第二章「運命は残酷か否か」

 運命は残酷だ。


 実際に見えていないだけで、運命は決まっている。そう考えたことは何度もある。 

 もし、頭の上に結婚する年齢が表示されていたら? 

 二十代で結婚する人もいれば三十代で結婚する人もいる。

 二十代で結婚したい人が三十代でしか結婚できない運命を背負っているとすれば、運命は残酷だと感じるだろう。


 また、自身のなれる職業が既に決まっているとすれば?

 本当は小説家になりたいのに、最初からあなたは小説家になることができません、と神に運命を決められていたら?

 

 もし――自身の生きれる日数が表示されていたら。


 彼女には、運命が見えている。


 だから、彼女の運命は残酷だ。











 四月二十九日。

目を覚ますと、スマホに一通の連絡が来ていた。

差出人は石橋祐奈。昨日学校の屋上で出会った少女だ。

彼女は言っていた。


『明日からのゴールデンウィーク、私は一日たりとも無駄にすることなく遊びに出掛けるの!』


 一日たりとも無駄にすることなく。

 一日……それの重みは俺と彼女では違う。

 こうして眠っている時間だって、彼女にとってはもったいない。

 できるなら、彼女は眠っていたくないのかもしれない。


『今日の十時に駅前に来て! 絶対だよ!』


 時計を見て時刻を確認すると、九時三十分を過ぎた所だった。


「…………間に合うかな」


 俺の家から駅前までは徒歩で十五分くらいかかる。

 実質残り十五分で家を出なければいけない。

 朝食を作り顔を洗い歯を磨き、着替えて荷物をまとめて家を出る。

 急いでも間に合うか微妙な所だ。


「朝食抜くか」

 

 朝食を抜けば絶対に間に合うと判断した俺は朝食を抜き、その他の身支度を素早く済ませて家を出た。

 少し早歩きをして、彼女との待ち合わせ場所へと向かう。

 いつもと変わらないゴールデンウィークを過ごすのだと、昨日までは思っていた。

 けれど、俺の日常を、彼女はきっと非日常へと変えてくれる。


「あ! 透夜、透夜!」


 駅前に行くと、昨日の彼女が大声で元気よく俺の名前を呼び、大きく手を振っている。

 まるで家族で遊園地に来てお母さんとお父さんに早く早くと急かす小さい子供みたいだな。

 

「ごめん。待ったか?」

「ううん。待ってないよ。時間丁度だね!」


 駅前には大きな時計が設置されている。

 それを確認すると、彼女と約束していた時間丁度だった。

 朝食を抜いて正解だったな。もし抜いていたら彼女を待たせることになってしまっていた。

 彼女を待たせることは、俺はしてはいけないと思っている。

 俺が待つ分には問題ない。友達は……居ないけど、もし友達との待ち合わせに遅れても、事情を話して許してもらう。

 けれど、目の前に居る彼女にとって、時間は――俺の謝罪だけでは足りないほどの価値がある。

 

「そういえば今日はどこに行くんだ?」


 彼女から来ていたのは集合場所と集合時間だけ。肝心の何をするか、どこに行くかは聞かされていない。


「さぁ~、私はどこに行くでしょうか?」


 彼女は後ろで腕を組み、前のめりになって笑顔で聞いてきた。

 どうやら彼女は問題を出すのが好きらしい。

 昨日も同じように問題として聞いてきたからな。


「遠出する事しか分からないな」

「そりゃ、駅前集合なんだから遠出だよ。正解はね~、着いてからのお楽しみ!」

「なんだよそれ……」

「まぁまぁ、それじゃあ早速行こー!」


 そう言って彼女は俺の腕を掴み、駅の方へと引っ張って行った。

 周りから見たら、俺達は恋人同士だとでも思われているのだろうか。

 

 最寄りの駅から三十分ほど電車に揺られて、彼女は次の駅で降りるよ、と俺に告げた。

 電車が走っている最中、まるで小さな子供の様に目を輝かせ、窓の向こうの景色を眺めていた。

 初めて電車に乗るのか? と聞いたら、彼女は何度も乗ったことがると答える。

 何度も乗ったことがあるのに、まるで初めて乗っているようだ。

 

「あ、着いたよ!」


 すると彼女は俺の腕を掴み、再び引っ張って来た。

 彼女は俺が歩けないとでも思っているのか?

 

