第9レポート いでよ!タイニーゴーレム! その2

ミニエーラ鉱山は多くの鉱員が働く、開拓されきった鉱山だ。


内部は網目のように坑道が繋がり、鉄を始めとして様々な鉱物や魔石を産出する。

帝国の屋台骨を支える、力の源泉の一つなのだ。


この鉱山の歴史は帝国史と密接に関係している。

長い歴史があるからこそ、忘れられていったものもあるのだ。


落盤によって壁が崩れた事で、遥か昔に放棄されたであろう坑道が発見された。

手付かずに近いその場所、我先にと潜った鉱員はそこで魔獣に襲われる。


その後、兵士や傭兵たちによって魔獣討伐が行われた。

だが、徹底的な討伐にも関わらず、今なお散発的に魔獣は湧き出し続けている。


鉱員は危険を嫌って寄り付かず、傭兵も金にならない事から完全放置状態。

その坑道は、今なお手付かずのままそこに存在している。




三人は坑道を進んでいた。


先頭にオーベル、続いてジル、最後にロシェ。

周囲を警戒しながら奥へ奥へと進んでいく。


「今のところ、魔獣はいないね。」

「警戒は解くなよ。魔獣が”湧き出ている”んだからな。」

「どこから出てくるか分かんない、って事だよね。」

「普通なら一回の討伐で終わる。でも、そうはなってない。」

「ああ。おそらくこの場所の魔石が何らかの作用をしているんだろう。」


この場所の魔獣は倒しても倒しても湧いてくる。

開発は止まってしまい、討伐を続けると無尽蔵に金が出ていく。


ミニエーラを領地に持つ貴族は悩みぬいたすえ、苦肉の策を講じた。

この坑道で産出する物については持ち出しを自由としたのだ。


かねになる鉱物や魔石が存在する手付かずの坑道。

稼ぎを求めて傭兵がやってきては魔獣を倒してくれる。


魔獣が溢れて、既存の坑道にまで被害が及ばないようにするのである。


この一手は、この町の問題と上手くかみ合って町はより活性化した。


入坑にゅうこう料を払えば誰でも入ることが出来る。

反面で内部で何があっても自己責任だ。


ジル達もこれを求めてやって来た。




坑道の中は先行者たちによって魔石灯ませきとうが設置されており、十分に明るい。


「ぬ。止まれ。」


曲がりくねった坑道の曲がり角で、オーベルが短く小声で伝える。

緊張した様子でジルとロシェは立ち止まった。


石モグララピスモールか。小型だ。ひぃふぅみぃ、五匹か、ちと多いな。」


角の先にはジルの膝丈位のモグラが五匹。

鼻の先と鋭い爪が鈍く鋼色に光っていた。


魔石や鉱物を食べて体に取り込む魔獣であり、この場所では鉄を主に食べている。

ゆえに鼻先と爪は人間の身体を容易に切り裂く刃物なのだ。


「私がやる。」


ロシェが、すっ、とモグラたちの前に進み出た。

外敵に気付いたモグラたちは一斉に向かってくる。


ざあっ


ロシェのポシェットから金属粉が舞った。

右腕にまとわりつきロシェの身体よりも大きい銀色の腕を作り出す。


「はっ!」


その腕を一度後ろに引いてから、思いっきり前方へ叩きつけた。


どずんっ!


