第3話 ハニトラと初恋の狭間で
「……ホンモノかニセモノかを確認しろぉ?」
呼んでもいないのに押しかけて来た悪友ギルフォード・リードレの「依頼」に、リュートは開口一番そんな風に語尾を跳ね上げた。
誰も気付かなかった筈の、
それが、この目の前の男ギルフォード・リードレだ。
国内の治安維持を目的として組織された、武装警察集団の一角、火竜騎獣軍が抱える魔獣である「
騎獣する竜の種類は様々にしても、竜にまたがって空を駆ける姿は総じて世の子供達の尊敬を集めやすい。
見た目20代半ば(いちいち聞いていない)で、泣く子も黙る火竜騎獣軍の所属となれば、本来実力は相当にある――筈なのだが。
何せ口が悪い上に態度もチャラいので、実力者と言うよりは不良軍人扱いしている人間の方が周囲に多い気がしている。
それがわざとであれば大したものだとは思うが、それが見分けられるほど、リュートもまだ深く付き合っているわけではない。
冒険者に依頼があると言うのであれば、まずは聞いてみる……との姿勢を、今は明確にしただけである。
「何の冗談だ。絵か宝石か知らんが、ホンモノをそもそも知りもしないものを、どうやってニセモノと区別させる気だ。適当な証言でもしろと言う話なら、回れ右をして今すぐ帰れ」
しっしっ、と追い払う仕種を見せるリュートに「話は最後まで聞けよ」と、ギルフォードが軽くむくれている。
「仮にも火獣騎獣軍を名乗る人間が、ウソの証言なんかさせるかよ。
「思った以上に有名になって、既に充分痛い目なら見ているさ。中途半端な説明をするおまえが悪い」
「俺のせいかよ……」
文句はまだあるようだったが、それでは話が進まないと思ったのか、軽い咳払いをしたギルフォードが、わずかに表情を引き締めた。
「ブラウニール公爵家の庶子――を、名乗る男が現われた」
「……うん?」
聞きなれない名前に、リュートが眉を
ギルフォードが所属をしている火獣騎獣軍は、東の辺境伯家・ザイフリート家のお抱えだった筈で、ブラウニール公爵家などと、リュート自身は初耳だ。
恐らくはリュートの反応の薄さに、ブラウニール公爵家とやらを彼が知らないことに気が付いたんだろう。
ギルフォードはガシガシと自分の頭を乱暴にかいた。
「まあ、お貴族サマってヤツにはどこでも派閥の話があってだな。
「なるほど」
「ブラウニール公爵家には正室夫人が生んだ長男がいて、これまでは問答無用でその長男が後継者だと思われていて、割に平和だったんだよ。とばっちりがザイフリート家に来ることもなかったしな」
他の貴族家だと、次男三男がいたりすると、配下の家の兵を巻き込んで、後継者の交代を目論むような揉め事も珍しくはないらしい。
「……とばっちり」
何とはなしに、ギルフォードの言いたいことがリュートにも読めてきた。
「ところがある日、後見人を名乗るどこぞの男爵が、現当主が酒場の娘に手をつけて生ませた子だと、男を一人連れて公爵家に現れたんだ。しかもその男と言うのが、公爵家の嫡男よりも年齢が上だった」
「……おお」
正室の長男よりも側室?の子どもの方が先に生まれていた。
普通に考えれば血筋が優先されるだろうとは言え、もしも当人に才覚があったとしたら「長子優先」を主張する者も出て来るだろう。
「当主に『心当たり』もあったんだな」
でなければ、揉め事になど発展するわけがない。
そう聞いたリュートに、ギルフォードは肩を竦めた。
「微妙だな。その酒場の娘って言うのが、どうやら以前に母親が公爵家で働いていたことがあるらしくてな。なかなかの美人だったらしくて、その母親が生んだ娘に、当時の公爵閣下が好意を持っていたらしいんだよ」
「その母親は何で辞めたんだ?」
「先代公爵に色仕掛けで迫ろうとして、クビになった」
「マジか」
「俺が見たワケじゃないが、当時有名だったらしいぜ? で、酒場で働くしかなくなった母と娘に若かりし公爵が偶然再会をした後、酔った公爵に記憶がなくなって――気付けば朝、酒場の二階で隣に娘が寝ていた、と」
「マジか――‼」
リュートは思わず「マジか」を二度叫んでしまった。
なるほど娘の意思がどうのと言うより、公爵の娘への好意を察した母親が、薬を盛って二人を焚きつけたと……そう思われても不思議じゃない前科があったと言うことか。
こんなところで話していて良いのかと一瞬思ったものの、考えてみれば街に入る門の外。
言わば野ざらしの中で、それぞれの竜を背もたれにしながら話をしている状態だ。
むしろ他人の耳に届かない、絶好の条件下にあった。
で、とギルフォードがそのまま話を続ける。
「その男爵曰く、公爵には黙って子を生んでいた母親の方が病気で亡くなった、と。自分は酒場の常連で、母親から娘のことを託されたから思い切って公爵邸を訪れたと、そう主張しているんだよ」
「当のブラウニール公爵は何て言っているんだ……って、覚えていないから揉めてるのか……」
ギルフォードに聞こうとして、途中でリュートは自身で納得してしまった。
子供が出来るようなコトをした記憶はない。
単に朝起きたら、密かに恋していた少女が隣で寝ていただけ。
自分の子じゃないかも知れない。
だけど自分の子だったらいいとも思う。
既に結婚して正室との間に後継ぎがいる身であっても、もしもそれが政略結婚だったなら、少女の方に心が残っていたかも知れないのだ。
否定が出来ない、と言うよりはしたくないのかも知れない。
「まあ、俺が正室夫人とやらなら、問答無用で叩き出すがな……」
リュートがそう言えるのは、後ろ楯のない冒険者だからこそだ。
「俺はノーコメントで頼むわ……」
ギルフォードとすれば、そうとしか言いようがない。
リュートもそこは深く追求をしないことにした。
「それで、その男爵が連れてきた男が真実ブラウニール公爵の血を引いているのかどうかを確認しろって? っつーか、全く似ていないとか、そう言う話でもあるのか? そもそも、何でその話がおまえんトコに来てるんだよ」
「ああ、それな……」
リュートとしては当然の疑問だったが、ギルフォードは何とも言えないと言った表情を浮かべていた。
「見た目には確認出来なかったんだとさ。何でもそいつ、
「…………は?」
素っ頓狂な声を上げたリュートを、ギルフォードは責めなかった。
「だから、仮面の男」
「いや、真面目な顔して言わないでくれるか。普通ありえないだろう。って言うか、外させれば終わりだろう」
「っつーかさ、リュート。おまえ、話聞いてくれる気はあるのか? さすがにこれ以上は、依頼受けてくれるってのを前提にしてくれないと話しづらいぞ、いくら俺でも」
「…………」
正直、興味が湧かないと言ってしまえば噓になる。
「……しょうがないから、聞いてやる」
天邪鬼め、とギルフォードが笑った。
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