第62話 絶望
「――お前は誰だ! 本物のディールさんを何処にやった!」
『――ッ』
「…ふむ」
コルデー達が『支配の悪魔』と対峙し激戦を繰り広げている同時期、目の前に佇むディールを睨む。ディールは顎に手を置き興味深げに相槌を打つだけだ。
「ボールス君どうしたの? 彼はディールさんよ?」
耳を疑う発言を聞き呆然としているみんな。そんな中一番に意識を戻したポーネがその優しい声音で宥める。
「いえ、あれはディールさんじゃない」
それでも戦闘体勢を解くことなく魔力が籠った拳を構え、ポーネの言葉を即座に否定。
目の前にいる男がディールさん…? こんな禍々しく不気味な魔力を持つ人間があのディールさんなわけがない。
「――ボールス監督官。君は先の戦闘で少し疲れているのではないか?」
「それは否定できない。だが、あんたのその歪な魔力はなんだ? 以前のディールさんはそんな気味の悪い魔力を持っていなかった」
「…やはり、君は疲れているようだ。後処理は俺達が――」
「『アーク教』」
「……」
確証などない。それでも目の前にいる人物が纏っている魔力は以前戦った自分達を『アーク教』と名乗った謎の厨二患者達と類似していた。それもその単語を聞いたディールはダンマリを決める。
「え、『アーク教』…?」
「そんな、まさか」
「ディールさんが。でも、ボールスさん…」
その一言でこの場にいる監督官達の空気が一変。先まではまだ穏やかな空気が流れていた。今は緊張が帯びた空気が流れる。
「…『アーク教』?」
「聞かない名前ね」
「なんの話だ?」
監督官達とは違いルーナ、ネル。他の試験者達は首を傾げる。
「なぜ何も言わない? なぜ、反論をしない? あんたはディールさんなんだろ?…なら否定しろよ。それとも…図星か?」
こちらは強気でいく。少しでも感じた不信感を払拭したいという気持ちが大きい。
目の前の人物が自分達の敵であり、もしもこちらに被害を与える危険人物なら――
「はぁ。変装はバッチリだと思った。まさか魔力でバレるとは……盲点だった」
「!」
『!!』
ディールはその口調を変え、本来のディールの声質と掛け離れたものに変わり。
半信半疑だったボールスと他の面々は驚き各々戦闘体勢を作る。その様子を見てもニヘラと不気味に笑う男は左腕に触れる。
左腕に触れた男の外見、格好が変わる。端正な顔達は似ているがその纏うゆるそうな雰囲気は本来のディールと真逆。銀髪は金髪に白色のメッシュが入ったものに変わり、纏っていた黒色のコートは純白のローブ姿に。
「まずは、君…ボールス君にはお見事と称賛の言葉を贈ろう。パチパチ〜」
こちらが驚いている中、その人物は小馬鹿にしたような口調で自身の口で拍手の音を再現した。その手は拍手などしておらず、その顔は目は一つも笑ってなどいない。
「お前は、誰だ」
「そう怖い顔しないでさぁ。もっとこう気楽に話そうよ?」
「生憎、お前と話すことなどない」
「ははは、つれないなぁ」
こいつ、何を考えている?