衝撃が坑道を揺らし、壁面と天井からパラパラと小石が落ちる。

五匹の石モグララピスモールは腕に弾き飛ばされて絶命していた。


「よしっ。」


巨腕をしまってロシェは胸を張った。

それを見てオーベルは感心した声を出す。


「ほほ~、中々やるもんだな。荒事は得意そうには見えんのにな。」

「ロシェちゃん可憐。」


ぴっ、と人差し指を立ててロシェは振り向く。


「さすがロシェちゃん!かっこいい!」

「いぇい。」


二人してハイタッチ。

微笑ましい光景にオーベルは微笑んだ。


「そらそら、先を急ぐぞ。のんびりしておったら夜になっちまうぞ。」


二人をかして奥へと進む。


どんどんと先細る坑道の先。

本道ほんどうから細い横道が伸びている場所へとたどり着く。


細い横道が暗闇回廊だ。


本道が明るい反面、横道の奥は吸い込まれるような完全な闇。

入るには実に躊躇ちゅうちょする光景だ。


「ここが目的地。」


ロシェがそう言って指をさす。


この内部は魔石の密集地帯。

良質な魔石を採取できれば、入坑料と差し引いても十分にお釣りがくる。


「見事なまでに真っ暗だぁ。」


ジルは嫌そうな顔でそう言った。


「おいおい、ここに入るために来たんだろうが。ほれ、さっさと行くぞ。」


オーベルは、ずんずんと暗闇回廊へと入っていく。

はっ、としてその後をジルが追う。

ロシェがその後ろを付いていった。


オーベルは松明に火を付けジルに渡す。

なるべく前が照らされるように、ジルはそれを掲げた。


光に照らされた壁面はキラキラと光っている。

魔石である。


だが、ジルとロシェが望んでいるのはもっと高品質な魔石だ。


奥の方は人の手が入っていないはず。

より良い魔石があるだろう。


だが松明は三本しか無い、迅速に目的を達して戻る必要がある。


警戒しつつもなるべく急いで先へと進んでいく。


「お!これ、この魔石!これならいいんじゃない?」


ジルはロシェに声をかけた。

ロシェは差し出された魔石を松明の光に照らして確認する。


「ほどほどの大きさで純度も良好、中に傷がない、良い品質。」


魔石はその大きさと純度、そして内部の傷が品質に影響する。

純度については光の反射具合で分かるのだ。


この品質の魔石なら十分目的を達せられるだろう。

ジルは少し横の地面に松明を突き刺し、二人して採取にかかる。


これはダメ、これは良い、と魔石を選別していく。

二人の後ろでオーベルは周囲を警戒している。


その時、ジルはなぜか冷たい風を感じた。


ふっ


松明が突然消える。

まだまだ消えるような火勢かせいでは無かった。


「えっ!」


突然の事にジルは思わず声を上げる。

それに対してオーベルが咄嗟に声を上げる。


「嬢ちゃんたち!声を出すな!その場を動くんじゃないぞ!!」


わざと声を張り上げているような大声で二人に向かって声をかけた。


いや、声の向いている先は暗闇の奥。

松明が消えた時点で、が三人の直近に現れた事をオーベルは把握していた。


そして暗闇の中でジルの発した声に反応した事も。

の標的を自分に向けるために声を張ったのだ。


ズガンッ!


何か大きなものが坑道の壁面に勢いよく衝突する。

それと同時にオーベルのくぐもった声が聞こえた。


ジルとロシェはオーベルから言われた通りに声を押し殺す。

暗闇の中にいるの正体を見極めようと目を凝らした。


ジルは松明に火を付けようとするが魔法は出せない、火打石では音が出る。

火種が無い。


焦るジルの手をロシェが握る。


そして手のひらの中の何かを渡した。

これは金属粉と魔石だ。


巨腕を作り出す要領で、魔石に蓄積していた魔力を金属粉に移した物である。

既に火傷しそうなほどに発熱していた。


熱さに耐えながら、それを急いで松明に塗り付ける。

じじっ、と松明が燻る音がして、次の瞬間、ボッ、と火が付いた。


炎に照らされた先には巨大な丸いシルエットが浮かんだ。


石モグラ。


だが先ほど難なく倒した小型のものではない。

坑道をふさぐほど巨大で、鼻先と爪は青く光っている。


この鉱山で産出される魔石に、青は無い。

ここでは無い、どこかからやって来た存在だ。


それ即ち、湧いた、という事。


オーベルは壁に背を付けた状態で、力なく座り込んでいる。

先程の音は石モグラがオーベルに体当たりした音だ、とジルもすぐに分かった。


ロシェはすぐに右腕に巨腕を作り出し、ジルと石モグラの間に立つ。


「ジル、オーベルを!」


声を張り、石モグラの注意を自分に引き付けた。

ブフー、と荒い鼻息を鳴らしながら石モグラはロシェに向き合う。


その後ろを音を立てないようにジルはオーベルに近寄った。


ブォォッ!


石モグラは一直線にロシェに突撃した。

後ろにいる二人を守るためにそれを受け止める。


ドォォォォンッ!!


「あぐっ・・・・・・!」


強烈な衝撃がロシェを襲った。

たった一撃で作り出した巨腕に大きなヒビが走る。


巨腕だけでなく、ロシェ自身の右腕にも激痛。

がくん、と膝をついた。


もう一度、同じ一撃を食らったらまず間違いなく受け止めきれない。

それを見たジルは焦る。


(ダメだ、このままじゃみんなやられちゃう!)


だが、自分に出来るのは暴発する基礎魔法と失敗続きの召喚術だけ。

あまりにも無力だ。


(どうしよう!どうしよう!)


今までこの場所で現れる魔獣は小さなものばかり。

大丈夫のはずだった。


こんな巨大な魔獣は現れた事がない。

だから自分たちでも問題が無いと思っていた。


だが、目の前に広がる光景は絶望しか存在していない。


(でも、でも、でも!こんな所で終わりたくない!)


ジルは決意する。


何もやらずには終われない。

たとえダメだったとしても、最後の最後まで足搔いてやる!


魔石を掴んでいた手に力が入る。


(やってやる、出来る、絶対に成功する・・・・・・!!)


