第25話 それぞれの戦い




 二度寝をかましていた俺は外から聞こえる怒号や喧騒に叩き起こされる。


「―― うぅ。五月蝿え。頭に響くから騒ぐなやぁ」


 怒号や喧騒をシャットアウトするためにタオルケットを頭に被る。それでも五月蝿い外。誰が話しているのかはわからないが人の声と他の何かの混じって耳障りな声が聞こえてくる。


「んあ、なんだー?」


 外の怒号と喧騒を聞きダンも目を覚ましたようだ。起き上がると寝ぼけ眼で目を擦る。


「ダン。外、五月蝿えんだけど」

「あぁ、知ってる。でもいつもはこのくらいの時間なら静かなんだがなぁ」


 窓から差し込む太陽の日と自分のお腹の具合を鑑みて今が何時なのか推測する。


「ちょっと五月蝿いから注意してきてくれ。お前の家の近くだろ」


 「それがお前の役目だろ」とゆ○た式に伝える。


「わーったよ。ちょっくら見てくるわ」

「いってらー」


 近くで立ち上がる音が聞こえたので適当に返事を返し自分は枕に顔を埋める。

 

「どれどれーどんな馬鹿が騒いでるか、な?」


 少し好奇心に駆られて窓の外を見に行ったダンだったが途中から奇妙な声を出す。


 どうせ某駅前に散乱している奴でも見たんだろ。ご愁傷様。自分が見に行かなくて良かったと思う一方あれからダンから何も返事が返ってこないのが気になりタオルケットから顔を出す。


「?」


 そこには窓から外を眺めて顔を青ざめているダンの姿があった。なんだいるじゃないかと思いながら何を見てそんなに驚いているんだ?と思い自分も立ち上がって外の様子を見てみることにした。その前に声をかける。


「ダンよー、変なものでも見たのか? たとえば魔物とか」


 笑いながら冗談混じりに口にして自分も外を見る。


「…寝ぼけてるのか? それか夢か?」


 外の状況を見て俺は自分の頰を抓る。


「痛い。嘘だろ…現実かよ」


 自分の目に映るものが信じられなかった。


 ボールスとダンの目の先には逃げ惑う人々と姿


 冗談で言ったボールスの言葉が現実となっていた。その時女性の悲鳴が上がる。そちらを見ると十匹はいるゴブリンとゴブリンの上位種であるホブゴブリン一匹に襲われそうになっている女性がいた。


「ぼ、ボールス。どうするよ。ゴブリンがあんなに、それもホブなんて…」

「……」


 顔を青ざめていたダンがここで初めて口を開く。俺は怯えているダンに取り合わうことなく着ている藍色の肌着と茶色のロングパンツの姿のまま立ち上がる。枕元に近づくと置いておいた護身用で持っていた灰色の棍棒を片手に掴む。


「ば、まさかボールスお前。魔物と戦いに行く気か? やめとけって!! ゴブリンはまだしもホブは推定「D」ランクの魔物だぞ!」

「…関係ねぇ」


 ダンが止めるが俺は外の目障りで虫ケラで自分の睡眠妨害をした魔物畜生に制裁を加えるためにダンの家から飛び出す。


「―― 死に晒せやぁ!!」


 こちらに気づいていないホブゴブリンの胴体目掛けて右から左へと本気のスイングをかます。ピンポン玉のように吹き飛ぶホブゴブリン。

 

「ぼ、ボールス?」


 そんな言葉が聞こえたが止まらない。


 そこから殺戮が始まる。



「我。力を求む者。心身共に強くあらん、【ブースト1段階アインス】」



 【ブースト1段階アインス】を使い一時的に身体能力を向上させると衝動に駆られるように街の至る所にいる魔物を殴り、潰し、壊し、切り飛ばし…と殺戮をしていく。


「アハハハハハッ! 愉快愉快! 殺せるもんなら殺してみろよ!!」


 そこには普段の温厚な佐藤歩ボールスの姿は無かった。人助とか関係ない。目に入った生物を消していく殺戮マシーンと成り下がる。「人」を「人」と判別するだけの理性はあったようで人以外の生物。魔物だけを殺していく。


 生前「佐藤歩」は言っていた。自分は酒癖が悪いと。それも二日酔いはその数倍ヤバいと。だからお酒を飲むのを禁止していたのだが流れでお酒をたらふく飲んだことによりそのリミッターのタガが外れた。


