第2話 さまよえる英雄
凉代琉斗はその日、普通に出勤をして普通に帰宅をすると言う、何の変哲もない27歳の日常の途中だった。
一人暮らしにありがちなコンビニ飯を買うつもりで立ち寄った筈が、気付けば目の前に暴走車両が存在していて、そこでぷっつりと意識が途切れた。
どうやら高齢ドライバーによる、アクセルとブレーキの踏み間違えによる逆走に巻きこまれた――とは、琉斗自身が予測をしていることで、今となっては誰も正解を教えてくれたりはしない。
閉じていた目をゆっくりと開ければ、自分は見知らぬ山道の途中で行き倒れていて、近くの村に住むと言う若夫婦と小さな男の子が、それを心配げに覗き込んでいたのだ。
しかも「ここはどこだ」「デュルファー王国なんて知らない」などなど、怪しい発言を連発したために、冒険者ギルドの依頼遂行途中に魔獣と行き会った、討伐中に頭を打って記憶の一部が飛んだ……などと、今すぐファンタジー小説家になれるんじゃ? と、一家の方が派手な勘違いを繰り広げてくれた。
とは言え、覚えのない服を着て、背中に大きな刃を持つ剣を背負って、あちこち細かい傷だらけの状態だったのだから、ある程度の勘違いは仕方のない部分もあったと思う。
これが、最近流行っていると後輩が言っていたらしい小説とかなら、神様的な存在が現れて状況を説明してくれそうなのに、それもない。
ある程度、自分で中二病的な状況判断をするよりほかはなかった。
そもそも、顔を洗わせて貰おうと水の入った桶を覗き込んで「誰だ、これ?」状態だったのだから、ある程度の
すなわち現代日本で命を落としたと同時に魂がどこかに飛ばされて、この世界の瀕死の冒険者の身体に入り込んだんじゃないか――と。
これだって、元の自分の死因と同じで、誰も正解を教えてなどくれない。
短い葛藤の末、自分自身でその「設定」を受け入れるよりほかはなかったのだ。
数日たって理解したのは、どうやら行き倒れていたのは、カーハンと言う田舎の小さな村の出入口付近で、近くの大きな街リクルへ服を納品に行っていた仕立屋一家が、たまたまその帰り道に自分を見つけてくれたと言うことだった。
行くあてがないことを正直に告げると、若い男性の少ないこの村では力仕事含め色々と歓迎されるだろうと言われて、しばらくそこに住まわせて貰うことになった。
そして生活の仕方を覚えていくうちに、自分の背負っていた剣が所謂「魔剣」と呼ばれる
もちろん、最初はそんなことが分かる筈もない。
何気なく背中から下ろして、あまりの軽さに素振りをしてみたところ、近くの大木が、かまいたちでも出たのかと言わんばかりに根元から真っ二つになり、思わず気絶しそうになるくらいに意識と体力を持っていかれたことで想像がついたのだ。
剣と魔法と竜の国。
おとぎ話もびっくりな国。
それが、デュルファー王国だった。
そんなチートな剣があれば、生きていくためにやることは、もはや一択。
そこからは「リュート・スズシロ」の名前で冒険者登録もしなおして、村のために食い扶持を稼ぐことに注力しはじめた。
行き倒れていた時点では別の名前の冒険者プレートを所持していたものの、駆け出しだったのか、そのプレートには最低ランクの冒険者登録しかされておらず、それならば馴染みのある名前で改めて登録したって良いだろうと思い、一家の荷物持ちとしてリクルに同行した際に、しれっと初めての顔をして(実際にリュートとしては初めてなのだから、嘘はついていない)登録を済ませたのだ。
と言っても「スズシロ」を正確に発音出来る人間が今のところ皆無で、周囲からは「異国の冒険者、大剣のリュート」としての名前がしばらくは定着していた。
それが一変したのは、カーハンからもリクルからも少し離れたところで、見慣れない竜の目撃情報が頻出したところからだった。
背中に背負っている剣は、大剣の名が示すとおり、刃が背中を覆うほどの大きさだ。
だがどう言う構造になっているのか、見た目からは想像も出来ないほど軽い。
最初はネズミ一匹切れないオモチャの剣じゃないかと思ったくらいだ。
ただ、冒険者ギルドで段々と魔力について学んで実戦をこなす様になってくると、いつの間にか使い方が分かって慣れを覚えるようになって――最終的には立派な武器へと変貌を遂げていた。
今となっては、大剣は良い相棒だ。
そしてその頃には「大剣のリュート」の冒険者ランクも順調にレベルアップを重ねていて、リクルの冒険者ギルドから、未確認の竜に関しての指名調査依頼が出るほどになっていた。
調子に乗っていたつもりはない。
冒険者となってあちらこちら放浪するようになっても尚「カーハンが君の故郷だよ」と言ってくれる一家の、小さな長男の誕生日会に間に合わせなくてはと、多分焦っていたのだ。
目撃情報からその確かさを判断して、高ランクのパーティーを派遣すべきかどうかを報告――する筈が、気付けば進行方向で縄張り争いを繰り広げていたらしい
「……ああ、ちょうど良いから黒い方の竜の鱗も剥いでいくか。子供用の胸当てくらいの量なら、ギルドも依頼料のオマケで目を瞑ってくれるだろ」
当時は
案の定、
会話は出来ないにしろ、機嫌の良し悪しなんかが分かるようになってしまったと言うのは、正直かなり興味深い。
村には住めないと何度か言い聞かせたところで理解が及んだのか、近くの山を勝手にねぐらにして、居座り始めた。
――「大剣のリュート」が〝竜を堕とす者〟と、背負う名前が変化したのもこのあたりからだ。
単独で竜を堕とす者などいやしない……いやしなかった。
だからこそ、燃え広がる炎よりも早く名前と功績が国内を席捲したのだ。
何故なら、国はいつだって英雄を必要としていたのだから。
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