「ちょっと歩くからね!」

「良いんだけど、まず腕離してくれないか?」

「え~、良いじゃん!」


 結局、彼女は俺の腕を離すことなく、ただただ引っ張ってきた。

 彼女は少し早歩きで、目的地へと向かった。

 彼女が早歩きなのは、楽しみだからか、それとも――。


「着いたよ!」

「ここって――」


 彼女が俺を連れて来た場所は、全国でも有名なテーマパークだった。

 このテーマパークは巨大観覧車に全国で最も怖いとされているお化け屋敷、年間来場者数日本一位の実績を誇っている。

 特に冬のクリスマスの時期に設置される巨大クリスマスツリーはカップルのデートスポットとして人気が高い。

 クリスマスツリーだけでなく、ライトアップも凄いらしい。

 俺は一度も来たことがないが、テレビで多く紹介されているため知っている。


「透夜は来たことある?」

「ないな。そもそもテーマパークに行くことなんてここ数年なかったし」

「え~! 人生一度っきりだよ! 楽しい事沢山しないと! ほら、行くよ!」

「だから腕を掴むな! 引っ張るな!」


 彼女の元気さは、少し頭を抱える。

 こんな元気な彼女が病気だなんて、誰も思わない。

 いや、思えない。

 彼女が病気であることを知っている俺でも、そう思う。


「透夜、透夜! 何に乗る!?」

「好きなのに乗れば良いんじゃないのか?」

「全部乗りたい!」

「全部!?」


 ここはアトラクションの数も他のテーマパークと比べて圧倒的に多い。

 一日で全部のアトラクションに乗れるとは到底思えない。

 今の時刻は十時四十五分くらいだ。そしてここの閉園時間は二十九時。

 約十時間。十時間と聞くと長いように感じるが、ここでの十時間は短いと言っても良い。

 人気のアトラクションだと待ち時間だけでも一時間を超える。

 昼食と夕食もここで食べるとすると本当に短いと思う。


「でも優先順位だけは決めないと。閉園時間とかあるから本当に乗りたいアトラクションは最初に乗ろう」

「ジェットコースターには絶対に乗る! あとお化け屋敷も行く! 観覧車も乗る!」

「じゃあその順番で行こう」

「やだ! 観覧車は夕方くらいが良い!」


 まぁ、確かに夕暮れ時に観覧車の頂上の高さから街の景色を見たら綺麗だろう。

 

「じゃあそうしよう」

「じゃあまずはジェットコースターからー!」


 ジェットコースターは苦手な方ではないが、得意というわけでもない。

 目的のジェットコースターの順番待ちの最後尾に並ぶと、彼女はスマホを取り出した。

 

「透夜、こっち近づいて」

「は?」

「良いから良いから」


 そう言うと彼女は俺の体を思いっきり引っ張り、彼女と俺は肩と肩がくっ付くほどの距離まで近づいた。

 そして、彼女はスマホのシャッターを切った。

 

「初テーマパーク記念!」

「ここよりもっと写真に映える場所あると思うんだけど」

「良いの良いの、こういう何気ない時の思い出も大切なの」


 彼女は今撮った写真を眺めてそう言った。

 嬉しそうな表情で写真を眺め続けている彼女は、今何を思っているのだろうか。

 

「一時間待ちか~、その間何しようか! 明日の予定でも話す?」

「明日はどこに行くつもりなんだ?」

「内緒~」

「じゃあなんで明日の予定でも話すかなんて言ったんだよ」

「あ、透夜は行ってみたい所とかないの?」


 どうやら、俺の声は彼女には聞こえていなかったらしい。

 行きたい場所……か。


「特に無いかな」

「ないの!? 私なんてたっくさーんあるのに!」


 彼女は両手を大きく広げた。

 行動一つ一つが子供っぽい彼女は今、この瞬間を最大に楽しんでいる、そんな風に思う。

 

「じゃあ君の行きたい場所に行こう」

「じゃあ明日はね~。あそこにする!」

「だから場所を教えろよ……」

「むぅ、しょうがないな~。明日はね、水族館に行きたい! そして海も見たい! できれば入りたい!」

「いや、流石に入れないだろ。まだ四月の下旬だぞ。せめてしち……」


 俺は急いで口を閉じた。

 俺の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。

 彼女は、いつまでこうしていられるんだ?

 俺は彼女から詳しくは聞いていない。いや、聞けない。 

 

「まぁ、でも足だけとかなら大丈夫かもしれないな」

「じゃあ足だけ海に入る!」


 彼女はとても嬉しそうな、楽しそうな表情をしている。

 心の底から、楽しみにしているのだと感じられる。

 こんな生き方をしたら、どれだけ毎日が幸せだと感じられるんだろうか。

 何に対しても楽しそうで、嬉しそうで、俺にはできない生き方を彼女はしている。

 俺には持っていないものを目の前の彼女は持っている。

 

 それから順番が来るまで彼女と他愛のない会話をしたり、彼女のしたい事についてなどを話した。


「あー、ジェットコースター初めてだからドキドキする」

「初めてなのか」

「透夜は初めてじゃないの?」

「昔に一度だけ」

「そうなんだ! じゃあ久しぶりのジェットコースターだね」


 だんだんと高度が上がっていくにつれ、自然と目の前にある安全レバーを握る手に力が入る。

 隣の彼女は笑顔でその時を待っている。

 ジェットコースターの高さはマックスになり直後急降下。

 俺は目を瞑り安全レバーを力強く握る一方、彼女は女の子らしい悲鳴を上げた。

 怖がっているわけではなく、楽しいと悲鳴を上げている。


「あ~、楽しかった~!」

 

 ジェットコースターから降りると同時に、彼女は両手を伸ばしながらそう言った。

 一方俺は気持ちが悪くなりダウン。

 