今も片手で髪を無防備に掻く謎の人物を見てどう出たらいいか躊躇ってしまう。
「――ディールさんは何処ですか!」
そんな時、横からポーネの声が聞こえる。それはディールの安否の確認。
「あのさぁ、空気読んでくれる? 俺は今ボールス君と話してるの。外野は黙ってろよ」
「関係ないわ! いいから答えなさ――」
「黙れと言っただろ」
『!』
その怒気と殺気を孕んだ言葉に周囲にいたみんなはその迫力に呑まれ固唾を呑む。
「君のせいで話す気は失せたけど、まあ俺も鬼じゃない」
ヘラヘラとした顔をやめて、友人に挨拶でもするかのように軽い調子で語る。
「俺の名はリオン・フィリップ。『アーク教』第0関門を務める。『聖人』リオンなんて呼ばれている、が…俺としては『正義』の方がしっくりくるけど。まあ、あれだ…短い時間だとは思うけど、ね」
リオン・フィリップと名乗る人物はニヘラとした薄気味悪い表情を浮かべ。
こいつも『アーク教』。それに第0関門? 以前出会った厨二病は確か…第三と第二…第一関門が上のようなニュアンスだったよな。なら、こいつは――
その名を聞いて考えていた。しかし周りの反応が静かすぎると思った。それが違和感となり周りを一度確認をし。
「う、嘘です。『アーク教』の『聖人』…トップじゃないですか…それに…」
男に噛み付いたポーネは顔を真っ青にしてガタガタと震えている。その時小声で聞こえた「トップ」という単語が気になるが、他の監督官達も皆同様に震えて床に膝をつけていることが異様だ。それはオーガキングと対峙した時よりも深刻に見える。
「――『アーク教』。前にも聞いたことがある言葉だ。お前らは何者だ?」
何も知り得ないボールスはただ一人男と対等に話す。こちらに向けられる殺気に顔を少し顰めるもの他の面々のように青ざめることなく堂々としていた。
「へー。殺気に当てられて立っていられるのも驚きだけど。『アーク教』を知らずに監督官をしているのも驚きだね…まぁ、あれだよ。人間、知らない方がいいこともある」
「…自ら答える気はないようだな」
魔力を纏った両拳を上げ、構える。
「はは。まさか、俺と闘うとでも?」
「そのつもりだ。あくまでも自白しないなら吐かせるまで」
「ははは、そうかそうか。俺は人と争うのは嫌いなんだけどなぁ…仕方ない、か」
可笑しそうに笑っていたと思うと男は一歩歩みを進める。その歩みは散歩に行くような軽々とした足取り。手はローブのポケットに入り今から闘う行動ではない。
どうくる? さっきはどうやって俺の攻撃を避けた?…わからない。何かのスキルか。スキルといっても所詮は――
「おーい、闘いの最中に棒立ちで考え事なんて、舐めてるのか?」
「っ!?」
気づいたら、男は正面に立っていた。その顔はこちらを嘲るように笑っている。
「――ッ」
「ヤバイ」と思い直ぐにその場を離脱。
見えなかった。何も。全く。オーガキングでも動きは見えた。なのにこいつの動きは一つも、動く動作すら分からなかった…。
「見えなかった。何も、見えなかったんだろ?…なら、君に勝ち目などない」
「…どういう、意味だ」
いまさっきまで正面に立っていた男の声が真後ろから聞こえてくる。
額から溢れる汗。動悸が早くなる鼓動。瞬き一つもしていない。なのに背後を取られた。そんな自分は男が口にする言葉を質問として投げ掛けることで精一杯。
「周りを見てみろよ」
「? な!?」
言われた通り静寂が包む周囲を見る。するとさっきまで膝をついていた監督官、試験者達みんな全員が死人のように倒れている。
「安心しろ。まだ殺してない。殺したら勿体ないもんなぁ」
「……」
男の言葉などボールスの耳には入っていない。今感じているのは紛うことなく恐怖。男の言葉が正しいならさっき自分が動けなかった一瞬。たった一瞬でみんなは何も抵抗ができずに気絶させられたのだ。殺さなかった理由は、何か利用価値があるから。
「君の始めの質問の答えだが…ディール?だっけか。そいつは既に死んでる」
「ディールさん」
「そう嘆くな。君は運が良い」
「運がいい…?」
背後に立っていた男は散歩でもするようにボールスの正面までやってくる。
「そうだ、運が良い。なんせ俺に目を付けられた!…君とオーガ達の戦いは始めから遠目から見ていてね。まさかキングに勝てるとは、俺の予想を遥かに凌駕する想定外。そんな君に興味が沸くのは不思議ではないだろう? キングを倒したその「力」と「執念」。俺の偽装を破ったその「目」」
男はさっきまでの薄ら笑いをやめ満面な笑顔で語る。
「君が欲しい。君の力を俺に使わせてくれ。君も――『アーク教』に入らないか?」
◇◇◇
「おいおい。旦那から連絡があった通り来てみたは良いものの…これは」
ボールス達がいる空間に立ち入ることなく扉の隙間から【透視】のスキルを使い遠目で様子を見ていたカーボンは冷や汗を流す。
『ウェルスダンジョン』で異変が起きた直ぐにボールスから監督官として貰っていた『連絡の魔道具』で連絡を受けていた。
『『ウェルスダンジョン』で異変が起きた。戦わなくて良いから。怪我人が居た場合と脱出する時の手助けをしてほしい』と。
「ただ、すまねぇ。俺じゃあどう足掻いても太刀打ちできそうにない」
ボールスと対峙する相手、リオン・フィリップの顔と名前を知っているカーボンは諦めの言葉を滲ませて、勝手に乾く喉を摩る。
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