魔石に魔力を注ぎ込む。

ぼわっ、と光った魔石が熱を持つ。


片手に持ったピッケルで壁を打って、手のひら以上に大きい石を掴む。


その打撃音に石モグラが反応してジルの方を向いた。


ブルルゥゥッ


更に荒くなった鼻息。

ジルを見る目は血走っている。


熱いはずの坑道内に石モグラの鼻先の魔石から冷気が漂う。

ジルの頬に冷や汗が伝った。


「やれる!やれるんだ!!!」


ブオォォッ!!!!


ジルの大声に石モグラが突進した。


命の危機にジルの目に映る光景がスローモーションに映る。

どんどん巨大になる石モグラ、苦悶の表情を浮かべながらもジルを見るロシェ。


ジルは手にした魔石と岩石を石モグラに投げつけた。


「来てっっっ!!!!!!!!!!!!」


眩い光が坑道の中を照らした。

魔石と岩石が粒子となって混ざり合う。


魔石による吸収を上回る爆発的な魔力の奔流ほんりゅうが周囲に流れた。

光の中で何かの姿が現れる。


ドズンッ!!!


ジルは一瞬その光景を理解できなかった。


によって石モグラの突進は止まっていた。


坑道に立つ二足の巨大な足。

石モグラを脇に抱えるように受け止める腕。


いびつな石造りで不格好だがは確かにそこにいた。


小岩石人 ―タイニーゴーレム― 。

岩石人ゴーレムと比べると小さいが、人間と比べれば随分と大きな石造りの巨人。


優秀な知能があるわけではなく、自分の意思で動くような存在ではない。

だが、命令者の指示を愚直に実行する。


今、この場において何よりも頼もしい存在だ。


「そのまま石モグラの首を締め上げて!!」


状況を理解したジルが声を上げる。

ミチミチと音を立てながら、小岩石人は命令通りに石モグラを締め上げた。


ブフーッ!ブフーッ!!


興奮で荒かった鼻息が、今度は苦しさによって荒くなる。

だが、あまりにも巨大な石モグラの頭に小岩石人ですら締めきれない。


膠着こうちゃく状態だ。


いや、不完全な召喚術、いずれは召喚された存在を維持できなくなる。

状況は未だにジル達に不利なままだ。


しかし。


「むんっ!!!」


どずっ、という鈍い音と共に、石モグラの右目に剣が突き刺さる。

ジルのそばで倒れていたはずのオーベルがいつの間にか石モグラの近くにいた。


石モグラを彼の短剣が貫いていた。


ブガッ!


強烈な痛みに石モグラが鳴く。


「ぬぅん!」


全体重をかけてオーベルが剣を突き入れた。

ゴボッ、と嫌な貫通音が鳴り、石モグラが痙攣けいれんする。


すぐに石モグラは脱力して動かなくなった。

それと同時に、小岩石人はバラバラになって消えていく。


「ふう、何とかなったな。二人とも大丈夫か?」


すっくと立ちあがりオーベルは二人に声をかけた。

ロシェは右腕を左手でさすりながら立ち上がる。


ジルはへたり込んだままだ。


「大丈夫?」


ジルにロシェが手を差し伸べた。


ほうけたまま、ジルはその手をとり立ち上がる。

いまだに何が起こったか理解できていないようだ。


「ジル嬢ちゃんのお陰で助かったな!」

「ジル、ありがとう。」


二人からお礼を言われてジルは我に返る。


「え、え、え、いま召喚に成功した???」

「うん。」

「おうとも。」


二人から肯定の返答。

ジルはふるふると身体を震わせる。


「や、やったーーーーーー!」


狭い坑道にジルの声が響いた。




坑道の魔石と石モグラから採取した魔石。

高品質な魔石を入手し、三人とも宿で体を休める。


流石に今日は、街に繰り出す余力は無かった。


ロシェはさっさと寝てしまい、ジルはベッドに寝ころんだまま天井を見ていた。


(成功したんだ。それもちゃんとした形で。)


初めての成功。それを噛みしめる。

ジルはその余韻を胸に夢の中へと沈んでいった。




オーベルは自室で誰かと会っていた。


「あまりご無理はなさらないでください。」


その男性はオーベルに言った。


「石モグラ程度でそう心配するな。本当に死にそうになったなら本気出すわい。」


そんな事はそうそうないだろうがな、と続けて、オーベルはひらひらと手を振った。


「相変わらずですね、貴方様は。」

「それがワシだからな。まあ未来の賢者のためになった、という事で勘弁せい。」

「どうかご理解下さい。帝国十公爵じっこうしゃく、ヴァムズ公爵の御父上なのですから。」

「娘に領地は任せておる。ワシは隠居の身、気ままに余生を楽しませてもらうさ。」


オーベルは、がはは、と笑うのだった。

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