隣の席の花楓さんは、世界の全てを見透かして

第9話 親近感

　中学時代（ちゅうがくじだい）の私は、本当（ほんとう）に自分勝手（じぶんかって）だったと思う。

　生徒会（せいとかい）の書記（しょき）に選出（せんしゅつ）されて、先生からも生徒たちからも、そして生徒会（せいとかい）のメンバーからも頼りにされてたから。

　期待（きたい）に応（こた）えるために、全力（ぜんりょく）を尽（つ）くしてたんだ。

　だけど、きっと私は人のために全力で動（うご）いちゃいけない人だったんだ。

　それに気が付いたのは、最後（さいご）の友人（ゆうじん）に言われた言葉（ことば）だった。

『須美（すみ）、あんた、最近（さいきん）変わったよね。なんていうか、厳（きび）しすぎじゃない？』

　何気（なにげ）ない雰囲気（ふんいき）で言われたその言葉（ことば）に、その時の私はピンと来てなかった。

　でも、今から思い返せば、彼女が言いたかったことが痛（いた）いほど伝わってくる。

　校則（こうそく）だとか、先生（せんせい）の言いつけだとか、生徒会（せいとかい）の決まり事だとか。

　沢山（たくさん）の建前（たてまえ）を使って、私は周囲（しゅうい）の人を縛（しば）り付けることに一生懸命（いっしょうけんめい）だった。

　当然（とうぜん）、周りにいたはずの友達（ともだち）は、瞬（またた）く間（ま）に遠ざかっていく。

　それからかな？

　私は友達（ともだち）の意味（いみ）が良く分からなくなっていったんだ。

　だからある時を境（さかい）に、来（く）る者（もの）拒（こば）まず、去（さ）る者（もの）追（お）わずに徹（てっ）することにした。

　隠（かく）したり取（と）り繕（つくろ）ったり、そんなことをしても去（さ）って行ってしまうのなら、それはもう、私に必要（ひつよう）のないもの。

　だからこそ、私は花楓（かえで）にどこか親近感（しんきんかん）を覚（おぼ）えてしまう。

　彼女にとっての友達（ともだち）って何なんだろう？

「って、私は朝（あさ）から何を考えてんだろ……」

　泡立（あわだ）った歯磨（はみが）き粉（こ）をペッと吐（は）き出して、口を注（すす）いだ私は、ふと小さく呟（つぶや）く。

　それもこれも、昨日（きのう）花楓（かえで）から聞いた話のせいに違いない。

　山田（やまだ）哲平（てっぺい）の、『人を操（あやつ）りたいという願望（がんぼう）』。

　野球部（やきゅうぶ）に所属（しょぞく）している彼は、夏休（なつやす）みを越（こ）えてようやく、自分の所属（しょぞく）している野球部（やきゅうぶ）がやる気に欠（か）けていることに気が付いたらしい。

　それはあまりにも遅（おそ）すぎるんじゃないの？

　なんて思うけど、どうもそうじゃなくて、夏休（なつやす）みが明（あ）けたタイミングで３年生が引退（いんたい）したんだって。

　その後（あと）、残（のこ）された部員（ぶいん）たちのやる気が欠落（けつらく）していったと花楓（かえで）は言ってる。

　そんな中で、山田（やまだ）は先輩（せんぱい）たちの分も頑張（がんば）るんだと言って、部員（ぶいん）を練習（れんしゅう）に誘（さそ）ってるけど、効果（こうか）が無いんだって。

