第6話 張り込んでみた

 高級な宿ほどプライベート部分の保護がしっかりしているのはこちらでも似たようなものらしく、リュートやギルフォードが日がな一日窓の外を眺めていたとて、誰も二人にそのことを尋ねること、話題にすることすらもしなかった。


「なるほど……仮面だな」


 どこかのカーニバルででも使われていそうな仮面、それも鼻から下の部分は素顔が出ている形のモノだ。


 見ていれば朝と夕方、今リュートたちが滞在している所よりも明らかに安い宿から、公爵邸へと出入りしている二人。


 仮面を付けていない方が後見人の男爵と言うことだろう。


「俺たちと同じ宿でもなく、公爵邸の敷地内に滞在させているわけでもない……やはり公爵家の関係者はこの話を疑っているんだな」


 リュートの呟きに「そうだな」と、ギルフォードも賛成している。


「それでも懐中時計はホンモノなんだろうな。だから中途半端な対応になってるんだろう」


「と言うことは、懐中時計の本来の持ち主を探すべきか……」


「アイツらが公爵邸に行っていない時間にウロついているところでも行ってみるか?」


 ギルフォードの提案に、このまま毎日ここから眺めていても進展しないだろな……と、リュートも乗ってみることにした。


「けどリュート、多分だが公爵家の関係者だってそれは見張ってる筈だし、男爵たちもそれは想定済みで、迂闊な行動はしないようにしてるんじゃないか?」


「まあ、それはそうなんだが……俺が気になるのは、懐中時計はホンモノで、仮面の男はニセモノだとする。そうするとだな……」


 口元に手をあてながら考える仕種を見せるリュートに、ギルフォードが「そうすると?」と、考えの先を促した。



「……懐中時計を取り返そうとするヤツが現われるんじゃないか、と思ってな」



 昼間はブラウニール公爵にも公務があり、屋敷を空けていることが多い。

 さすがに男爵たちもその間屋敷には居座れないのだろう。

 領都の一角にある居酒屋にたむろしていることが多かった。


「働きもせず、昼間っから飲むかね。なるほどホンモノらしくないと言うより、ホンモノであって欲しくない、ってところかもな」


 むしろ揉め事を起こして欲しいのかもな?と同じ居酒屋の中、離れたテーブルから様子を窺いながらギルフォードが言い、その発言にはリュートもおおむね賛成だった。


 どう考えても目立つと思われる大剣の方は、宿の部屋に置いてきた。

 代わりに腰から普通の長剣ソードを下げておく。


 普段は魔力に任せて力技で剣をふるっているから、感覚が狂う。


 なるべく揉め事には近寄らないようにしよう、とリュートは思っているのだが、そんなことは表に出さず、出された料理に口を付ける。


「まあ、今は公爵家に認めて貰う方が先だろうから、働きようもないだろうが……確かに普段から働いているヤツの振る舞い方ではないな」


 見るからに、振る舞いがゴロツキのそれであって、男爵だと言うことの方が付け焼き刃に見えるのだ。


 その辺りも、素行不良の次男とやらの権力で何かしているのかも知れない。

 そこも今は証拠に欠けているのだが。


「もしやリュートもニセモノ説賛成派か?」


 料理ではなくエールを口にしているギルフォードも「昼間っから」と言われても仕方のない振る舞いではあるが、彼自身がちょっとやそっとでは酔わないザルであることもリュートは知っているため、それには迎合せず、本人のペースに任せていた。


「まあな……ちょっと、気になるヤツもいる」

「おっ?」


 放っておいても仮面の男は目立つし、声をかけられても適当にあしらってはいるようだが、その中で一人、自分たちと同じように明らかに仮面の男を気にしつつも、声はかけずに「監視」をしている男が一人いた。


「声かけるか?」

「そうだな……この店を出たところで、こっちの宿にしてみるか」


 似ている、似ていないはリュートにもギルフォードにも分からない。

 髪の色が同じような紅茶色だから、と言うだけでは何とも言えない。

 それでも。



「なあ、ちょっと良いか?」



 手がかりになればと、二人はその男に声をかけてみることにしたのだ。




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「この部屋は……」


「ああ、だろ?」


 普通に話しかけたとしても、こちらは冒険者と軍人だ。

 相手が所在なさげに部屋を見回すのは無理からぬ話だった。


 だからリュートも最初から、手札の一部を見せることにした。

 スタスタと男の隣を通り過ぎ、窓の外を指差してみせる。


「ブラウニール公爵邸への人の出入りが丸わかりだ」

「…………!」


 ひゅっ、と相手が空気を呑み込む音が聞こえた。


「まあ、ぶっちゃけて言えばおまえも『偽物』を暴きたいんじゃないかと思ってな」

「どうして……」

「しいて言うなら、同じ匂いがしたとでも」


 具体性に欠けるとは思ったが、リュートとしても他に言いようがない。

 相手の判断を待つよりほかはなかった。


 自分よりも相手に威圧を与えそうなギルフォードのことは、後ろでいったん控えさせておく。


 暴れた時には頼む、の意だ。


「……そっちはニセモノを暴いて何をしたいんだ」

「信用してくれるのか? 側じゃないと」

「アイツらと同じ穴のむじななら、問答無用で捕まえてるかと思っただけだ」

「違いない」


 どうやら相手は相手で、比較的冷静に物事を判断出来るようだ。


「まあ、しいて言うならニセモノよりも、ニセモノを掲げて威張り散らしている方が俺らの本命だ。極端な話、ニセモノ自身にすら興味はない」


 なので比較的本音に近いところをリュートがぶつけてみると、思った通りと言うか、こちらへの警戒心を緩めたかの如く目を瞠っていた。


「……なら」


 そんな交渉が効いたのかどうか、今度は向こうからこちらの出方を窺うかの様な問いかけが投げられてきた。


「私の目的が懐中時計だと言ったら……そっちは、どうする?」


「!」


 懐中時計。

 確かブラウニール公爵が、突然の訪問者を息子と判断した唯一の品物。


 リュートとギルフォードは、一瞬二人で顔を見合わせた。


「さすがに、おまえの正体がタダのコソ泥で、懐中時計を売り払いたいだけ――とかなら、全力で止めさせてもらうぜ? それは、ブラウニール公爵の長年の思いを踏みにじる、下衆の所業だ」


 そう言うギルフォード自身、実際ちょっとしたロマンチストの傾向にある。

 懐中時計などと言う「初恋アイテム」に、もしかすると本人以上に入れ込んでいる可能性があった。


「……長年の思い……」


 だがギルフォードの言葉は、思いがけず相手の側を揺さぶっていたらしかった。


 何かをかみしめるようにそう呟いた後、そのまましっかりと、こちらの目を見返してくる。


「――私は、その時計を持つべき正当な人間だ」


「「⁉」」


「ホンモノのブラウニール公爵閣下の血を引く息子は私だ。あの時計は、病に倒れた母のための薬と引き換えだと、そう言われた挙句に奪われた。……信用、してくれるか?」



 リュートとギルフォードは、思いがけない暴露話に効果的な返しが思い浮かばず、しばらく立ち尽くすことしか出来ずにいた。

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