第5話 竜はお留守番

 自動車も電車もない世の中、街から街への移動は普通馬車で何日もかかる。


 リュートは白竜グウィバー、ギルフォードは火竜リントブルム

 それぞれが数時間で移動出来てしまうのは、一般市民からすればなかなかに卑怯な移動手段だろうと思う。


 気性の大人しい、市民の移動の足として首長竜ギータと言う別種類の竜もいるが、距離や事前の申請など色々と制限があり、そこまで気軽な交通手段だとは言い切れない。


 白竜グウィバーは、勝手に付いてきた竜ではあるが、今となっては色々な意味で重宝している。


 リクルの冒険者ギルドに戻って、元々の依頼の完了報告を済ませた頃には、ギルフォードが言っていた通りに、リュート宛の指名依頼がザイフリート辺境伯家から出されていた。


 辺境伯家直々の依頼と言うことで、ギルド内がざわつくのも仕方のないところではあったが、リュートは周囲の声にはまったく取り合わなかった。


 いちいち反応していては、やっていられないからだ。


「辺境伯領と、ブラウニール公爵領ってまるで方向違うよな? とりあえず、どうしろと?」


 今回の依頼に関して、ザイフリート辺境伯家を代表する形で、ギルフォード・リードレもリュートと行動を共にする話になっていた。


 辺境伯家当主も、騎獣軍の軍団長も、それぞれに自分の職務があり、おいそれとは居住するところからは動けないからだ。


 ギルドからの依頼書を懐にしまいながら尋ねるリュートに「ああ」と、ギルフォードが軽い調子でそれに答えた。


「ブラウニール公爵領はどちらかと言えば王都に近い。その領都に行けば、ある程度を長男のミハイルさんが手配して下さっていると聞いている。まあ多分だが、領都の屋敷を見張るとか、周囲の聞き込みとか、男爵を探して後をつけるとか……その辺じゃないか?」


 まさに刑事か探偵か。

 なるべく表情を変えないよう気を付けつつも、リュートは内心ではかなりテンションが上がっていた。




 突然意識を刈り取られるかの様にしてデュルファー王国に放り出されるまで、リュートは日本ではかなりのミステリーマニア、それも探偵小説が大のお気に入りだった。


 まあ、どこぞの部屋に容疑者を全員集めて謎解き……なんてことは、本の中の世界の話と分かっていた。


 分かってはいたが、それと憧れを持たないこととは同列の話には出来なかった。


 ――お金がたまったら、探偵事務所を開く。


 異世界だろうと何だろうと、夢くらいあっても良いだろうと、リュートは内心では思っていたのだ。


 そして今回、絶好の機会が目の前に現れた。


 辺境伯家に今後、都合の良いように利用されるかも知れない……なんて思いながらも、リュートは探偵を気取りたい誘惑に抗えなかったのだった。




 再び、ギルフォードとそれぞれが竜にまたがって、見慣れたリクルの街から行ったことのない街、ブラウニール公爵領領都エッボへと移動する。


 街に入る門の外に竜舎が存在しているあたり、さすがは公爵家が管理する領都と言うべきだろう。


 リュートの白竜グウィバー、ギルフォードの火竜リントブルムとそれぞれをそこに預けて、二人はエッボの街中に足を踏み入れることにした。


 来たことがあるのか、予め何らかの指示があるのか、ギルフォードが迷うことなく街中をスタスタと歩いて行くので、リュートとしてはもはや質問することは諦めて、黙って後ろを歩くよりほかなかった。


「いやぁ、おまえと歩くなら護衛もいらんし、背後に気を配らなくても良いし、ラクで良いな」


 さすがにそんなことを言って笑いながら歩いている時には、後ろから蹴り飛ばしてやろうかとは思ったが、それを実行に移す前にギルフォードが歩みを止めたため、リュートも渋々矛を収めるしかなかった。


「……どう見ても高級宿だな」

「まあ、エイベル様かブラウニール公爵家かが費用は出してくれるんだろうから、良いんじゃねぇの?」

「言質は取ったからな」


 お金を持っていないとは言わないが、意味のないことに無駄に使う気にはなれない。


 ギルフォードにそのあたりはしっかりと釘を刺しつつも、その先の対応は委ねておくしかなかった。


 どう見ても高級宿の、そのまた更に上層階にある部屋に案内をされた。


 ただしその理由は、窓から外を見た途端にすぐに氷解した。


「公爵家が見えるのか……」


 もちろん丸見えと言うわけではない。

 敷地の周囲には高い塀があり、内側には背の高い木が何本も植えられていて、中庭なんかは見えない設計がきちんと施されている。


 ただ、何が見えるのかと言えば、その屋敷に出入りをする人間を、遠巻きながらもきちんと確認することが出来るのだ。


 全てを秘密主義にしても良いところを敢えてそうしないのは、後ろ暗いところはないとの宣言なのか、ちょっとやそっとで調べられる筈がないとの自信なのか。


「恐らくは男爵なり当の息子なりが出入りをするだろうから、様子を見ながらあとは臨機応変にってコトらしいぜ」


 ベッド脇の机に置かれていたらしい手紙にざっと目を通しながら、ギルフォードがそんなことを言って来た。


「出入りってことは、中で滞在はしていないってことなのか?まだその連中、そこまで信用されてはいないと?」


「まあ、当人がどんな態度かは知らんが、後見が素行不良の辺境伯家次男とその取り巻きじゃな。俺がブラウニール公爵でも様子見したくなるわ。今は朝夕の食事を共に、って話で出入りを許されているんだと」


 素行不良の程度が分からないが、ギルフォードがそこまで言うのも相当なものなんだろう。


「ふうん……ってか、その男爵の後ろに辺境伯家次男がいるってコトは、もうバレてるんだな?」


「っつーか、エイベル様が自らブラウニール公爵に詫びも兼ねて種明かしに行ってる。次男に何が起きても辺境伯家は関知しない――すなわち煮るなり焼くなり好きにして貰って良い、とな」


「おぉ……さすが辺境伯家の長ともなればシビアだな」


「まあ、出入り見張ってるだけで進展があるかと聞かれるとこっちも困るんだが。しばらく地道に見張るしかないってコトだろうさ」


 何が悲しくてオトコと二人で張り込み……などとブツブツ呟くギルフォードの頭の上に、とりあえずリュートは拳骨を落としておいた。 

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