　そんな話を聞かされたら、嫌でも自分の過去（かこ）の話を思い出してしまった。

　味方（みかた）だったはずの部員（ぶいん）たちがどんどん離（はな）れていく中で、山田（やまだ）はどんな結論（けつろん）を出すのかな？

　少（すく）なくとも、私とは全然（ぜんぜん）違（ちが）う結論（けつろん）を選（えら）ぶ気がする。

　まぁ、山田（やまだ）の事なんて、私はこれっぽっちも知らないんだけどね。

「さてと、学校に行きますかね」

　なんとなく呟（つぶや）きながら、着替（きが）えを終わらせた私は、重い足を動かして学校に向かった。

　教室（きょうしつ）に付くと、既（すで）に花楓（かえで）が席（せき）に着（つ）いていて、真っ先に私に顔を向けて来る。

　そんな彼女に小さく会釈（えしゃく）しながら、鞄（かばん）を机（つくえ）の横に引っ掛けた途端（とたん）、ポケットのスマホが鳴った。

「何？」

「ちょ、スマホ！」

「いや、隣（となり）にいるじゃん」

「そ、そうだけど……まぁ良っか。おはよう、スーミィ」

「おはよう」

「今日から元気に復活（ふっかつ）だから、よろしくね」

「昨日も元気だったじゃん？　そう言えば、どうして休んでたの？」

「まぁ、乙女（おとめ）には色々（いろいろ）とあるのですよ」

「あぁ、そういうこと」

「違（ちが）うからね！？　確（たし）かに言い方が悪（わる）かったけど、そういう日のことを言ってるわけじゃないから！」

「はいはい」

「扱（あつか）いが雑（ざつ）になって来てるよね？　まぁ良いんだけど。それよりスーミィ。どうやら気づいてないみたいだから教えておくけど、世間（せけん）では専（もっぱ）ら、私とスーミィが噂（うわさ）になってるんだよ？」

「え？　どうして？」

「ふふふ、なんでだと思う？」

　怪（あや）しげに笑う花楓（かえで）から、教室（きょうしつ）に視線（しせん）を移（うつ）した私は、確かに、妙（みょう）な視線（しせん）を感じた。

　この視線（しせん）はそう、花楓（かえで）がクラスの中で浮（う）いた存在になった時と似てる。

　核心（かくしん）は無いけど、どこか恐（おそ）れを抱（いだ）いているような、そんな疑惑（ぎわく）の目。

　心当（こころあ）たりがあるとしたら、公開処刑（こうかいしょけい）くらいしかない。

　でも、それは花楓（かえで）に向けられるべき視線（しせん）なはず……。

「どうして私が巻（ま）き込まれてるワケ？」

「だってワタシと一緒（いっしょ）に図書室（としょしつ）に行ったでしょ？　それを見られてたんじゃないかな？」

　つまりは、花楓がクラス中に送ったチャットが原因。

「そういうこと……実際（じっさい）、私は何もしてないんだけどな」

「大衆（たいしゅう）にとって、真実（しんじつ）なんてものはあまり意味（いみ）が無いんだよ。スーミィも１つ賢（かしこ）くなったね」

「嫌（いや）だなぁ……なんか、一気に年取った気分」

「ふふふ。スーミィも……ちょっと！？　既（すで）に知ってたワタシはもっと年寄（としよ）りって思ったでしょ！」

「思っただけだよ？」

「ぐぬぬ」

　頬（ほお）を膨（ふく）らませて不満（ふまん）を顕（あら）わにする花楓（かえで）に、笑（え）みを返した私は、黒板（こくばん）に視線（しせん）を戻した。

　と、その時。

　教室（きょうしつ）の扉（とびら）を開けて、一人の女子生徒（じょしせいと）が入ってくる。

　俯（うつむ）きがちで、そーっと姿（すがた）を現したのは、佐藤（さとう）亜美（あみ）だ。

　一瞬（いっしゅん）、教室（きょうしつ）に緊張（きんちょう）が走るけど、それはすぐに緩（ゆる）むことになる。

　彼女の後（あと）に続いて入って来た田中（たなか）先生が、いつも通りのローテンションでホームルームを始めたのがその原因。

　欠けている席は祇園寺（ぎおんじ）のものだけ。

　そんな教室を改（あらた）めて見渡した私は、今日も今日とて、時間に身を委（ゆだ）ねる。

　願（ねが）わくば、何も起きない平穏（へいおん）が続いて欲しい。

　だけど、そう言うわけにもいかないんだろうなぁ。

　そう思いながら、私は教室の一番後ろの角（かど）に座っている、山田（やまだ）の表情（ひょうじょう）を盗（ぬす）み見たのだった。