「ちょっと~、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

「全然大丈夫なように見えないけど。飲み物買ってくるから待ってて!」


 そう言って彼女は自販機のある方へと駆け足で向かった。

 俺は近くにあるベンチに腰を下ろして休憩することにした。

 昔は大丈夫だったのに、今はダメになっているらしい。

 何故あの乗り物を楽しめるのだろうか。俺からしたら拷問だ。


「はい、これ飲んで」

「ありがとう」


 彼女は俺に一本のペットボトルをくれた。

 俺は直ぐに蓋を開け、三分の一程度を飲んだ。


「次お化け屋敷に行きたいんだけど、怖いのは大丈夫?」

 

 彼女は俺の隣に座り、心配そうにそう聞いてきた。


「無理なら私一人で行ってくるけど」

「お化け屋敷は大丈夫。怖いのは全然平気」

「強がりとかじゃなくて?」

「本当に大丈夫」

「そうなんだ。実は私怖いのはちょっとダメなんだよね。だから一人で行くのは嫌だったんだ。だから透夜がついてきてくれるなら良かった!」


 怖いのがダメなら行くなよとツッコみたくなるが、怖いものでも惹かれるものがあるのだろう。

 少しだけ休憩をした後、俺達はお化け屋敷へと向かった。

 お化け屋敷の外観は物凄く凝っている。

 この一帯だけ明らかに周りとは世界観が違い、別のテーマパークに来たみたいだ。


「ねぇ、絶対に手離さないでね。離したら怒るから」

「分かった分かった」


 てか握る力が強すぎて離そうと思っても中々離せない。

 今までの彼女からは想像できないほど体が震えている。

 相当苦手なんだろうな。


「ちょ、ちょっと待って。深呼吸」


 明らかにこの先にヤバいものがある雰囲気を醸し出しているドアの前で彼女は胸に手を当てて深く深呼吸をした。

 可愛らしい一面が見えたなと内心思っていると、彼女は真剣な表情で「うん! 良いよ!」と言ったのでドアを開けた。

 するとそこはまるで廃病院のような部屋で、四つのベッドが置いてある。

 どれも汚く、血のようなものがついている。

 

「うぅ……」


 怯える彼女を見て、少し意地悪をしたくなってきてしまった。

 彼女に掴まれている手とは反対の手で、彼女の肩をツンと触ってみた。

 すると彼女は――


「キャー――!」


 案の定悲鳴を上げた。

 

「透夜! 今、今!」

「ごめん、ちょっと意地悪してみたくなって、俺が触ったんだ」

「う、うぅ。意地悪……透夜の意地悪!」

「ごめん、ごめん」


 その後も何度も意地悪と彼女に怒られながら、なんとかお化け屋敷の出口までやってきた。

 暗くて気づかなかったが、出口を抜けると彼女の目に涙がたまっていることに気づいた。

 相当怖かったのだろう。少し申し訳なくなってきた。


「もう! 透夜のバカ。次行くよ!」


 彼女は頬を膨らませて俺の先を歩いた。

 この後、俺と彼女は歩けなくなるくらいまで色々なアトラクションを周った。

 時刻は午後の六時半。

 俺と彼女はこのテーマパークの目玉でもある観覧車に並んでいた。

 もう直ぐ俺達の番になる。


「次の方どうぞ」


 そんな事を思っていると俺達の番がやってきた。

 彼女は軽い足取りで観覧車に乗り込んだ。

 

「観覧車! 観覧車!」

 

 本当に、何度見ても彼女は小学生なんじゃないかと思ってしまう。

 でも、少し羨ましいと思い始めてきている。

 この観覧車は一周するのに二十分かかる。

 二十分もの間、俺と彼女はこの狭い空間に二人っきりということになる。

 昨日初めて出会った彼女と、次の日にデートのような事をしていると思うと、なんだか変な気持ちだ。

 

「あ、先に言っておくけど明日も今日と同じ時間に同じ場所集合だからね」

「俺も言いたいけど、もう少し早く連絡をくれ」

「だから今言ったんだよ」

「今日なんて本当に危なかったんだぞ」

「間に合ったんだから気にしない気にしない」

「お前な……」


 彼女と他愛の無い会話を続けていると、もう少しで観覧車の頂上に到達するところだった。

 すると彼女はスマホを取り出し、俺の横へとやって来た。

 ほんの少しだけ観覧車が揺れた。


「ほら、顔近づけて」


 そう言う彼女だが、彼女の方から顔を近づけてきた。

 そして、シャッターを切った。

 綺麗な夕焼けを背景に、綺麗な写真が撮れたと思った。


「思い出、思い出~」

 

 そう言って彼女はスマホをバッグに仕舞い、目を輝かせながら外を眺め始めた。

 俺も彼女に続いて外を見る。

 今までに見たことのないくらい綺麗な景色が目に焼き付いた。

 彼女と出会っていなかったら、俺は一生この景色を見ることなく一生を終えていたのかもしれない。

 彼女の言う通り、今までで一番楽しい思い出に残るゴールデンウィークになるのだろう。


 でも、俺はこの景色を二度と見たくないと思うとはこの時は思っていなかった。

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