「今日は気分がいい! 鬱憤ばらしと洒落込もうや!!」


 オーガやウッドボア。パラサイトスネーク、エアバット等々「C」ランクや「B」ランクの魔物にすら臆することなく滅殺していく。


 その鬼気とした姿をダンと助けられた住民達は畏怖として。また一欠片の希望として見て願う。


     【街を救ってくれ】



 ◇◇◇



「―― 作戦通り一気に片付けるわ」

「わかりました」

「ん」

「わかった」

『『了解!!』』


 討伐隊リーダーのレイアの言葉にユート、ルルとエレノア。その他の冒険者達が軽く了承する。


(魔物はもうかなり近くにいるわね…)


 レイアは約二キロ先からこちらに向けて魔物の大群が来ていることを確認する。こちらに侵攻してきている魔物達は数えることが馬鹿らしくなるほど居た。

 ルクサリアを背にしてユートを中心に攻撃の要のルルやエレノア。魔法職達が並んでいる。他の冒険者達は肉弾戦になった時の待機だ。リーダーのレイアは魔物達を見据える。


「―― カンザキ君。お願い!」


 私は近くにいたカンザキ君に指示を出す。


「わかりました―― 影から出でよ。影から期せよ。触れしものを拘束せし波よ、【影波】!!」


 レイアに頼まれたユートは地面に両手を付けた状態で初めから貯めていた魔力を解き放つ。【影波】と口にした途端。ユートが手をつけた地面から黒い波が発生。一キロ先まで近づいてきていた魔物達の足元に黒い波が押し寄せる。黒波は第一陣の魔物達の足元で止まる。その黒波に触れた魔物達は「ピタリ」と止まる。


「すごいわね」  


 その光景を見て私は感心した。


「ありがとうございます。ただ【影波】の真骨頂はここからです」


 ユートがそう言うと初めに黒波に触れた魔物に後から来た魔物達が突撃して渋滞となっていた。普段の魔物や理性のある魔物なら直ぐにその状態から復帰するが今の魔物達は【魔物氾濫スタンピード】により「恐怖」「混乱」という状態に陥っており自我の意志で動けない。それを逆手に取った作戦だった。


「これで一時的ですが魔物達の動きは止まります。ただ魔力も持って5分足らずが限界ですので、お願いします」

「十分。後はこちらに任せて」


 私は額に脂汗を垂らして【影波】を制御するカンザキ君の肩を軽く叩き横を見る。


「ルル合わせて。エレノアは準備を。魔法職のみんなはエレノアに合わせて」

「ん。ほんきもーど」

「任せて」

『わ、わかりました!』


 指示を出すとルルとエレノアは普段通りに対応して魔力を貯める。魔法職のみんなは緊張した面持ちで頷き遅れて魔力を高める。


「……」


 レイアは細剣を静かに抜き顔の正面で構える。目を瞑り自分が「S」ランク相当の強さを証明する。


「――我が友よ。その身に宿る紅蓮を此処に。私の声に応えて、【精霊魔法・妖精蜥蜴サラマンダー】」


 詠唱を終えるとレイアの肩に小型の炎を纏った蜥蜴のような生き物が現れる。その生き物はラクシアで「精霊」と呼ばれる神秘の生き物。



 【精霊】


 「精霊」には火を司る「妖精蜥蜴サラマンダー」。水を司る「妖精水妖ウンディーネ」。風を司る「妖精風妖シルフィード」。土を司る「妖精土精ノーム」などがいる。

 他の属性の精霊もいるようだが未確定。「精霊」の中でも『大精霊』という存在もいるそうだが過去に『大賢者』と呼ばれた人物だけが『大精霊』を呼び寄せることができたらしい。姿形は人の形を成しているようだが存在自体がレアなので今は伏せる。

 普段の魔法や魔術よりも高位な魔法を行使できるうえ「精霊」と信頼関係を築くことができると『魔装』という武器に「精霊」の力を宿す方法が可能だ。


「【妖精蜥蜴サラマンダー】久しぶり。私の声に応えてくれてありがとう。今回は貴方の力を借りるわ」

「シュルル」


 頭を軽く撫でられた【妖精蜥蜴サラマンダー】はレイアの言葉に小さく頷く。


「――【魔装・赦紅しゃっこう】」


 私の肩に乗っていた【妖精蜥蜴サラマンダー】が霧のように霞となり消える。

 

 【妖精蜥蜴サラマンダー】が消えた瞬間レイアが持つ細剣レイピアに変化が起こる。

 白銀の細剣レイピアは突如紅蓮の炎を纏いその炎は鎧を伝い燃え上がらせる。炎が消えると緋色の軽鎧に変わる。髪まで登った炎と赤毛のポニーテールが相まって迫力がある。


(この炎、熱くないのよね)


 周りからは「すごい「精霊」だ!」「【妖精蜥蜴サラマンダー】なんて初めて見た」「レイアさんカッコいい!」と歓声が上がる。

 レイアはその歓声に片手をあげて答えると細剣を中腰で構えて集中し、魔力を高める。

 レイアの姿を見たルルは自分の両手に装着している赤い籠手を打ち付けて魔物達の群れに突撃する。


「ん。【韋駄天】」


 先頭にいる動かない魔物達の上空を翔けて大ジャンプ。


「からの〜【闘神撃】。どーん」


 そのままやる気のない声を上げて魔物達の中心に右手に貯めていた魔力を放出。


      スガーンッ!!!


