘蛛 ―ソギルブート― っていう。」

「ああ、カレザントにいる小っちゃい蜘蛛の魔獣か~。あれなら大丈夫ね~。」


毒小蜘蛛ソギルブートは親指大の黒い蜘蛛である。


蜘蛛は古くから魔法と結びつきが強い存在。

それは魔法を産み出した始祖が蜘蛛の魔獣である、と伝わるからだ。


ただの魔獣だった蜘蛛は修練を積み、力を蓄え、遂には魔法という力を手に入れる。

その力は常ならぬ力であり、魔獣であった蜘蛛は遂には神へと転身した。


二足六手にそくろくしゅ女人にょにんの姿を得た蜘蛛は『魔蜘まちの神』へと至る。


こうした神話から、蜘蛛は魔を司る存在となったのだ。




「はい!初めはやっぱり安全なところから、と思って!」

「うん、そういう事なら大丈夫そうね。じゃあ、この書類にサインお願い。」


イーグリスはカウンターの下から一枚の書類を取り出した。


何やら難しい言葉が並んでいる。

簡単に言えば、下級研究者に特別に毒物渡す際の国への申請書類である。


万が一、製造・流出した場合の国外追放処分などが細かく記載されていた。


「了解です!さらさら~っと、完了!」

「はい、受け取りました。じゃあ、これをどうぞ。」


カウンター後ろに設置された小さい引き出しが沢山あるチェストの一つを開けた。

その中から葉っぱを一枚取り出してジルに手渡す。


ジルは代金を払って調剤屋を後にした。




その足ですぐ隣の素材屋へと乱入する。

いつものやり取り大声と罵声を成し遂げて本題を伝える。


「糸下さい、糸!」

「糸ォ?糸つっても色々あンぞ、どんなのが欲しいんだ?」


この世界には様々な素材がある。

糸についてもそれは同じ。


綿花から作られる物、蚕から採れる物、魔獣の一部を裂いて出来る物、等々。

両手では数えきれないほどに多くの種類が存在している。


それぞれの用途も様々。


衣服や生活用品に使われる物。

武具に使われる物。


船の帆を操作する綱である帆綱ほづなに使われる物。

果ては城壁などの巨大構造物の内部でそれを支える目的で使われる物。


最後の物は、もはや糸とは呼べないかもしれないが。


「う~ん、毒小蜘蛛だからやっぱり蜘蛛の糸かなぁ。」

「毒小蜘蛛ォ?んなら蜘蛛の糸じゃダメなンじゃねェのか?」

「え、何で?蜘蛛だよ?」

「あいつら糸吐かねェだろが。」

「あ。」


毒小蜘蛛は巣を張らず、動き回って狩猟をする蜘蛛である。


物陰に隠れて獲物が来るのを待ち、虫や魔獣に素早く飛び掛かり捕食する。

そういった生態なので糸は出さず、代わりに毒液を射出する能力を有しているのだ。


その毒液は人間にとっては危険と言えるほどの物では無い。

しかし、小さい獲物を麻痺させるくらいは毒性を有しているのである。


その武器は素材として人間に利用されるのだ。


「そういえばそうだった!アルーゼさんありがとう!」

「いや、召喚するンならその位は調べろや。」

「ぐっ、そう言われると弱いなぁ~。」


下調べ不足だった。

蜘蛛と言えば糸、糸と言えば蜘蛛、無意識にそう思っていたのである。


こと魔法研究においては常識は敵なのである。


「あれ?でも何でアルーゼさんそんなに詳しいの?」

「あァ?そういや言った事無かッたか、元々は魔法研究者なんだよ、魔獣生態学。」

「え、ええええええーーーー!?初耳!!」

「うるせェ!言ってねェから初耳に決まッてンだろが、アホタレ!」


まさかの経歴にジルは驚愕。

対するアルーゼはいつも通りに罵声をぶつける。


「な、何で研究止めちゃったの?怪我とか?」

「ンなマヌケじゃねェよ。単純にやる気が無くなった。元々ガラじゃねェ。」

「んー?じゃあ何で研究者に?」


至極当然の疑問である。


「オレのジジイが八等級の魔法研究者だッたんだよ。」

「うはぁ、雲の上の人じゃん。」

「ムリヤリ引ッ張ってこられた。だから、やる気は元から無ェ。」

「ほほー。でも上級って事は凄い人なんじゃないの?おじいさん。」

「ンな立派なもんじゃねェよ。他人ヒトの人生からめとる蜘蛛みたいなジジイだ。」


そう言いながら、ふん、と鼻を鳴らす。


「まあいいや、じゃあ蜘蛛の足にしよっと。」

「お前、聞いておいて興味無くすンじゃねェよ。おら、金払ッてとッとと帰れ。」


代金をむしり取り、アルーゼはジルを追い出したのだった。




召喚するにあたってジルは気を付けていることがある。


第一に、下準備は念入りに行う。

第二に、万が一のために脱出できるようにする。

第三に、自分の技量を超えると判断した召喚術式は組まない。

第四に、想定外の危険がある場合は召喚を即時中止する。


なお、他人に迷惑をかけない、という項目は存在しない。


「素材をごりごり、ご~りごり。」


ふんふんと鼻歌を奏でつつ、時々謎の歌詞を付けて歌っていた。


買ってきた蜘蛛の足と毒草を挽いて粉にして混ぜ合わせる。

縦長の魔石を縦半分に割って、中心部分を削ってくぼみを作った。


窪んだ部分に粉末状になった素材と魔石の削りかすを入れる。

二分割された魔石を合わせて元の形に戻し、開かないように糸で縛った。


魔法陣の中心には蜘蛛の姿を簡略化した図を描く。


準備が完了し、いつものようにジルは魔法陣の前に立つ。

魔力供給を開始するとすぐに反応が起きた。


(んんん~?なんか予想と違うぞ?)


ジルは想定と違う反応に怪訝けげんな顔をする。

ジルの仮定では、じわじわと魔石が光って内部の粉末状の素材が混ざるはずだった。


だが目の前では魔石は光らず、コトコトと僅かに揺れている。

次の瞬間―――


ボシュゥゥ


紫色の毒々しい煙が魔石から立ち上った。


「マズイ!術式緊急停止!だりゃぁぁ!!」


両手を、ぱぁんっ、と打ち合わせて召喚を中止する。

煙は膝丈程度に立ち上っただけで消え去った。


周囲やジルに被害が出なかったことが、せめてもの幸いであった。

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