第7話
無数の瞳に見つめられ、姫は前だけを見続ける。
向けられる感情が、灯りとなって姫を照らす。最高の舞台の上で、彼女は胸を張る。怯むことない姫の態度に、委縮するのは大臣たちの方であった。
『いいか! 王のためにも無様な態度を大臣の方々にするんじゃないぞ!』
『まぁ……、心配してくださっているのですね』
『ちがっ! 違う!!』
顔を真っ赤に吠える雌獅子の側近を思い出して、緩みそうになる頬を引き締めた。
周囲に促され、姫の前に歩み出すのは、狒々のケモノ。老いた指が、皴だらけの頬を搔いた。
「ぁ~……姫の、御意思をお尋ねしたい。ワシらはケモノ、姫はヒトでございましょう」
「ヒトもまたケモノでございましょう」
「いや、いやいや、それは……!」
ざわつく声を、待ってましたとばかりに姫をその場でゆっくりと回り出す。己の身体を、己の瞳を、己の意志を、大臣たちに見せつける。見てみせろと焼き付ける。
「かつて、ヒトはケモノでありました。ヒトはそのことを忘れ、ケモノはそのことを認めなくなった。なぜ、どうして、と尋ねることに意味などありましょうか。いいえ、いいえ、ありはしません。あるはずなどないのです」
口を挟もうとする狒々の口をふさぐ。
小さな姫の小さな人差し指、武器すら持たぬ弱い力が、老いた狒々を黙らせる。
「手を取り合うことにどれだけの壁がありましょう。さりとて、我々は犠牲を出した。出し過ぎたのです。屍が、双方の積み上がった屍を嘆くことだけが我々の成すべきことか。いいえ、いいえ、屍を踏み越えてこそ見える景色がありましょう。屍を踏み恐れることが未来を閉ざす障害となるのなら、わたくしは、喜んでその汚名を背負いましょう」
「長い歴史を繋いできた」
「王……!」
大臣たちが一斉に振り向いた。
玉座から王が歩み出す。姫のもとへ、未来を求めて。
「過去の偉大なる王に……いや、民に! 何と説明をなさるおつもりか!」
「すべてを、隠すことなく」
「ありえませぬ、ありえませぬ! 王は貴方でございます、貴方こそが王でございます!」
「民に死ねという。それを王と誰が呼ぶ」
「我々が! 我々が!」
「歩んでいきたい」
差し出された手を、その爪を、小さな手が握る。
「王よ……」
「お前たちと」
指一本を動かしてよろめいた姫を、王がその大きな体躯で抱きとめた。ふさふさの毛皮に埋もれていく姫には、王の姿を、その顔を、見ることは適わない。
「我を王と呼んでくれるお前たちと、お前たちが王と呼ぶにふさわしい我のままに、歩んでいきたい。民に、生きろと言う王でありたい」
「王、よ……」
「そのためであれば、先代たちの偉業に泥を塗ろう。それすらできぬ我が、どうして王を名乗ることができようか」
「……分かりませぬ。…………分かりませぬ!」
納得など、できるはずがなかった。
若い王よりも、何年も、何年も、何年も、ヒトへの憎悪を募らせた。国を支える大臣たちが、納得などできるはずかなかった。
「ただそれを、王が見つめるその先を、壁の向こうを……」
無理だと、諦めろと、諭すには。
あまりにも。
「見てみたいと、ただ、思うただけにございます……!!」
まぶしかった。
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