 右手から放出された魔力と打撃が合わさった破壊の一撃が当たった場所にいた魔物達は吹き飛び。直撃地点から大きな音と砂埃が舞い上がり大きなクレーターができる。


『うわっぁぁぁーー!!!?』

『きゃっぁぁぁーー!!!?』


 待機組の冒険者達の元まで振動と爆風がやってきて悲鳴が上がる。


「もう一発。【闘神撃】。どーん」


 一度目の【闘神撃】の爆風で吹き飛ばされるルルは空中で体を反転させる。その勢いで左手に貯めていた魔力も先程と同様に放出させる。

   

      ズガーンッ!!


 初めに開けたクレーターとは少し離れた場所に同じ大きさのクレーターが出来た。


「ん。後は任せた――【舜歩】」


 その場所からルルは直ぐに離脱。


『『……』』


 その光景を他の冒険者達はぽかーんと口を開けて見ていることしかできなかった。


(流石名の通っている冒険者だけあるわね。次は私の番ね)


「――呼応せよ我がたましい。赫き紅蓮で滅塵と化せ、【赦紅炎プロミネス】!!」


 ルルの行動を見たレイアは薄く口角を上げて自分の細剣レイピアを魔物に向けて突き出すように振るう。細剣レイピアから光線状に放たれた紅蓮の放射光は手前の魔物達を呑み込み溶解させルルが開けたクレーターに直撃。


     ズシャァァァァッァァ


 レイアの魔法が直撃した地面は魔物諸共溶解し赫く変色する。その様は簡易的なマグマといったところ。


「――エレノアお願い!」


 大技を放ったレイアは反動からその場から動けずにいた。【魔装・赦紅しゃっこう】も解けて普段のレイアの姿に戻っている。


「わかったわ―― 水よ、海より出でる大波となり、大地全てを薙げせよ、【大津波タイダルウェイブ】」


 レイアの指示に応えるエレノアは前に出していた両手から魔力を解き放つ。エレノアの言葉に呼応して発生した【大津波タイダルウェイブ】はその勢いを止めることなく魔物達に襲い掛かる。


 ルルとレイアが作った簡易マグマにぶつかる前に待機組が動く。


『『いと慈悲深き主神よ。か弱き我らを、どうかその御加護でお守りください、【聖楯プロテクション】!!』』


 待機組はそれぞれ持っている杖を天に掲げ詠唱をする。詠唱と共にレイア達を包む半透明の魔力の楯。


 【聖楯プロテクション】が発動した瞬間。エレノアが発動した魔法が魔物を巻き込み簡易マグマに衝突する。


    ジュシュゥッッッッゥ


 波はマグマのように溶解した穴に流れ氷が溶かされるような音が聞こえてくる。その音も少しして止まる。 


『『……』』


 レイア達が固まり「じっ」とその様子を見ていると「ドゴッーーーー」というルルが開けたクレーターの比じゃないぐらいの大爆発を起こす。とてつもない大規模な爆風が生まれ魔物諸共地面を抉り吹き飛ばす。レイア達も【聖楯プロテクション】の中で飛ばされないように地面にしがみつき耐える。


『『――ッ!!!?』』


 少し経ち収まったので魔物達がいた場所を見ると上空にキノコ雲が出来て大穴が空いていた。周りにはほとんど魔物は残っておらず後は残党狩りといったところだろう。


 その様子を見たレイアは喜ぶことを我慢して動く。


「魔物達は私達の「」であらかた吹き飛んだ。後は残党だけだ。我々の勝利は揺るぎない!!」

『『おおおぉぉぉーー!!』』


 レイアの鼓舞に冒険者達は動き出す。魔物達の殲滅へと。


 ルルは魔力をあらかた使い尽くしたエレノアの近くにいた。ユートは【影波】を解くと作戦の成功を憂い微笑を浮かべる。

 

 「水上爆発」で魔物達一網打尽作戦はユートが出した案。

 

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